第9話 わたしは犯罪者
刃物は没収され隠されて自傷できなくなる。
薬は隠し場所が見つかり、定時にしっかり飲むまで監視されオーバードーズできなくなる。
監視は厳しくなり、昼はわたし、夜は彼氏である塚田。扉にアラーム鍵がかけられてからは、脱走しても即捕まる。
そんな状態になり、母はやっとおとなしくなりつつありました。
それでも、なんということでしょうか。自傷行為だけは、びっくりするくらい繰り返そうするんです。
壁に頭を何度も打ち付けたり、わざと自分を噛んで出血させようとしたり、コンセントのプラグを強く押し付けて何度もスライドする事で切ろうとしていたり。
どれも出血まではいきませんが、頭を打ち付ければタンコブに、残り二つは内出血までに至りました。
そんな時です。
次に問題を起こしたのは、情けないことにわたしでした。
塚田が家に泊まるのが絶対となり、母がダイニングルームで食事を摂っていて、塚田がお風呂を拝借していた夜のことです。
塚田は当時アロワナを売っている自営業で、いつもお財布にはたくさんの札束が入っており、それを知っていたわたしはそのお金に目がくらんでしまったのです。
お小遣いを貰ってなかったわたし。
こっそり塚田と母の部屋に忍び込み、塚田の鞄からお財布を取り出して覗き込むと、あまりの一万円札の多さに「こんなにあるなら絶対にバレない」と確信しました。
はい、確信したんです。だからお金を盗みました。
小賢しいことに毎日盗んだら怪しまれるからと、しっかり時間を置いては、再び万札を抜き取る日を繰り返しました。
盗んだお金は『ヘソクリ』とマジックペンで書いた封筒に大切に保管。けどせっかくのお金。手に入れたからには、なにもしないわけありません。
次に、外出は「ひとりは危ないからダメ」と言われてましたが粘りに粘って「明るいうちで友達と一緒だったら、コンビニ(徒歩5分圏内)くらいまでの距離なら遊びに行ってもいいよ」と許可をやっとの事もらい、友達と遊んでくると嘘をついてはコンビニに通い、お菓子付き玩具を大量買いし「友達にダブったのを貰った」と嘘をついては玩具をコレクションすることにどハマり。
余っているお金は漫画をしまっていたタンスの奥の方に隠していたんです。
こんな拙い犯行は、意図も簡単にバレてしまいましたが。
理由は簡単です。
塚田は自営業ということもあり、お財布の中身の万札を丁寧に十万円ずつの束にして収納し、常に五十万前後を持ち歩いてました。
そこから何度も綺麗に束ねたはずの十万のうち一万円だけ抜き取られていれば、お札を分かりやすく束ねておくという知識の無いわたしが真っ先に疑われたんです。
あとは何より、学校にもいってないのに、頻繁に出かけるほど遊べる友達がいたの? とも。
真夜中、わたしは母に起こされて、二人の部屋へと呼び出されました。
(これ絶対にバレた)
やはり察するのは早いわたし。
まず先に、こんな愚かな事をしたわたしの話を今読んで下さってる方に、謝罪を申し上げます。
ごめんなさい。
わたしは、この窃盗を悔やんではいません。
なんででしょうか。
わたしは二人の部屋に入れば、あぐらをかいて座っていた塚田の目の前に、正座で座るのを強制されました。これは当然と思います。
そして母は彼氏の後ろに下がり、ひとり泣き出してしまったんです。
当たり前ですが、わたしは塚田に怒られました。
なのに怒られた内容は全く覚えてません。全て右から左へと聞き流しました。
説教が終盤に差し掛かった辺りのことは、なんとなくですが覚えてます。
「今すぐ警察に突き出してもいい。けど、交際相手であるみゆきの娘。譲歩して、警察に連れてくのは許してやる。だが自分が犯罪をおかして、お前は学校の友達に合わせる顔はあるのか?」
こんな風なことを言われたような。
なんで記憶が曖昧なのか。
それは。
「・・・・・・こんな子に育てた覚えなんてない。ごめんなさい。ごめんなさい」
そう呟きながら泣き続ける母に、わたしはまるで捨てられたような見放されたような、母に対して悲しい気持ちで頭がいっぱいになっていたからだと思います。
「風夏、今年の誕生日プレゼントも、クリスマスプレゼントも無しだよ。サンタさんなんて存在しない。ママ達が必死に働いたお金で、今まで風夏の笑顔が見たくて用意してたの。なのにこんなことをして、お金の大切さを分かってない子に誕生日プレゼントもクリスマスもないよ」
ご最もです。
ただわたしは始めから最後まで表情を変えず、しかも泣きもせず、ただ真顔で何度も頭を下げて心にも無い「ごめんなさい」を告げて、盗んだお金を返し、既に空が白み出していた時間に再び眠りにつきました。
この日から、わたしの中で誕生日もクリスマスも無くなりました。自業自得です。なのに後悔していない。
なんででしょうか。(二回目)
未だにわたしはこの時した事を、後悔していない理由が分かりません。
わたしが眠りから覚めると、祖母と叔母にもこの話は行き渡っていました。
また怒られるのかなってまるで他人事のように考えながら、二人に呼び出されて祖母と叔母の元へ行きました。
結果的に、わたしは怒られませんでした。
「お小遣いも渡されず、あの二人は自分たちばかり外で遊び歩いて帰ってきて、テイクアウトで持ち帰った食べ物すら風夏の分がないんじゃ、お金がほしくなっても仕方ないよね」
「ふうちゃんは悪くないよ」
わたしを全く咎めようとしない祖母と叔母に抱きしめられて、この事件は幕を下ろしました。
わたしは「お小遣いがほしい」とは一言も言ってません。
だけど後日。月に千円だけという約束で、お小遣いが貰えるようになったのでした。
今ではですが、この時にいっそ警察に突き出してくれたら良かったのにと、つい思ってしまいます。
身内のことです。きっと警察も「よくご家族と話し合って」と言われて、帰されたに違いないと思います。塚田はすでに、内縁の夫扱いで、ならば必然的に塚田はわたしの“内縁の父親”になっていました。
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