第7話 モブキャラとの出会い

 学園で1人になったことで、気が抜けていたフェリシアンヌは、周りに人の姿が見えなかったことに、すっかり油断してしまっていた。自分の後ろに、誰かが近づいて来ていたなど、全く気が付いていなかったのだ。


「…乙女ゲームでの続編では、ヒロインが交代するのは定番でしたわね?…ただ悪役令嬢は…そのままなのも定番でしたし、その時はまた…わたくしが悪役令嬢になるのかしら?」


…と思わず呟いてしまっていた。誰かに聞かれるなどとは思わずに。そして音もなく近づいて来た人物に、しっかりと聞かれてしまった様である。そしてこの人物が驚いたように、同じく呟くように話し掛けられて。


 「…乙女ゲームの続編?…君が…悪役令嬢?…君はもしかして……」


その話し掛けられた言葉に、ハッとして慌てて振り返ると、見覚えのない男子生徒が、フェリシアンヌの真後ろに立っていた。さあ~と音を立てて行くような気がする程、血の気が無くなって行く感覚がした。気が動転していて、慌てて立ち上がろうとしたものだから、彼女は眩暈を起こしそうになり、ふらっと身体が大きく傾いていた。倒れる!そう思った彼女はギュッと目を瞑り、転んで怪我をする衝動に備える。しかし、転んで怪我をする感じではなく、何となく感触を感じて、そお~と目を開けると。見覚えのない男子の顔が、自分の顔の目の前にはあるほど接近しており、思わず真っ赤になってしまった。


前世では男友達も沢山居た彼女だけど、今世では貴族のご令嬢として、男性には一定の距離を保って来ていた。だから、現実では初めて男性に抱きかかえられているのだ。勿論、家族や従者は除いてだが。フェリシアンヌは更に、パニックになっていた。この男子生徒に、咄嗟に支えられたのだとは気が付いたのだが、口がパクパクするだけで、何も言葉が思い浮かばない。頭の中が真っ白な状態である。


それに対して、この男子生徒は落ち着いていた。まるで彼女を観察するように見つめており、何も話そうとしない。然もそのままの体勢で、男子生徒が動かない為、自動的にフェリシアンヌも、男子生徒に支えられたままの状態であった。

先に彼女の方が覚醒した。兎に角、この彼から離れなければという思いから、身体を動かそうとして、やっと彼も気が付いたと言うように、彼女を抱き起してくれたのだった。


 「…あ、あの…助けてくださり、ありがとうございます。」

 「い、いや…。抑々…俺が悪かったよね?…ごめんね、驚かしたようで。」

 「…い、いえ。…あの…先程のことは、たいしたことではないので、忘れてくださいませ。本当に…何でもありませんのよ。おほほほ。」

 「………。」


フェリシアンヌは平静を装って、お礼を伝える。すると、この男子生徒からは、驚かしてごめんと、逆に謝られた。どうやら誠実な人物みたいである。…よし!それならば…誤魔化してしまいましょう。…とばかりに、何でもないことなので忘れて欲しいと、言い包めようとしたのだが。である。これで誤魔化せるとでも、本心から思ったのだろうか?


 「…助けていただいたのに…申し訳ありませんが、わたくしと一緒におられますと、あなた様にご迷惑をお掛けするかと…。ですから、わたくしこれにて失礼させていただきますわ。」


とでもいうかのように、フェリシアンヌはサッサと立ち去ろうとした。目の前の男子生徒が去らないのなら、自分がここを去るしかない、そう思ったのだ。目の前の男子生徒に失礼のないようにと、貴族の令嬢らしい優雅な目礼をして、立ち去ろうとしたのだが。彼女の決意は、目の前の男子生徒に覆されてしまったのだった。そう、男子生徒が…正式に挨拶して来たのだ。


 「…ああ。失礼した。まだ名前も、名乗っていませんでしたね?俺は…いや、私は…アーマイル公爵家の嫡男で、カイルベルト・アーマイルと申します。現在は、この学園の4年生です。貴方は…フェリシアンヌ・ハミルトン嬢ですね?」

 「……はい。アーマイル様。フェリシアンヌ・ハミルトンと申します。この学苑の1年生ですわ。」

 「私のことは…カイ、とお呼びください。貴方のことは…フェリ、とお呼びしても宜しいでしょうか?」

 「………はい。お好きに…どうぞ。」






    ****************************






 目の前の青年…アーマイル公爵令息に自己紹介されては、身分が下であるフェリシアンヌは、名乗らない訳にもいかない。仕方なく…と言う感じも含め、自分も名乗る。そうやら、この前の婚約破棄で、違う学年の生徒達にまで、自分は有名になり過ぎてしまった様である。名前を名乗ると、今度はカイルベルトが、彼のことをカイと呼んで欲しいと言って来る。これはであり、親しい者が呼ぶ時の呼び名である。今日、然も立った今会ったばかりの人間に、愛称で呼べとは…まるでナンパでみたいだ、とフェリシアンヌは思っていた。


しかし彼は…彼女のことも相性呼びしたい、と言って来た。フェリと呼びたいと。

彼女はそれに…正直、戸惑っていた。彼女は家族や親しい人間からは、フェリーヌとかアンヌとか呼ばれている。フェリと呼ばれたことがなかったのだ。

不思議に思っていると、あれっ?…と、ふと気が付いたのだ。目の前の彼も、本来の愛称は…カイルなのでは、と。なのに…何故…カイ呼びなのかしら?…と。


それよりも、特別仲良くなるつもりなど、フェリシアンヌには全くなかったというのに、これは…どうしたことだろうか?…彼女は、頭を抱えたくなっていた。

つい…カイルベルトにつられてしまって、お互いに愛称呼びまでする仲になることを、認めてしまった。これでは、婚約破棄した途端に、他のみたいですわね…。元々、わたくし、悪役令嬢ですけれども…。


彼は…カイルベルト様は、どういうおつもりなのでしょうか?…普段からこのように、誰にでも愛称を名乗るほど、お軽いお方なのでしょうか?…こういうのを、前世での日本人は…天然、と言うのでしたよね?…それとも…天然タラシの方でしたかしら?


 「あの…わたくしのことは、どう呼んでいただいてもよろしいのですが、アーマイル様のことをそうお呼びするのは、婚約者様に…勘違いされますし、それに失礼かと思うのですが…。」

 「それなら、全然大丈夫だよ。俺には、婚約者がいないからね。」

 「えっ?!…そうなの…ですか?」

 「うん。そうだよ。」


婚約者がいらっしゃるのに、今日知り合ったばかりの他の女性に、愛称で呼ばせてるなんて、どういうことなのですか?…とやんわり非難したつもりだったのですのに、婚約者が居ないから大丈夫だと、太鼓判を押されてしまいましたわ。

…うっ。まさか…婚約者が居られないなんて、思いもしませんでしたわ。

カイルベルトはにこにこしており、見た目は人懐っこい雰囲気を持っていた。


フェリシアンヌがそう思うのも、無理はなかった。何故なら、目の前にいるカイルベルトは、ハイリッシュと比べても…遜色の無いほどの、美形な青年だったからである。前世でも中々お目に掛かれない程の、類を見ないイケメンですわよね?

ハイリッシュもかなりのイケメンでしたけれども、カイルベルト様も…モデル並のイケメンですもの。これで婚約者が居ないとは、詐欺ではないかしら?


イケメンと知り合いになった女性に、親が入院したとか、結婚しようとかで、お金を騙す詐欺がよく前世で流行っていた。だから、その詐欺ではないか?…ではなくて、フェリシアンヌが思った方の詐欺は、実は性格が悪くてとか、実は借金癖のあるとか、実は働かないヒモ系の男とか、の実は〇〇〇の方である。正体を知った途端、女性に逃げられるという曰く付きではないか、と思ったのであった。

確かに前者のお金を巻き上げようとする詐欺も、考えられなくはなかったのが。

ただ…彼女の頭の中には、なかっただけで。


「だから、君はいいんだよ。」


そう言って、にっこりと微笑むカイルベルトに。首を傾げて考え事をしていたフェリシアンヌは、思わず…ドキリとしてしまう。…うう。危ない、危ない…。

物凄いイケメンは微笑むだけでも、一瞬で恋に堕ちそうなほど危険ですわ…。

フェリシアンヌは、そう思いながら気を引き締める。


フェリシアンヌは前世から、元々イケメンとか顔で選ぶような人間ではない。

フェリシアンヌ自身が前世から美人で会ったら、自国に居る時もよくモテていた。

しかし、これと言って惹かれる男子には巡り合わず、ただのボーイフレンドくらいで、本格的に1対1で付き合ったことはなかった。その後、日本に来てからは、外国人を忌避する傾向がある日本人には、話し掛けられることも減ったし、日本人の男性とは殆ど関わることがなかった。大学も女子が多かったのだ。


唯一仲良くなったのが、であった。それも、彼からは恋愛対象に見てもらっていなかったようで、彼女が告白した時、キョトンとしていたぐらいだ。結局、その彼と付き合って、大学を卒業する時に結婚を約束し、暫くして結婚したのである。だから、彼女にとって真剣に付き合ったのは、旦那だけなのである。免疫はあるし、しつこくされても対策は出来るけど、不意打ちの笑顔には弱いのだ。主に…前世の旦那様の所為で。


 「…フェリ。…隠さなくても、良いよ。実は…だから……ね。」

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