第10話・ソルビットとランチュウ

「ねえ、アンタうちのパーティーに入らない?」

 男装ロリ厨という腐治の病に侵されたソルビットには、同好の士が存在しない。

 そんな腐れロリコンを当時の【ショタBL団】、その後ソルビットの参入により改名された現【ショタロリ団】に勧誘したのは、他ならぬランチュウであった。

「ソルさんなら人外狙えるよ。それはアタシが保証したげる」

 ヘスペリデスにはレベルこそ存在しないが、プレイヤーランクは某有名ネット掲示板基準で、初心者、初級者、noobヌーブ、編集者、ザコ、中級者、チキン、上級者、修羅梅、修羅竹、修羅松、羅刹、妖怪、達人、宇宙人、人外と、細かく厳しく区分されている。

 その最上位ランクである人外を狙う素質があると言われても、当時はまだ修羅梅級だったソルビットには想像もつかなかった。

 弟子入りしたころはまだ修羅梅級だったが、ヘスペリデス歴2年の現在は宇宙人級。

 ランチュウの言った通り、もう少しで人外に手が届きそうな領域まで到達したと思う。

 恐るべき慧眼である。

「戦い方を教えろって? ダメダメ。ソルさんは人真似で上手くなるタイプじゃないよ? 自分で考えて我道を切り拓かなきゃ」

 ヒントは与えてくれるが、正解は決して教えてくれない。

 それはランチュウにとっての最適解であり、決してソルビットの正解とは限らないからだ。

「な~に簡単だよ。ちょいと人間やめりゃいいのさ」

 簡単に言ってくれる。

 それはそうだ。

 ランチュウは最高ランクの人外すら超えた人外魔境【百手巨人】の称号持ちなのだから。

「おめでとソルさん。ネットで妖怪認定されたんだって?」

 喜ぶべき事なのか疑問を覚えるネーミングだが、ランチュウは昇級のたびに祝ってくれた。

 ランチュウは練習などしない。

 ソルビットの修行も常に実戦、PKやPvPにおいてのみ行われ、その過程でランクが勝手に上がって行くのであった。

 昇級しても大して嬉しくない。

 なぜならソルビットの目標はあくまでもランチュウであり、有象無象など眼中に入る暇はないのだから。

「ここから先は誰かが通った道なんてないよ。全部自分で開拓するんだ」

 上達法や上級者マニュアルなどネットを探せばいくらでも見つけられるだろう。。

 だが人間をやめる方法など、どこを探しても存在する訳がない。

 そして人間をやめるとランチュウのように、人間にモノを教えられなくなる。

 それはソルビットが達人級になった時に理解できた。

 人間をやめたプレイヤーは、対戦中に脳の言語野をまったく使っていないのだ。

 むしろ言語思考をやめた時、あるいは呪文や罵詈雑言や実況生配信など、操作とは無関係な言葉を吐き出してこそ本領を発揮できる。

 これでは他人に戦い方を教えるどころか、自前の理論を言語化するのも困難極まりないだろう。

 なるほど、これが人間をやめるという事か。

 モニターは1つで十分。

 画面外の様子は気配でわかる。

 脳内にレーダー画面を構築し、敵味方の配置を大雑把に把握した上で、ただリズムとタイミングだけを計って予測対応すればいい。

「ソルさんはアタシに似てるねえ。だったら自分の動きで相手を誘導できるかも」

 ダッシュやステップ機動で自らを囮にし、2重3重の網を張り、2手3手先に罠を仕掛けると、それだけで対戦相手の方から攻撃に吸い込まれるようになった。

 攻撃を命中させるのではなく、相手を動かして攻撃範囲に入れるのだ。

「技を習得しようと思ってもムダだよ。これは開発なんだから」

 同じ技でも、ただ覚えるより独自開発した方が副産物を豊富に獲得できるし、そのカケラを集めるだけで派生技が勝手に生成されてしまう。

 技開発と同時に最適化を繰り返す事によって、やればやるほど連鎖的に枝葉が広がり、進化と突然変異の連鎖が止まらい。

 ランチュウが技を教えてくれない理由がわかった。

 教えるのではなく、導いて自力で開発させた方が、後々の効率が遥かにいいのだ。

 習得ではなく会得した技なので、実戦で成功した時の満足度も高い。

「試行錯誤よりトライ&エラー。考えるより、いろいろやってみるんだ。成功したら繰り返して体で覚えるといいよ」

 対戦相手を使った人体実験である。

「偶然に頼るなら、その偶然が起きやすい状況を自分で作った方が手っ取り早いじゃん。普段やらない行動を心がけるんだ」

「いいねえ、その風が吹けば桶屋が儲かる的な短絡思考! 積み重ねりゃ思考と論理をショートカットできるよ!」

「どんなに使い勝手の悪い技でも、使いどころは必ずある。その時のために、いつでも出せるよう反復練習しないとね」

 反復したら、どーゆー訳か技が増えた。

 増えた技も反復で検証し、その過程でさらに技が増えるのでキリがない。

「頭を使った即興プレイって、アイデアをカタチにするための小技が必要なんよ。浮かんだイメージを手札の組み合わせや応用で即座に実現できるように、小技のジャンクをコツコツ溜め込もうね」

「裏をかいたって裏の裏をかかれるだけだよ。想像の斜め上、想定外を狙って意表を突くんだ。できれば同じシチュエーションで使える自分だけの引き出しが2種以上あるといいねえ」

「反省なんかしてるヒマがあったら、騙して陥れる方法でも考えな」

「見てから行動したんじゃ遅すぎるよ。相手の予備動作の予兆を察するんだ」

「予測するより誘導した方が簡単だし楽ちんだよ。相手の選択肢を減らしてフェイントで罠に嵌めるのさ」

「よほどの素人でもない限り、普通の人間は正解と定石しか選択しない。だから相手に一番行ってほしくない方向に攻撃を置くと当たりやすいし、同時に防御や牽制にもなる」

「自分のアバターより相手を操作するつもりでやるんだ」

 もはや地球人の言語ではない。

「フェイントのコツは反射行動の誘発。こっちをよく見て後出しを狙う輩ほど効くから試してごらん?」

「魚は後ろから近づく物体を見ると、反射的に喰らいつく習性がある。それと一緒で、人間にも意思で抑えきれない反射行動ってもんがあるのさ。そしてそれは反応速度の高い人ほど出やすく、罠にかけやすい」

「必勝法や正攻法なんて、意表を突くための落とし穴みたいなもんだよ。使うより利用した方がいい」

「誰かが作った正解にこだわると手札が減るよ。真似したって全部覚えきれる訳ないし、得手不得手で再現できない技もあるから、その方法じゃ絶対に追いつけない」

「正解は1つじゃない。自分で捏造しちゃってもいいんだよ。それはいくらあっても決して困りゃしない貴重な財産になる」

「型やパターンを作るのはいいけど、どうせならいっぱい作って罠に使いな。相手をこっちのリズムに乗せてから、いきなり予想を裏切るんだ。ちょっとずつリズムをずらしながらタイミングだけ合わせて、多重罠で3秒後あたりに本命を置くのがオススメ」

「たとえば相手が4のリズムで動いてるとすりゃ、こっちは3+2+3で動けば8でタイミングを合わせられる。2手3手先に罠を仕掛けるブラフに使えるし、3手とも罠にしちゃってもいい」

「ニンゲンの意識には必ず隙間がある。そこを狙えば相手の視野に入っても見つからない」

 ランチュウの教えは常に抽象的で具体的なものこそ皆無だが、そのいくつかはソルビットの血肉になった。

「全部理解しろなんて言わない。感覚的にわかるとこがあったら、そこがソルさんのセンスに合ってるって事なんだから」

 理屈抜きで感じろとは、一体どこのブルース・リーなんだか。

「バトルの真っ最中に考えてるヒマなんてないよ。直感で動く程度で丁度いいのさ」

 いくつかソルビットにもわからない宇宙的言語が混ざっていたが、いずれ自分の人間度が下がった時にわかると思い、一言一句すべて記憶に留めておく。

 教えられた時は理解できなかった言葉が、戦っている最中に『あっ、これを言ってたんだ』と気づく事が結構ある。

 終わってから言葉の意味がわかっても遅すぎる気もするが、たぶんそれなりの役には立っているはずだ。

 実際、少し心がけるだけで会得できる技は意外と多い。

「表情が固いねえ」

 テンポを上げると、つい表情入力を忘れがちになる。

「あと、できればテキストチャットも出しときたいとね。定型文でいいからさ」

 PK中は、相対距離やテキスト限定などの条件つきで、対戦相手にもフリーチャットの送信が可能で、PvPなら対戦条件の設定次第でボイス・テキストの両方が使える。

「無言で対戦してると飽きるよ。自分はもちろん相手もね」

 ランチュウの戦闘理論は、ただ勝つだけが目的ではない。

「強くなけりゃ生き残れない。強いだけじゃ意味がない」

 目的は強さではなく目立つ事。

 勝利はあくまでも手段にすぎないとランチュウは語る。

「強さを求めるのは個人の勝手だけど、面白カッコよくなきゃ意味ないでしょ?」

 ヘスペリデスは対戦格闘ゲームではない。

 だからこそ戦闘にもストーリーが必要なのだと教えられた。

「プロレスみたいなもんよ。ガーッと叫んで観衆を沸かせた方が勝ちなのさ」

 興行プロレスは勝者ではなく、より客を集める人気者に多額のファイトマネーが送られる。

「そこでズバッとカッコイイ技とか決めてフォール勝ちすりゃ、言う事ないねえ」

 その日からソルビットは、倒した相手プレイヤーの配信動画で、他人の目から自分がどう見えるかを確認するようになった。

「でも実際に相手がどう思うかは関係ない。ここは自己満足でいいんだよ」

 ランチュウは言う。

「そもそもこっちが何やってるか、対戦相手やギャラリーにわかってもらえるとは限らないんだしさ。でも自分のプレイって自分だけは確実に理解できるでしょ? だから相手視点で自分を納得させられるように心がけるんだ」

 ランチュウは最強など目指していない。

 ソルビットを最強クラスに育てようとも考えていない。

 彼女は常に孤高のオンリーワンであり、その高みにソルビットを連れて行きたいだけなのだ。

 だがそれはきっとランチュウとは異なる頂点であり、いつか袂を分かつ未来が待っているのではないかとソルビットの不安をかき立てる。

「アタシとスパーしたいって? いいよ。いつでもかかっといで」

 毎日のように戦ったが、勝てた試しはない。

 それでもランチュウとの模擬戦は、無益な戦いにはならなかった。

 とにかくテンポが速い。

 その速度につられてソルビットのテンポも上がって行く。

 速くなるだけで強くなれた。

 ただひたすら入力操作を高速化するだけで、相手の隙を作り見出す余裕が生まれるのだ。

 人間は必ず自分のリズムを持っている。

 その合間を突くだけでも効果は抜群だ。

 そしてそれは、人間をやめた者の特権でもあった。

「もう十分速くなったから、今度はちょっと遅くしてみようね」

 相変わらず具体的なアドバイスは何ひとつないが、それでもランチュウによる初めての戦術指南である。

 ただ遅くするだけではない。

 相手のリズムとタイミングに合わせるのではなく、相手を自分のリズムに引き込み、誘導し、ここ一番で一気に崩すのだ。

 あるいは不安定なリズムで相手を混乱させてもいい。

「相手を崩せない時は、自分が崩れればいいんだよ」

 おそらく人類には意味不明な理論だろう。

 そしてこれが理解できてしまうのは、もはや人間ではなくなった証拠でもある。

 こうしてソルビットは、予測と誘導力こそランチュウに及ばないものの、他のプレイヤーに遅れを取る事は一切なくなった。

 ランチュウと肩を並べて戦える力を手に入れたのだ。

「いい感じになったねえ。ちょいとアタシに似ちゃったけど……」

 リーチの短い棍棒型ワンドの二刀流は、ランチュウの短剣に近い戦い方ができる。

 自然と似たようなプレイスタイルになった。

 師弟関係なのだから当然の結果ではある。

「でもキッチリ別モノになってるよ。独創的でアタシ好みのスタイルだねえ」

 この言葉を聞いた時、ソルビットは素直に喜んでいいのか迷ってしまった。

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