第10話

「カメリア、入るよ」


「……ああ」


 彼の返答を待って、スカーレットは部屋に入った。


 中では、カメリアがベッドから身体を起こした状態で、彼女を迎えた。


 ベッド横の椅子に腰をかけると、スカーレットはまじまじと彼の身体に異変が残っていないかを見つめる。生命力を吸われた、と聞いていたが、見たところどこも異常はなさそうだ。


 彼女が見つめる理由を察したのか、カメリアは自身の身体を見ながら口を開いた。


「……エルフィンが水の癒しをくれた」


「ああ、回復魔法ね。そっか、良かった……、本当に……」


 言葉を発する表情、抑揚でない言葉遣い、簡潔で短い会話、これこそ彼女が知っているカメリアだ。


 いつもの喧嘩仲間が、そこにいた。


 スカーレットは俯くと、膝の上に置いた両手をぎゅっと握って頭を下げた。


「……カメリア、ごめん。あたしの悪ふざけでこんなことに……」


「……気にするな。……お互い様だ」


「……お互い様?」


 彼の言葉に、スカーレットは疑問符を付けて尋ねる。

 カメリアはスカーレットから視線を外すと、抑揚のない声で答えた。


「……お前には迷惑をかけた」


「……ああ、迷惑ね……」


 説明の足りない彼の言葉だったが、全てを理解するには十分だった。

 迷惑とは、


(あたしに好き好きって言ってきた事ね。やっぱり……、あの気持ちは指輪のせいだったんだな)


 心の中で苦笑いを浮かべると、スカーレットは思った。


 呪いが解ければ、そんな気持ちもなくなると言った自分の判断が、改めて正しかったと知る。欠片でも、彼が自分を好きかもしれないと思った事が、少し恥ずかしい。


 お互いの気まずい記憶を笑い飛ばすように、軽い口調で尋ねた。


「でもあんたも災難だったわね。あの指輪、近くの異性に惚れちゃう効果があったって聞いたわよ? 指輪のせいだとはいえ、あたしに好き好き言ってたんだから、思い出したらすっごく恥ずかしいんじゃないの?」


「……そうだな。すまなかった」


 カメリアは相変わらずスカーレットから視線を外している。

 いつもと違う素直な謝罪に、今回の事件の元凶という事も忘れ、スカーレットは胸を張って頷いた。


「うんうん、いいわよいいわよ。許してあげるし、忘れてあげるわ!」


「……すまない」


 今度はスカーレットの方を向いて、カメリアは頭を下げた。そして顔を上げると、満足そうに笑みを浮かべている彼女を真っすぐ見つめた。


「……ただ今まで、お前と口喧嘩していたつもりはない」


「……え?」


 スカーレットの表情から、笑みが消えた。しかしカメリアはそれ以上言葉を続けず、枕元に置いていた茶色い紙袋を取り出し、差し出した。


 彼の先ほどの言葉に意識を囚われていたスカーレットだったが、目の前の紙袋のせいで思考が引き戻される。困惑と疑問が混じった表情を、目の前の青年に向けた。


「これは?」


「……詫びだ。後で開けてくれ」


 自分の質問に答えず、且つ紙袋の中身を今は見るなと言う言葉に疑問が沸いた。

 問い詰める前に、カメリアが口を開くほうが早かった。


「……売って金にしろ」


「う、うん。ありがと」


 どこか有無も言わせぬ言葉の強さを感じ、スカーレットはそれ以上問い詰めなかった。

 少し戸惑いながらも、紙袋を受け取る。袋の重さから、それほど大きなものが入っていない事が予想できる。


 カメリアの身体が、ベッドに横たわった。それを休息の合図だと分かったスカーレットは、立ち上がった。


「ゆっくり休んで。あんたが元気じゃないと、戦士があんたしかいないこのパーティー、崩壊しちゃうんだからね」


「……ああ」


 そっけない一言が返って来る。

 人によっては不機嫌なのかと誤解を受けさせる返答だが、スカーレットにとってはいつもの彼の返答が嬉しかった。


 そのまま部屋を出ようとしていた彼女の足が止まった。視線だけで見送っていたカメリアに振り向き、少しニヤニヤしながら声をかける。


「ねえ、カメリア。あんた、指輪の呪いにかかってる時、笑ってたのよ? 頑張って練習したら、狂戦士でも笑えるんじゃない?」


 少年のようなパッと花咲いた様な笑顔を思い出す。しかしカメリアの反応は、特にない。


 むっとすると、スカーレットは再びカメリアに近づいた、そして彼の両頬に手を当てると、無理やり口角を上に引っ張った。


 目元は無表情、口元は無理やり口角を上げられたという、不自然な表情ができ上がり、スカーレットは大爆笑した。


 明るい声が、部屋中に響き渡る。


「あはははっ! 超面白いんだけどっ‼」


「……人の顔で遊ぶな」


 そう言いつつも、カメリアはスカーレットの手を振り払うわけでもなく、されるがままになっている。


 彼の顔が笑いのツボに入ったのだろう。

 両目に涙をにじませながら、スカーレットはその手を放した。カメリアがいつもの顔に戻る。


「……面白かったか?」


 散々自身の顔で笑った彼女に、感想を聞く。スカーレットは笑ったまま、首を縦に振った。

 彼女の返答に、カメリアは小さく息を吐く。そして再び真っすぐな視線をスカーレットに向けた。


「……お前の笑顔が見られて良かった」


「……へっ?」


 彼の言葉に、スカーレットの笑いが止まる。

 しかしカメリアはそれ以上言わず、ごろっと彼女に背を向けて布団をかぶった。


「……下で二人が待っている」


「うっ、うん。何か邪魔して……ごめんね。今度こそ、ゆっくり休んでね」


 布団の中から聞こえる声に答えると、スカーレットはどこか心あらずと言った様子で部屋を出て行った。


 ドアが閉まる音が聞こえると、カメリアは布団を跳ね除け、横になったまま息を吐いた。


 そして、先ほど交わしたエルフィンとの会話を思い出していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る