第27話・ショタロリ団の異世界モコ歩き

「ここかい? どーにも貧相な洞窟だねえ」

「七色に光る水晶とか結構派手な背景だと思いますが……」

「何かで磨いたようなピカピカの白骨が欲しい」

「そんな昭和の探検番組みたいなドクロは転がってませんよ」

 入って早々愚痴を垂れるランチュウをなだめるソルビットであった。

 ナパースカのある北西エリアと北方エリアの境目にあるダンジョン、ビエマーチュ迷宮。

 実はショタロリ団にとって初めてのフィールドではない。

「ここって前に来た事ありますよね?」

 移動中でも戦闘が発生するため通路は広く、岩などの障害物も多い。

「確か一昨年あたりにランチュウの気まぐれで攻略してる」

「対魔獣装備もなしに挑んで苦労したッス」

 通路が閉鎖されていたので最奥までは行けなかったが、中ボスが手ごわく攻略に3時間を要している。

「だからあれほど装備を買おうって言ったのに、ランチュウが嫌がるから……」

 対魔獣勢が使う課金強化系装備があれば10分くらいで倒せるのだが、対人戦用武器では中ボスの毛皮にことごとく弾かれ、頭部や関節への集中攻撃でようやく討伐できたとムチプリンは記憶している。

「だってさあ、それやったらコスメで1時間はかかるじゃん?」

 MMOにおいてファッションは重要である。

「素のブサイク装備でお出かけなんて、アタシゃ嫌だよ」

 MMOにおいてファッションは重要である。

 大事な事なので2度言いました。

「確かここのラスボスって、最初はウロコでガチガチなのに後半になると装甲が展開してモフモフになるッスよね」

「そうそう。可愛すぎて攻撃すんのためらうよねえ……会った事ないけど」

「ヘスペリのダンジョンって、いつも奥の方が侵入禁止エリアになってますよね」

 特に洞窟や地下迷宮のラスボスステージは滅多に公開される事がなく、たまたま幸運に恵まれたパーティーだけがフサフサ大魔獣に会える仕様で、攻略サイトでは、運よくラスボスと遭遇できたらプレイ動画を公開するよう奨励されている。

 封鎖の理由は誰も知らない。

「今回も会えそうにないッスね」

「たとえ封鎖が解かれてたとしても、たぶんクマ井さん連盟が露払いしてるから……」

 迷宮の奥で待つと言った以上、彼ら(もしくは彼女ら)が通りすがりに魔獣たちを一掃しているのは間違いない。

 小型の魔獣なら魔海樹の采配で即座に補充されるのだろうが――

「ランチュウ、ここの魔海樹は?」

 心配になったムチプリンがランチュウに質問する。

「昨日たまたま制圧したんよ。エリアをまたぐから、どうしようか迷ったんだけどねえ」

 北方エリアは北北西エリアと同様に対魔獣勢の集う地域のため、北部のワールドマップ外縁を除けばランチュウの獲物になりそうな重課金強化装備ゴテゴテの対戦勢は滅多に見かけない。

「何でこんなところに来たんですか?」

 首をひねるムチプリン。

「パルミナに見つかると困るからさ、北北西エリアの南部を避けて北回りに勢力を伸ばしてみたんよ」

 パルミナが北北西エリア南部のナパースカ付近を拠点としていると知り、なるべく離れたルートで魔海樹の探索を続行しようと考えたのだ。

「あいつ裸ん坊も同然だから、あんまり北には行かないと思うんだよねえ」

 ランチュウもあまり他人をどうこう言える服装ではないが、常識的に考えればパルミナの黒ビキニでは寒冷地に入れない。

 特に山岳地帯では氷結ダメージを受けるため、防寒具は必須装備である。

「入口から雪山が見えましたもんね」

 ちょくちょく先行して安全を確認しながら会話に加わるソルビット。

「付属の別邸は確認したッスか?」

「したよ~。クローゼットに絨毯みたいなでっけーマントとツナギが残ってた」

 パルミナが立ち寄った形跡は皆無らしい。

「使用人が使う防寒コートもあったけど、ブカブカでアタシにゃ合わなかったよ」

「このエリアで勢力を拡大するつもりなら、お買い物に行かないといけませんね……ところでランさん、新しいネコミミつけました?」

 旧ランチュウのネコミミパーツは魔王の角に干渉して消失したのだが、エルフのように尖った魔王耳をネコミミに変更する事でアイデンティティーを取り戻したらしい。

「うんうん。ようやく気づいてくれたかあ。ホントはショップで交換しようと思ったんだけど、うまく行かなくてねえ。何だかんだで魔海樹使って1時間かけたよ」

「次にコーデ変える時は声をかけてくださいね。護衛しますから……あら?」

 半妖精アバターの暗視能力を生かして先頭に立っていたソルビットが、何かを発見したようである。

「あれって魔獣……ですよね?」

 視線の先に大型犬くらいのモフモフ魔獣が転がっていた。

 返事がないだたの死体……ではない。

 マタタビで篭絡されたネコのようにゴロンチョして、お腹を晒して喉を鳴らしつつ、おいでおいでとショタロリ団を誘惑していた。

 ただし哺乳類ではなく、モッサモサのカマドウマである。

「これは一体……⁉」

「……いま視界を確保します」

 暗視能力を持たない仲間たちのために、滅多に使わない本業の魔法で棍棒ワンドに光を灯すソルビット。

「うげえっ⁉」

 広い通路の先はゴロニャン状態のモフモフ魔獣たちが集い、足の踏み場もないほど埋め尽くされていた。

「何だこれ……」

 第2層を抜けて広間に出ると、モニターいっぱいの魔獣たちに混ざって中ボスらしきフカフカの巨大なコウモリ、ドウナガネコバットがゴロゴロと喉を鳴らしながらショタロリ団を待ち受けている。

 ゆっくりとまばたきを繰り返し、早く撫でろと色目を使う。

「テイムされてる……?」

「いや、その寸前っぽいッスね」

 早くも分析を始めるムチプリンとショウタ君。

 年始めに実装されたテイム機能を使いこなせば、魔獣を篭絡して飼い慣らす事ができる。

 しかし最初から人に慣れた状態で課金販売される鶏馬などの騎乗系魔獣とは異なり、野性の魔獣を飼い慣らしたプレイヤーは、ごく少数しか存在しない。

 しかも成功例は、課金アイテムの捕縛ロープを使用した例を除けば偶然の産物ばかりで、まだノウハウが確立されていないのが現状である。

「テイムロープを使っても、普通こうはならないッスよね?」

「ひょっとしてナデナデされた……?」

 ゴロニャン状態からテイムの過程を想像するソルビットだが、野性の魔獣にペット向けのなでくりモーションの効果は及ばないはずだ。

「アナログ入力でやったんじゃない?」

 ソルビットの推測をランチュウが補足する。

「戦闘中に? そんなまさかランチュウじゃあるまいし」

 通路や広間を埋め尽くす魔獣たちの至近距離からアナログ入力でナデナデ、しかも戦いながらメロメロになるまで撫でくり回せそうなプレイヤーなど、百手巨人くらいしか思いつかない。

「それをやってのけた連中がいるって事さあ」

 すでに確信しているランチュウであった。

 不完全とはいえ、出会った魔獣すべてに、しかも短時間でテイム寸前にまで追い込んだ集団がダンジョンの奥にいる。

「ワクワクが止まらないねえ!」

「やっぱりクマ井さん連盟ッスか?」

「そうだね。少なくとも3人はいる訳だし、全員でかかればイケるんじゃ……」

 魔獣たちの数を大雑把に勘定したムチプリンは戦慄し血の気が引いた。

 ここで一体何があったのか具体的な想像ができない。

「……どうやったらできるの?」

 ひょっとしたらランチュウが3人いれば可能かもしれないが、ランチュウが3人もいる、いやここにもいるので4人いる世界など考えたくもない。

「これは宇宙人どころか人外級もありうるッスね」

「い~そいそい」

 ゴロゴロ転がるドウナガネコバットを撫でて落ち着かせるランチュウ。

「うっわーヘソ曲げた~!」

 撫で方がマズかったのか魔獣が逃げた。

 そしてソルビットの前でゴロリと寝転んでナデナデを要求する。

「無理ですよ無理無理! ランさんでも無理なのに私なんかにできる訳ないですよ!」

「ボクも自信ない」

 ムチプリンも先日の教訓からペット用なでくりMODを導入しているが、ランチュウすら拒む難物どもを満足させるなど不可能極まりない。

「右に同じッス」

「アイツらどんだけ撫でるのうまいんだよ……」

 もはやクマ井さん連盟の実力を疑う者はいなかった。

「コツさえ掴めば大きさは関係ないっぽいッスね」

 ザコ魔獣から中ボス級まで篭絡されている有様では、この分野においてショタロリ団に対抗する術はない。

「あとは対戦が強けりゃ文句なく宇宙人級に推薦してやんよ」

 第3層の奥に進むと、そこは玉座の間。

「おっ、ラスボスステージの門が開いてんじゃん! こりゃ今日はラッキーデーだねえ!」

 入り口を抜けると、そこには象を遥かに超えるサイズのラスボス、スパラジアナフサグマが、夢見心地とばかりに大股おっ広げたあられもない姿で寝っ転がっていた。

「うわー可愛い……」

「死屍累々ッスねえ」

 迷宮の魔獣が減ると魔海樹から供給されるシステムだが、討伐された訳ではないので補充は利かず、当分の間は彼らのゴロゴロゴロニャン状態が続きそうである。

「このダンジョンぶっ壊されてる……」

 開いた口が塞がらないショタロリ団であった。

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