第7話 ザビエルは羊を食べ、魔女は美しい

「えー、オホン。まずは一句、詠みたいと思います」

 私立ファンタジア学園講堂。通称、毒沼どくぬま講堂の壇上に立っているのは、この学園の学園長、富士見不死男ふじみふじお先生である。

 学園長自身もこの学校の出身で、現役時代はその名の通り101回命を落としながらも、異世界の魔法で復活し、三年間で868個もの異世界を救ったという伝説の勇者だ。異世界でなければ一発アウトである。まったく、命知らずの冒険野郎だぜ。

 ちなみにこの868という数字は学園のレコードで、未だに破られていない。

 だが、そんなことより、僕はどうしてもアレを思い出した。学園長の見た目がどう見てもアレにそっくりだったからだ。そう、歴史教科書再頻出登場人物の助っ人外国人、フランシスコ・ザビエルに。

「青春の 門出迷いし ラビリンス」

 しーんと静まりかえる講堂内。

 何を思ったか、ザビエルの話は俳句を詠むところから始まった。風流に慣れていない新入生たちは、なんと反応して良いのか分からず、静まり返った。

「えー、新入生の皆さん。私立ファンタジア学園への入学おめでとうございます。私が学園長の富士見不死男でございます。満開の桜に見守られて、今年もこの時期を迎えることができました。皆さんもこの桜のように、青春の血潮を滾らせて満開の花を咲かせて頂きたいと思います」

 聞きようによっては卑猥にも受け取れるが、ともかくも俳句が受けなかったショックは微塵もないらしい。この学園長、相当なメンタルタフネスの持ち主である。こういうタイプに囁き戦術は通用しない。

「と、言いますのも、我々がこうして21世紀の文明社会の恩恵を享受している一方で、異世界に住む多くの人たちは、未だ中世ヨーロッパ的な暗黒の世界にて自給自足の生活を強いられているのであります。彼らが住む世界には電気も水道もなく、スマホもテレビもゲームもありません。医療の発達も不十分で、怪我をしたら薬草や回復魔法を頼るしかありません。一歩街の外に出ればモンスターが襲ってきて、世界制服を企む闇の大魔王は、倒しても倒しても現れます」

 ふうん。僕の生活といい勝負だな。

「そんな異世界を闇の大魔王の恐怖から解放し、束の間の平和を取り戻すことこそ、皆さんに与えられた使命であります。この、富士山の麓に学園を構えて約半世紀。皆さんの先輩方はその漲る血潮を、多くの異世界を救うことに費やしてきました。その結果、これまでに優に一万を超える異世界が救われたのです。ですが、未だに異世界については不明な点が多く、暗黒の地と言っても過言ではありません」

 学園長の演説が熱を帯びてきた。長くなりそうな予感。

「異世界は危険に満ちています。邪悪な魔法使いがいます。人を取って食う巨人がいます。灼熱のブレスを吐くドラゴンがいます。皆さんも一歩異世界に足を踏み入れれば、命の保証はどこにもありません。しかし我々は神の使命を胸に受け、勇気を持って進まねばなりません。時を遡ること約500年前、フランスはモンマルトルの礼拝堂を後にしたイエズス会宣教師たちは、身の危険も顧みずに伝道の旅へと赴きました。神の教えを広め、暗黒の地を救うためです。我が尊敬するフランシスコ・ザビエルもその中の一人でした」

 駄目だろう。ザビエル似の奴が尊敬する人はザビエルです、なんて言っちゃあ。絶対にネタだと思われるぞ。

「彼らは、言葉や文化や習俗の違いを乗り越えて、暗黒の地に暮らす憐れな未開人に神の大いなる愛を説いて回ったのです」

 憐れな未開人だなんて。現地の人たちは本当に望んでいたのか?そういうのを自文化中心主義エスノセントリズムというのだぞ。

「中には悪魔と間違われて道半ばで殉教した仲間もおりました。ですが彼らの不屈の精神と不断の努力によって、今日こんにちでは我が兄弟姉妹たちが、世界中で神の栄光を褒め称えているのです」

 で、学園長。それが異世界とどう関係があるのかね?無駄に長くなる気がするんですが。どうせ学生なんて話の中身は聞いてないんだから、要点だけかいつまんで頂ければいいのですが。

 僕の予想は当たり、その後も学園長の話は延々と続いた。それはザビエルに始まり、天正遣欧使節を経て、長崎にカステラが伝わって日本にどう広まっていったかの話に脱線し、何故かイギリス国教会の話からブレグジット批判へと展開していった。

 そうして生まれたばかりのセミの幼虫でもそろそろ外出許可が下りるかと思われた頃、それは突然終わった。そのとき彼は、ジンギスカンの正しい食べ方についての講義をしており、その長い長い演説の間に、37人の女子生徒を貧血魔法で保健室送りにしていた。

 はああああ〜。長かった。忍耐力を試されるだけの無意味な時間。と思ったら、あれ?生徒たちから拍手が聞こえる。

 え、みんな聞いてたの?そんなにジンギスカンに興味ある?

 ううむ、理解に苦しむ。やっぱりここの学園も馴染めそうにないな。

 僕が戸惑っていると、式は学園長の話に続いて、各教科担当の先生の紹介に移った。

 壇上に先生たちがずらっと並ぶ。なかなか個性的な面々だ。

 剣術担当の寒頼楓さむらいかえで先生は、女流剣士だ。袴姿が凛として美しい。弓術担当の紺拓人こんたくと先生は分厚い眼鏡をかけている。それで遠くの的は見えるのだろうか。槍術そうじゅつ担当の先生は突突法師つくつくほうしというお坊さんだった。

 魔術担当の毒野どくのりんご先生はとても美しく、生徒たちからどよめきが起きた。まさしく美魔女である。回復術担当の薮井椎也やぶいしいや先生は怪しげなにおいがプンプンする。格闘術担当のジャイアント汎田ぱんだ先生はヒゲモジャの外国人で、身長2m以上ありそう。幻獣使い担当は好田亜仁丸すきだあにまる先生という仙人みたいなおじいさんだった。

 他にも何人もの先生がいたけど、一度に覚えられるわけはない。まあ、担当になったときに覚ればよい。学園のスタッフなんてどうでもいい。美魔女だろうがパンダだろうが毛虫だろうが焼き芋だろうが。

 とっととどこかの異世界に送り込んでもらって、この世界とは永久におさらばである。

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