超魔王ランチュウ

島風あさみ

第1部・誕生! 超魔王

序・百手巨人

『デュフフ~ッ、デュフフフフゥ~ッ♡』

 酒場のテーブルに表示されたウィンドウのプレイ動画で、少年なのか少女なのかよくわからない全身紅白模様のプレイヤーアバターが、ヘンテコリンな勝利の高笑いを上げながらプリプリと尻踊りを披露する。

「こいつ相変わらずスゲーな」

「動画見ても一体どーすりゃこんな事できんのかサッパリわかんねー」

「相手側の視点じゃ、ほとんど画面に映ってねーもんな」

 ここは基本無料のオープンワールドファンタジーMMOアクションゲーム【ヘスペリデス】のゲーム内世界。

 そして街の酒場は、クエストや対人戦闘を終えたプレイヤーたちが反省会と称してチャットのお喋りに興じる会議室兼休憩所となっていた。

「スゲーのはわかるけど何がどーなってんのか、まるで理解できねーのが難点だな」

 死角から死角へと高速で渡り歩くため、被害者サイドの動画では状況が把握できないのだ。

 ただし尻踊りの時だけは視界に入る。

 一見すると舐めプ(自分より弱い相手をバカにするプレイ)にも見えるスタイルだが……。

「こいつ自分のチャンネルじゃ尻踊り動画しかやってねえ」

 信念の尻踊りであった。

「戦ってるとこはパーティーメンバーか被害者の配信でしか見れねーんだよなあ」

 テーブルについた3人の男たちが、並んだジョッキに手も触れずに会話する。

 声に合わせて口は動くが無表情。

 ヘスペリデスは近未来SFラノベに登場するようなフルダイブVRゲームと異なり、家庭用ゲーム機やPCでプレイを楽しめる1人称視点と3人称視点、そしてVRゴーグルの選択式アクションゲームであり、テーブルの酒を飲む動作にはパッドやキーボードなどによる操作入力が必要である。

 食事と会話を同時に行いながら表情を操作するだけで果てしなく難しいのだ。

 そんな面倒な作業をするくらいなら、普通のプレイヤーたちは現実世界で酒かコーヒーを飲む方を選ぶだろう。

「それで結局あいつの性別どっちなんだ?」

 ヘスペリデスのチャット機能は基本、近距離限定で、ボイスとテキストが別々に距離設定され、フォローや相互フォロー、パーティー登録などの複雑な条件で範囲が定められている。

「チューブブラつけてるけど男の子だそうですよ。ただし中身は女性」

 ミニスカメイド姿でトレイを持った女性アバターに話しかけられた。

 酒場ではテーブルについたプレイヤーたちだけの内緒話ができるルールだが、どこにでも例外は存在する。

「ハルカさんか」

 店内ではプレイヤーが操作するウェイトレスなどの職員に限り、無条件でボイス・テキスト双方のチャットに参加できる仕様である。

 チャットやメッセージ関連に限定条件のあるヘスペリデスでは、接客業や生産業といった一般職のプレイヤーたちが、噂話を掲示板やSNSで公開し、情報交換の仲立ちをしているのだ。

 ゲーム中とはいえ、職業倫理あってこそ成立するルールであった。

「こいつ女性プレイヤーなのか。珍しいな」

「そうでもないですよ。ヘスペリは魔獣たちが可愛いって女子ゲーマーに好評なんです」

 ヘスペリデスに登場する魔獣たちは、虫系モンスターまでモフモフのフカフカなデザインで、男女問わず人気がある。

「男女比は8対2。これってかなり多い方ですよね?」

 しかも魔獣たちはイベントボス等の例外を除けば、比較的弱めで新規勢のハードルが低い。

 そのため男性諸氏は魔獣狩りよりPK(プレイヤーキル)やPvP(同意の上で行われるプレイヤー同士の対戦)を好み、女性プレイヤーは可愛い魔獣を殺すのを嫌い、スクリーンショットやビデオクリップ機能による撮影会がプレイの中心となっていた。

 もちろん戦闘に縁のないハルカのような一般職を演じるプレイヤーも多い。

「対戦拒否設定にしておけば、変なプレイヤーにケンカを売られる心配もありませんし」

 一般職や対魔獣勢は誰ともPvPをせず、誰かをPKする事も誰かにPKされる心配もなく、ゲーム内チャットには距離などの制限があるため、暴言を吐かれるケースも滅多にない。

 そんなゆる~いプレイも可能とする懐の広さがあった。

 ヘスペリデスは文字通り【誰でも好きに生きられる、もう1つの世界】なのである。

「でもこいつ、誰彼構わずるって訳でもねーよな」

「ああ。修羅梅級以上のプレイヤーしか辻斬りしねえ」

 ヘスペリデスにはレベルが存在しない。

 それどころかアバターのステータスは、全員同じ合計値から割り振る過激な平等論に支配されている。

 アイテムや装備品による補助的要素はあるが、実利的な恩恵は一部のレア系装備を除けば僅かなもので、しかも極限まで強化したからといって初心者が上級者に勝てる訳でもない。

 あくまでもプレイヤースキルを重視し、プレイヤー自身が成長するゲームなのだ。

 ただし高額課金アイテムを除く。

「でもこの前、中級者と戦ってるの見たぞ?」

「そりゃ課金装備フルセットで強化した重課金プレイヤーだったからだ」

 対戦勢は操作技術を自慢したがる傾向があるので、強すぎる防具は好まれない。

 装備で勝っても自慢できないからである。

 むしろ重課金強化装備の対戦派は、熟練プレイヤーの標的にされやすい傾向にあった。

 劣った装備で勝てば自慢のタネになるからだ。

「奴にとっちゃ、ご馳走以外の何者でもねーな」

「ひでえ」

 一部の重課金装備は、全損すると課金でしか直せない。

「わあっ、こいつまたパーティー食いやがった!」

「すまん見てなかった」

「噂してるヒマもねーのかよ」

「つーか何でまだカラーで映ってんだ? これ被害者側の配信じゃないのか?」

 アバターが死亡すると幽霊になってリスポーンまでの待機時間が表示され、画面がモノクロ映像に変わるのだ。

「いやこれボイス実況入ってるし、たぶん加害者サイドだな」

「こいつ仲間いるのかよ」

 他の誰も戦闘に参加しないので、てっきり一匹狼だとばかり思っていた。

「動画配信者は……ショウタ君?」

「俺、こいつ知ってるぜ。奴のパーティーメンバーだ」

「わあっまた食った!」

 テーブル上に表示中のプレイ動画で、3度目のヘンテコリンな勝利の高笑いを上げている。

『デュフフ~ッ、デュフフフフゥ~ッ♡』

 ヘスペリデスでも数人しか存在しない、ネット掲示板で廃ゲーマーたちに称号を贈られたトッププレイヤー。

 画面で尻踊りをしているのは、その1人【ランチュウ】である。


 曰く『見た事もない多様多彩なモーションで、両手の短剣と両足のブレードを振り回す』。

 曰く『前も後ろも関係なく戦える。目をいくつ持ってんだ』

 曰く『お尻とネコシッポをフリフリしながら高速戦闘』。

 曰く『演技の質と量が異常。戦闘中でも常に表情がクルクル動いてる』。

 曰く『それら全ての動作をボイスとテキストの両方で会話しながら行っている』。


「こいつどんだけ入力キー使ってんだ⁉」

 パーティーの1人がボヤいた。

 ヘスペリデスは初期設定のキー配置やパッド設定だけでなく、キーエディットで自由にいくらでも入力キーを増やせるシステムになっているのだ。

 異常なまでに自由度の高いゲームで、あらかじめ組み込んだモーションを各キーに割り振っておけば、戦闘中でも身振り手振りや表情など、アバターに高度で複雑な演技が(理論上は)可能、さらに複数の動作や複雑な入力を簡略化できるショートカットキーやコマンド入力も、システムが許す限り自由に設定できる。

 そのせいでプレイスタイルが多様化し、強さより演技力が重視される複雑極まりないゲームと化していた。

 入力設定のカスタマイズを極めて自由で豊かな表現力を獲得し、プレイ動画をネット配信するプレイヤーも多い。

 その中でもランチュウが登場する、あるいは乱入する動画は、他者とは一線を画すモノとなっていた。

 強いのはもちろんだが、動作のバリエーションが人間の限界と常識を越えている。

「これ既存の攻撃モーションじゃねーな」

 動作モーションは数えきれないほど存在するが、公平を期するためMOD(ユーザー制作の改造プログラム)は運営の自動審査、モノによってはスタッフによる審査をクリアしないと配布できず、その後の動向によっては削除やペナルティーを受ける厳しいものである。

「たぶんこれ、マウスとキーボードだけじゃ再現できねえ」

「あいつ手が何本あるんだ⁉」

「この攻撃モーション……ひょっとしてアレか?」

「両手両足の武器をアナログスティックでマニュアル操作してるのか? 喋って踊りながら? 移動はどーすんだよ?」

「フットコントローラー使ってんじゃないかな?」

「つー事はPC派か」

 ヘスペリデスは家庭用ゲーム機だけでなく、PCからの参戦も可能なマルチプラットフォーム対応ゲームである。

「それで、どーやってテキスト入力してんだ?」

 ランチュウは戦いながら尻を振り、さらにボイスとテキストと表情の入力を同時にこなしていた。

「キーボードじゃね?」

「アナログスティックはどこ行ったんだ⁉」

「片手で文字入力してんじゃねーの?」

「あいつ指が何本あるんだ⁉」

「戦闘中の尻踊りは……」

「アナログ操作と同時にキーボードでセリフ入れながらコマンド入力?」

「あいつ手が何本あるんだ⁉」

 首をかしげるばかりの3人であった。

 ごく普通の一般的人プレイヤーには想像もつかない、まさに人外魔境である。

「ハルカさーん! エール3つ頼むわ!」

 その時、遠くのテーブルから大声入力で注文が入った。

「はーい! じゃ、もう行くね」

「あとでこっちも頼むよ。料理がいいな」

 ゲーム中の飲食は複雑な操作が必須で、そのため『食事でゲームの腕前がわかる』とまでいわれ、食事シーン限定の動画配信を行う、いやむしろ食事しかしない【グルメ勢】を名乗るプレイヤーまで存在する。

 食事と会話までなら、普通の人間でも同時にこなせるのだ。

「じゃあ注文決まったら呼んでねー♡」

 表情コマンド入力でウインクし、テーブルを離れるハルカ。

 MODでも入っているのか目からハートが飛び出し、男の1人に当たってパチンと弾ける。

「ハルカさんって可愛いよね」

 モーションMODの効果なのか、頭上でハートが2つクルクルと回転していた。

「アバターだけどな」

 姿形や服装も自由に設定可能で、MODや課金アイテムも星の数ほど存在する。

「中の人は性別わからんけどな」

 ヘスペリデスには異性を装いウブなプレイヤーを騙す悪質なネカマやネナベが多く、それとは別に異性のアバターを綺麗に着飾って悦に入るプレイスタイルも高い人気を誇っている。

 ハルカはどうか知らないが、ランチュウはおそらく後者だろう。

『デュフフ~ッ、デュフフフフゥ~ッ♡』

 お喋りに夢中になっている間に、ランチュウはまた1つパーティーを平らげて、ヘンテコリンな勝利の高笑いを上げていた……お尻をフリフリ踊りながら。

 ――【百手巨人】。

 それがランチュウと、そのプレイヤーに贈られた称号である。

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