第35話・魔王vs超魔王

「歌が止まった……?」

 縮こまっている間にヘンテコリンな高笑いが中断されと気づいて、パルミナは布団からゆっくりと恐る恐る這い出し立ち上がる。

 それを見て物陰のランチュウはぐふふと笑う。

「まさか足元にいるたぁ仏様でも気がつくめえ」

 隠れ場所の定番、ベッドの下である。

 別邸の魔王用寝室には、キッチンや浴室にまで魔獣人用のメンテナンスハッチが配置され、巨大なパルミナの世話や室内の掃除をするために、隠し通路とキャットウォークが張り巡らされているのだ。

「そろ~り、そろ~り」

 ランチュウは人間サイズの隠し通路を忍び足で歩き回り、キヒヒとほくそ笑みながら寝室の周囲を徘徊する。

 寝室には魔法の石ランプが煌々こうこうともされ、壁材の隙間から漏れる光で通路の視界はそこそこ良好。

 何年も使われていないのか、ホコリや虫のフンが積もっているものの、気にしてはいけない。

 いまのランチュウは鶏足、裸足はだしも同然なのだが気にしたら負けなのだ。

「どこの別邸も大して変わらないねえ。アタシゃネズミにでもなった気分だよ」

 地形や建設された時期によって部屋の配置こそ違うものの、基本構造はほぼ一緒である。

 ランチュウは数週間に及ぶ超魔王邸での生活と、散歩もとい徹底した調査活動により、家具の配置を見るだけでハッチの位置が推測できるようになっていた。

 そして標高5メートル強で巨乳のパルミナは、足元がよく見えていない。

「こりゃイージーモードだわ」

 あからさまな初心者狩りであった。

「何だったんでしょうね、あれ……?」

 パルミナはしばらくキョロキョロした後、ベッドに座って考え込む。

「確かわらわは魔王になってアレと……」

 風呂上りの真っ裸で回想モードに入ったらしい。

「戦い方なんて知らないはずなのに、どうしてあんな事ができたのでしょう?」

 どうやらシナリオに支配されていた時期の記憶が曖昧になっている模様。

 ナパースカの住民とは異なる現象であった。

「イベントシナリオのせいかねえ?」

 確か魔王討伐は自動生成シナリオではなく、ゲストの小説家が特別に作ったシナリオだったとランチュウは記憶している。

 そして支配下にあったパルミナは、制作スタッフが作ったモーションで戦っていたはずだ。

「みんなゆっくり動くから妾でも簡単に殴れるはずなのに、あの小人は違った……」

「そりゃ死角を縫って連撃したからにゃ~♡」

 こっそりと小声でツッコミを入れるランチュウ。

 どうやら本来パルミナは武術の心得がなく、いままで荒事はすべて思考加速などのチート能力で強引に解決していたようだ。

 ビキニ姿なのに強固な防御力を誇り、素人なのに強大な腕力をふるい、いくら攻撃されても膨大なHPと翼のおかげでたおされる心配もない。

 ろくに服も着ていないのに、チートが服を着て歩いているような不条理存在なのであった。

「そりゃまあ、あんな能力持ってちゃ上達する訳ゃねーか」

 素人でも簡単に勝てる喧嘩をするために、ズブの素人が技の習得や研究に励む道理がない。

 そして常に使用人や別邸管理人に面倒を見てもらっているパルミナが、狩りや農業の技術を持っている訳もない。

「ひょっとしてアイツ……まともに食事してないんかな?」

 ふとナパースカ領主の息子トリボーノを思い出した。

 NPCは飢え死に寸前でも痩せず、見た目は普段と変わらない。

 そしてパルミナが他のNPCたちと違って野性的な生活を送っていたとすれば――

「……ごはん」

 パルミナの目が、ランチュウの置いて行った大量の食材に向けられた。

「いえ、毒が入っているかもしれませんね。手を出すのは危ない……かも……?」

 危険と思いながらも迷っている様子。

「アタシとした事が迂闊うかつだったねえ。おにぎりかサンドイッチにしときゃよかったよ」

 おそらくパルミナは、ヘスペリデスの浸食で近代化された巨人用システムキッチンの使い方を知らない。

「そうだ、確か近くに畑があったはず」

 空腹に負けたパルミナは、ランチュウの脅威をすっかり忘れて部屋から出ようと動き出す。

 畑のたがやし方は知らずとも、作物さえ残っていれば収穫できると考えたのだろう。

「しまったアイツ全裸じゃん」

 裸の魔王様にストリーキングをさせる訳には行かない。

 すかさずランチュウは箪笥の上から飛び出して、パルミナの眼前を回転しながら横切った。

「よっほー♡」

「きゃああああああああっ!」

 再びベッドに潜り込み、布団の中で怯えるパルミナ。

「せめて服を着るまで表に出すワケにゃ行かねーな!」

 クルクルとムーンサルトを決めてヒラリと着地するランチュウ。

 そしてゴキブリのようにドレッサーの陰へと消える。

「まだいる……まだいるよう!」

 巨大な羽毛布団の中にいれば、ランチュウの短剣では貫通できないとでも思ったのだろう。

 簀巻すまきどころか巾着きんちゃくのようになって接近をこばんでいる。

「困ったな。これじゃ話どころじゃねーよ」

 隠し通路の中で、どうしたものかと腕を組んで悩むランチュウ。

「……ぷぅ」

 数分後、布団から顔を出す魔王パルミナ。

「うっわ~早すぎる。ひょっとしてアイツ、あんまり頭いい方じゃねーんかな?」

 ランチュウは中枢樹から聞いたパルミナの話を思い出した。

 その内容から少なくとも非常事態への対応力は、かなりの無能と評価している。

「魔王なのに無能……そっかチート能力!」

 かつて世界樹のオペレーターだった樹王パルミナであるが、スペアボディが端末樹で培養されていた事を考えると、アレも世界樹ネットワークの一部として生まれた存在に違いない。

「あんなのが自然の産物なワケないよねえ」

 おそらく世界樹や樹王は、何者かによって創られた被造物だ。

 そして世界樹ネットワークを自由にできる権限と、この世界にいるすべての生物を一蹴できる筋力や防御力を持っているのなら、何か安全装置のような仕掛けがあってもおかしくない。

「ひょっとして知能を制限されてる……?」

 なにせパルミナは、戦い方さえ知っていれば、ショタロリ団が取り逃がすほどの怪物である。

 そんな巨人が本気で暴れたらどうなるかは、蹴散らされた【魔王パルミナ様を遠くから見守り隊】の例を挙げるまでもない。

「余計な思考力をオミットして、反乱や暴走を防ぐ仕様かな……? 封印中のスキルとかあっても不思議じゃないねえ。注意しとこう」

 パルミナも知らないチート能力が隠されている可能性は高いと思った。

 もしかすると思考加速のようにランチュウも持っているかもしれないが、普段は封印されているのなら、むしろ好都合である。

「アタシゃチートは嫌いなんだよ。それが敵なら大好物だけどね」

 いまのパルミナは敵ではなく野良魔王だが、能力を全開放したら、その時は敵味方の区別なく襲いかかろうと決意するランチュウであった。

「さすがにもういません……よね?」

 パルミナがお腹をグーグー鳴らしながら立ち上がる。

 とりあえず何か着ようと、床に散らばった衣類を忘れてクローゼットを開くと――

「こんばわ~♡」

 先回りしていたランチュウが尻踊りで挨拶する。

「ひゃへふひぇはふひゃ~~~~っ!」

 バネのように飛び上がり、パルミナは再び布団に飛び込んだ。

「アタシゃ待ちプレイも嫌いなんだけど……こうなりゃ腰を抜かすまで何度でもビックリさせたろーじゃん」

 幸いパルミナは平和ボケで、数分も待てばりずにまた顔を出すに決まっている。

「……トイレ」

 今度は30秒もたなかった。

 魔王といえども自然の摂理には逆らえなかったらしい。

「いないでくださいいないでくださいいないでくださいいないでください……」

 ギイイイィィィィィィィィ……ッ。

 祈りながら魔王専用便所のドアを開けると――

 そこにランチュウの姿はなかった。

「よかった……」

 放尿中に驚かされてはたまらないと、パルミナは隅々まで入念にチェックしてから用を足す。

「終わった?」

 水音が止まったのを入念に確認し、ランチュウはトイレの隅にある使用人ドアからヒョッコリと顔を出した。

「もう嫌ぁ~~~~っ!」

 そして4度目の布団巻き。

 だが――

「もうちっと続けるつもりだったけど飽きちまったよ」

 ランチュウは使用人室から持ち出した魔法の石ランプを手にして、布団の隙間からモゾモゾと侵入する。

 明るくなったわずかな空間で顔を合わせる2人の魔王。

「お邪魔するよん♡」

「……………………はうっ」

 パルミナはゴロリと仰向けに転がり、白目をいてしめやかに気絶。

「あっちゃーしまった、やりすぎちゃった」

 そろそろスリラー映画な状況に慣れる頃合いだと思っていたのに、まさか見ただけで気を失うとは。

「これも仕様なんかねえ……?」

 誰とも知れない異世界創造主は、樹王がかたよった正義や悪事に走らないように、わざと根性を抜いて創ったに違いない。

「こんなデカブツ、どーやって起こしゃいいんだよ」

 ランチュウはとりあえずパルミナの鎖骨に腰かけて、大きな鼻の穴に両手をズボッと突っ込んでみる。

「んん~っ……ぷひゅ~」

 口から吐息が漏れ、ランチュウの体がフワリと浮いた。

 可愛らしい声に反して風圧が凄い。

「おほっ、こりゃおもしれー♡」

 しばらく遊ぶがすぐ飽きた。

 ずっぽん!

「うわばっちい!」

 ランチュウとパルミナの間に鼻水のロープウェイがヌルリと開通した。

「しゃーねえ。いてやっか」

 ストレージからバスタオルを出して汚れをぬぐい、ついでにパルミナの顔もゴシゴシとこすっておく。

「ね~んねんこ~ろり~よお~ころり~よ♪」

 起こしたいのか眠らせたいのか、どっちなんだ超魔王。

「う~ん……そうだ、アレを試してみよう」

 ストレージから釣り竿を取り出すランチュウ。

「聖職者のバスロッド~♡」

 それは釣れない竿ではなかろうか?

 だがランチュウの目的は魚釣りではない。

「こしょこしょこしょこしょ……」

 竿先を鼻の穴に突っ込んでグリグリコチョコチョ。

「は……ふぁはぁはっくしょん!」

 ぶわああああぁぁぁぁっ!

「おっひょ~~~~い!」

 壮絶なクシャミでランチュウがぶっ飛んだ。

 その勢いでベッドの上をコロコロと転がり、縁から落ちても華麗に着地。

「ふぁ……あれ? チクチクさんがいなくなってる。よかったぁ……」

「ここにいるよ」

 ベッドの下から、よだれと鼻水まみれになったランチュウが現れる。

「ひゃああああっ! ごめんなさいごめんなさい助けてください何でもしますからあ!」

 とうとうパルミナは泣きながら土下座して命乞いを始めてしまった。

「こんなビクビク魔王がゲーム業界に存在していいもんかね……いま何でもって言った?」

 ぴろろん。

「おんやまあ」

 ランチュウの視界に選択肢を示すアイコンが浮かび上がった。

【パルミナをテイムしますか? Yes/No】

 心底おびえきって観念したパルミナは、偶然にもテイム条件が整ってしまったようである。

「こりゃラッキー♡ 迷う意味はないねえ……はいポチッとな」

 パルミナの全身がピカーッと光った。

「いま何が起こったんです?」

 キョトンとした間抜け面(涙目)でランチュウを見つめるパルミナ。

 距離が近いせいか目が寄っている。

「アンタはアタシの配下になったんだ。魔王パルミナ、ゲッチュだぜ!」

「ええっ⁉」

「でも、もうアタシに殺される理由はなくなったよん」

「それならいいです」

「…………………………………………」

 あまりにアホすぎる魔王のポヤヤンとした表情に、ランチュウは開いた口がふさがらない。

「まあ切り替えが早いのはいいこった……でもテイムしたからって、何をすりゃいいんだか具体的にゃ知らねーんだよね」

 ランチュウはテイム機能の経験とノウハウを持っていない。

「クマ井さん連盟の例もあっからなあ」

 人喰い植物にエサをやらず、死なせてしまった連中を思い出す。

「……そういやアンタ素っ裸だよねえ」

 土下座して巨大な生尻を突き上げている。

 ついでに巨大なおっぱいがベッドに半分埋まっている。

 ランチュウと違って長いシッポは股間に挟まってプルプルと震えていた。

「とりあえず何か着な」

「そんな事でいいんでしょうか……あれ? あれれ?」

 手足が勝手に動き、床の服を拾い集めている自分に気がついて驚愕するパルミナ。

「これって妾の意思じゃないですよお!」

 庭に干してあるのと同じデザインの黒ビキニを自動的にせっせと着用する。

「おっほー便利ぃ!」

 しかし何かが心に引っかかる。

「……コイツの顔って何かムカつくんだよねえ」

 巨大でタレ目なパルミナの風貌は、どこかで見た記憶がある。

 確か自宅アパートの洗面台で――

「……そっかコイツ、アタシの顔に似てるんだ」

 そのくせ乳だけはやたらとデカい。

 棒のようにヒョロヒョロだった更紗とは大違いだ。

 脳味噌の中身がまるでアテになりそうもないのが、余計にランチュウの神経を逆撫さかなでする。

「でもまあ、ちゃんと飼い主として面倒を見てやらねーとな。とりあえず風呂に入ろう」

 ランチュウはパルミナの鼻水でベトベト、バスタオルを使っても限界がある。

「アンタもだよ」

「あの……妾はさっき入ったばかりなのですが?」

「どーせ水風呂だろ? 石鹸やシャンプーも使ってないっぽいし、ここはアタシが近代的なビバノノってもんを教えてやろうじゃねーの」

「いま着たばかりなのに脱ぐんですか⁉」

「そういやそーだったねえ。ビキニなんだから濡れても構わないと思うけど?」

「ビキニって何ですか?」

「水着」

「これは水着などではありません! それにまた洗濯するのは嫌です!」

「そうだ入浴剤あっかな……?」

 苦言を呈するパルミナを無視し、ランチュウは浴場で使用人サイズの操作パネルを見つけてスイッチを入れる。

 ついでに脱衣所の棚から錠剤タイプの入浴剤を発掘した。

「おおっピーチ湯じゃん! こりゃラッキー♡」

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