第8話

 カメリアは、ベッドの上で目を覚ました。


「目覚めましたか。気分はどうですか?」


 嬉しそうなリーダーの声に、そちらに視線を向ける。

 ベッドの横にエルフィンが座ってこちらを見ていた。一つため息をつくと、カメリアは一つ頷いた。


「……問題はない」


「それは良かったです。でも、指輪に生命力を吸われていましたからね。しばらくは、安静にして下さいね」


「……ああ」


 短い言葉で、了承を伝える。


 いつもの端的な口調に、エルフィンは無事呪いが解けた事を改めて確認し、ホっと胸を撫で下ろした。

 しばし沈黙後、


「……スカーレットは?」


 カメリアは、視線を落したまま低い声で尋ねる。彼の問いに、エルフィンは視線をドアに向けると、優しい笑みを浮かべて答えた。


「レティにはミモザの相手をお願いしています。今、下の酒場にいるでしょう」


「……そうか」


 彼の言葉はそれだけだった。

 しかし、ここで会話を終わらせるわけにはいかなかった。エルフィンには他に用件があったのだ。


「実は一つあなたに相談があって、私一人がここに残ったのですよ」


 この言葉に、カメリアは短く息を吐いた。


「……指輪の話……だろ?」


「その通りです」


 黒髪の青年は、ご名答とばかりににっこり笑った。


 *


 スカーレットは、ミモザと一緒に酒場のテーブルに座っていた。


 呪いの解除に立ち会う事が許されず、一人でこの場所にいたのだが、今しがた指輪が外れたという報告をミモザから聞きホッとしていた。


 本当であればすぐにでも二人がいる部屋を訪れ、カメリアの様子や指輪の話が聞きたかったのだが、ミモザから待っているように父親に言われたと聞き、仕方なくこの場に留まっている。


 先ほどからミモザが楽しそうにお喋りをしているが、上の空で返答をしていた。


「ねえ、レティ! 私の話、聞いてくれてる?」


「えっ? ああ、ごめんごめん……」


「もぉー! 全然反省してないよ!」


「うっ……、ごめんなさい」


 スカーレットは、自分よりも十歳以上年下の少女に頭を下げ、丁寧に謝罪した。


 反省した様子に、少女の溜飲が下がる。そして少し彼女の方に身体を寄せると、その耳元でこっそり囁いた。


「ねえ、レティってカメリアが好きなの?」


「…………はっ? なっ、なっ、何言ってんの! 好きとかそういう話は、ミモザにはまだ早いっ‼」


「えー……、恋愛に年齢や種族は関係ないって、いつもお父さんが言ってるよ?」


「……何教えてんの、エルフィン……」


 少女の言葉に、スカーレットは呆れたように呟いた。そして疲れたように額に手を当てると、ワクワクと返答を待っているミモザの方を向いた。


「……好き……かどうかは分からないけど、死んだら嫌だって、寂しくて辛いって思った」


 返答が理解できなかったのか、不思議そうな表情が少女から返って来る。

 一つため息をつくと、肘をテーブルに立て、ぼんやりと二階の宿屋に続く階段に視線を向けた。


「あたし、今まで色んなパーティーで冒険に出て、たくさんの仲間が死ぬのを見て来たわ。でも……、死んでも悲しいって余り思わなかったの。でもね、カメリアが死ぬかもしれないって思った時、凄く怖かったの」


「怖かった? 何で?」


「何でかな……。いつも口喧嘩している相手がいなくなるのが、凄く嫌だったから……かな?」


 今まで、カメリアとは色んな言い合いをした。

 しかし彼がいなくなると思った瞬間、今までカメリアと交わした会話が脳内を駆け巡った。


 その時感じたのは、今までの口喧嘩が、スカーレットにとっても決して不快ではなかったということ。

 むしろ、言いたい事を言いあえて楽しいとすら感じていたこと。


 カメリアがスカーレットとの会話を楽しんでいたように、彼女もまた彼と話すことが楽しかったのだ。


 そんな事を思いながら、今ベッドで休んでいると思われるカメリアに想いを馳せた。

 感傷に浸っている彼女の横で、ミモザが不思議そうに目を丸くしている。


「……良く分かんないけど、それってやっぱりレティはカメリアが好きってことじゃないの?」


「……なんだろね、ほんと」


 スカーレットは、言葉を濁した。

 彼女が返答から逃げた事に、ミモザは再びぷうっと頬を丸く膨らませると、


「大人って変なの! 好きなら好きって言えばいいのにっ!」


と、不満そうにしている。


(まあ、子どもの世界ならそうなんだろうけど……。大人の世界は複雑なのよ)


 スカーレットはミモザの頬っぺたを突っつくと、その膨らみを潰した。

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