第14話・ショタロリ団

「ここでランチュウと遭遇したんだね?」

 ショタ&ロリアバター使い女子プレイヤー限定パーティー【ショタロリ団】のリーダー、ムチプリンがソルビットに問いかける。

「あれから5日も経ってるとはいえ、よく見つけたね」

 ソルビットが超魔王ランチュウとエンカウントしたのは捜索初日、正確には捜索開始直後であったが、ショウタ君は中間テストで、ムチプリンは子守りで身動きが取れず、集合までの日数が空いてしまったのだ。

 その間に超魔王によるPK被害者は加速度的に増え、この4日だけで3ケタに上っている。

「ここってワールドマップの僻地ッスけど、そんなに強い魔獣はいないッスよね」

 その代わりオニカラダチの森はリスポーン地点となる村や村落が多く、PKやPvPを好む対戦派プレイヤーが集う修練場と化していた。

 おかげでランチュウの暴虐があまり目立たずに済んでいるともいえる。

「ここに来るのは修羅竹より下ばかりッスし、ランチっちに見合う相手はいないんじゃないッスか?」

 と、ショタロリ団撮影担当のショウタ君。

 プレイヤーランクは、初心者、初級者、noob、編集者、ザコ、中級者、チキン、上級者までは、ネット掲示板で定められた基準に従って自己判定するが、その先の修羅梅、修羅竹、修羅松、羅刹、妖怪、達人、宇宙人、人外は、掲示板の主要メンバーによって厳しい基準で選定され、よほど資質に問題がない限り、努力すれば羅刹級までは行けるといわれていた。

 ただしショウタ君の言う修羅の竹級は、一般的な基準では修羅松に相当する。

 トップクラスの規格外、しかも異質なプレイヤーしかいないショタロリ団は、ランク基準とハードルが、ちょっとばかりおかしな事になっているのだ。

「せめて羅刹級じゃないと、ランチっちの食指には合わないッスよね?」

 妖怪級より先は独自性や創造性、そして何よりアピール力が必須条件で、達人級より上のランクになると、もはや真っ当な地球人類には測定不能な宇宙的境地である。

 そして最上ランクである人外の、さらに上、称号持ちと呼ばれるトッププレイヤー数名は、ネット掲示板の主要メンバー全員による投票により得票率95パーセント以上で選定され、悪夢あるいは絶壁の象徴としてヘスペリデスに君臨するのだ。

 その1人は言わずと知れたランチュウだが、他には家庭用ゲーム機のパッドコントローラー操作なのに、卓逸したセンスだけで異様な戦いぶりを見せる者など、個性豊かな魔物ばかり。

 そんな相手に上級者や修羅松竹梅が挑んだ日には、わからん殺しが待っている。

 ニンゲンの想像を超えたアレな領域なのだ。

「そういえば動画の被害者って修羅の梅くらいだったね」

「確か動画説明文にはそう書かれてました」

「あれで修羅⁉ 最近ちょっとランク認定のハードル下がってるんじゃないッスか?」

「重課金強化系フル装備はランさんの殲滅対象です」

 ソルビットは何だか微笑みパーティーが可愛そうに思えて来た。

 ヘスペリデスのプレイヤーは、非戦闘職や想定外プレイを除けば、おおむね2系統が存在する。

 対魔獣派と対戦派。

 さらに対戦派の中には対人用強化装備派と軽装派の2大派閥があった。

 強化系のレア装備はステータスを増強するだけでなく、コンボや連続攻撃、回避系などの戦闘モーションがセットになっている事が多く、矛盾しているようだが対戦格闘ゲームを好むプレイヤーが多い。

 大して軽装備はアナログ入力やキーエディットなど入力系の幅が広く、多様多彩で複雑怪奇な操作を好む職人気質のプレイヤーが主流であった。

 強化装備は便利な連続モーションを得られる反面、行動パターンを読まれやすく隙もある。

 これを突くのが軽装派の醍醐味といえるだろう。

 だが、その中でも重課金強化装備プレイヤーは完全な別勢力として存在し、強化装備派と軽装派の両方に、しかも執拗に狙われる運命にあった。

 強化しすぎて初心者でも簡単に上級者を倒せてしまう公式チート性能を持っているため、修羅以上の熟練者にとって重課金装備は要攻略対象、最終的には実験台モルモットにされてしまう。

 装備が強いだけでは、修羅どもにかかるとプレイ動画のネタにしやすい極上の獲物でしかなかったのだ。

 おかげで重課金者は熟練者を恐れて装備をステルス化したり、カスタム化(要課金)でトゲや飾りをつけるなど、見た目を誤魔化すのが慣例と化している。

 ゲームにかけられる手間と時間は人によって異なり、プレイスタイルも人それぞれだと思うので、初心者が課金強化装備に頼るのは仕方がないとソルビットは思っているが、しかしランチュウは『なんか重装甲ガリガリするの好き』などと言って、重課金パーティーを見ると反射的に轢き潰してしまうのであった。

 ぶっちゃけ鬼畜である。

「あれは確かにランさん本人でした。リアルで知り合いだった私が保証します」

「リアル知人だったの⁉ この前は知らないって言ってたじゃない!」

 驚愕の事実にムチプリンは目を剥いた。

「わかったのは、ごく最近なんです」

 疑ってはいたし確信もあったが、確証を得てから3週間ほどしか経っていない。

「じゃあランチっちが音響用のMIDIフットスイッチ使ってるって噂、本当ッスか?」

「本当でした」

 更紗の家族と店長の依頼で部屋に入り、この目で見たのだから間違いない。

「でもそれは右足専用で、左足は3連フットスイッチを使ってました」

「マジッスか……」

 ショウタ君は、てっきり両足で1つのMIDIフットスイッチを操っているとばかり思っていた。

「3連モニターは?」

 ヒーラー担当の神官でリアル貴腐人のムチプリンは、高級3連モニターの使い手である。

 視界を広げるだけでなく、背後を表示させたりメニュー画面を出しっ放しにしたり、魔法コマンド入力のアンチョコを表示しておくなど、多種多様な使い道があるのだ。

 前も後ろも気にせずアブノーマルな戦闘をこなすランチュウなら、絶対に使っていると思っていたのだが――

「買ってはみたけどワイドモニターだけの方が使いやすいとかで、すぐ売ったそうです」

「画面1枚で後ろ見えるッスか⁉」

 ショウタ君は量子ドットの高級ウルトラワイドモニターと、バックミラー代わりの液タブを併用している。

「背景の角度や動きでわかりますよ? 慣れると旋回するだけで視界外の敵を感覚的に補足できます」

 回り込み近接やクイックステップで発生するセミオートロックオンシステムの影響で、旋回入力などの操作を行うと、周囲にいる敵の配置で微妙な抵抗感が生まれるのだ。

 ランチュウに鍛え上げられたソルビットは、視点変更時の違和感だけで視界外を含む360度の敵をすべて把握できるようになってしまった。

 視点移動による索敵はムチプリンとショウタ君にも可能だが、それはアバターを停止させている時に限り、戦闘中にそんな真似ができるのは、ヘスペリデス広しといえどもランチュウとソルビットくらいだろう。

「そういやソルビっちは人外認定寸前だったッスね」

 まだ認定されていないにも関わらず、すでに人間やめている感があった。

「ビッチ言わないでください」

 スティックを漕ぐと発生する高速機動や、段階を踏んだ高速入力による各種特殊ステップ、そしてモーションキャンセルなど、ヘスペリデスには多種多様な移動・攻撃手段が存在する。

 中にはバグやラグで発生する現象もあるが、『ハングアップ(フリーズ)しなければバグじゃない』というプロデューサーの強引かつ無茶苦茶な制作方針により、よほどの事がない限り放置されている。

 その結果プレイヤー諸氏が努力と研鑽と変態的な試行錯誤を積み重ね、バグ技を無限に生産し続けるのであった。

「視点操作で余計な手間をかけるより、適当にアタリをつけて攻撃を置いた方が手っ取り早いですよ?」

 こんな発言をしても、ソルビットは自分がまだ人間だと思っている模様。

「うへえッス……」

 ちなみにショウタ君のランクは達人級である。

「あと複数モニターだと、みんなで尻踊りしても面白くないって言ってました」

 横並びで踊るとモニターの外枠が邪魔になるのだ。

「そっか……ボクも買い替えようかな?」

 ムチプリンはパーティー尻踊り動画を壁紙に使っているが、4人ではどうしても3連モニターの枠に重なる者が出るため、不満を募らせる毎日を送っている。

「他の入力機器はナニ使ってるッスか? 前にもランチっちに聞いた事あるッスけど……」

 聞いている最中に、羅刹級を擁する修羅パーティーとエンカウントしてしまい、詳細を聞きそびれてしまったらしい。

「右手と左手で、それぞれゲーミングキーパッドを使ってました。ボタンとキーだけで32個あって、アナログスティックとスクロールホイールまでついたゴツいやつ……」

「右手用なんてどこで売ってるの⁉」

 普通はネット通販を探しても左手用しか見つからないだろう。

「あとゴーグル式のアイトラッカーもありました」

「ランチっちはリアルも化物ッスね……」

 百手巨人の称号は伊達じゃない。

「それで、ソルビットがボクたちをここへ連れて来たって事は、いまのランチュウはオニカラダチの森から出る気がないんだね?」

 ソルビットに案内され、ネット掲示板や攻略サイトに記載されていない隠しルートを進む3人。

「はい。場合によっては敵に回る可能性もあります」

「ソルビットも?」

「もちろん私は何があろうとランさんにつきますよ」

「そりゃそうッスねー。ソルビっち、ランチっちにムチャクチャなついてたッスもん」

 ショウタ君は天を仰いだ。

「ああっ……ソルビットがロリアバターでさえなかったら!」

 ムチプリンが叫ぶ。

 中の人は3連モニターの前で砂糖を吐いているに違いない。

「ロリでさえなければ……ッス‼」

 ショウタ君も叫ぶ。

「「ショタ×ショタのプニラブシチュが拝めた(ッス)のに!」」

 こいつら腐ってやがる……人類には早すぎたんだ。

「この発酵した思考回路だけは、いまだに理解できないんですよね……」

 ショタロリ団で唯一の非腐女子、男装ロリ専門のオタクである夏帆には、異界の怪しい儀式にしか見えなかった。

 もっとも趣味の方向性が多少異なるだけで、ソルビットも十分同類なのだが。

「着きました。あれがいまのランさんです」

 茂みをかき分け獣道を出ると、その先に大きな魔界樹が立っていた。

「デュフフ~ッ、デュフフフフゥ~ッ♡」

 魔界樹の根本で、超魔王ランチュウがヘンテコリンな高笑いを上げながら、お尻とシッポをフリフリ踊り狂っている。

「うわぁ……確かにあれはランチュウ本人に間違いないね」

 いざ目の前にしてみると、わかっていたのに開いた口が塞がらないムチプリンであった。

 ランチュウは動画サイトにプレイ動画シリーズを持っているが、その神がかった腕前にもかかわらず、戦闘ではなくショタアバターの尻踊りしか配信していない。

 曰く『アタシ視点だと視聴者が目を回すから』らしい。

 そして姿形こそ変わっているものの、あのヘンテコリンな高笑いと尻踊りは、誰見まごう事なきランチュウ本人であった。

「おーい、ランチっちー‼」

 ショウタ君が大声入力で呼びかける。

「おっほぅ! みんな元気に腐敗してた~?」

 両手を振って挨拶する超魔王ランチュウ。

「動画を見た時はあきれ返ったけど、本当にコーデ変えたんだね」

「まあねえ。いろいろあってさあ」

「まだおち〇ちんついてるッスか?」

「ついてるよー♡」

 ランチュウは尻踊りで返答した。

 ヘスペリデスのキャラクターは通常、下着を外せない。

 というかアバターの素体は下着と一体化している。

「うんうん、ついてるッスね~♡」

 だがショタロリ団のメンバーは(男装ロリコンのソルビットを除けば)妄想アイでパンツの下を透視できるのだ!

「じゃあアレ行ってみよ~!」

「はいはいッス」

「まあ、せっかく3週間ぶりに全員揃ったんだし、これやっとかないと始まらないよね」

 ムチプリンが杖を地面に突き刺し、遠隔カメラモードを起動した。

「「「「デュフフ~ッ、デュフフフフゥ~ッ♡」」」」

 ショタロリ団再集結記念のパーティー尻踊りである!

「私、このノリだけはついて行けないんですよね……」

 この映像はショウタ君によって編集され、SNSのショタロリ団公式アカウントで、全国のフォロワーたちを通じて世界中に拡散されるのであった。

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