第2話 前世の記憶と乙女ゲーム

 この世界は、前世の世界で作られた乙女ゲームというものに、よく似ていた。フェリシアンヌは、前世では日本人…ではなく、西洋人…フランス人だったと思われる。何故その西洋人が、乙女ゲームを知っているのかと言えば、彼女には日本人の友人がおり、日本通として来日していたからである。


切っ掛けとして自分の家が、日本からの留学生を受け入れた、ことからである。

当初は片言しか話せなかった日本人が、段々と彼女の自国の言葉を喋って来ると、今度は自分も日本語を話したくなった。そうして、一度日本に興味を持ち出すと、気がつけば…に、なっていたのだ。


彼女の家にホームステイした日本人は、彼女と同い年の日本人形みたいに、可愛いらしい女の子であった。前世のフェリシアンヌは、どちらかと言えば西洋人らしく背も高く、大人びた少女でもあり、ホームステイの日本人少女とは真逆の容姿だ。

お互いに羨ましい容姿だと話しているうちに、色々と意気投合して、大の仲良しとなって行く。そして、ホームステイ期間が終了した、日本人の少女は去って行き、今度は彼女がハイスクールを卒業すると、日本の大学に留学したのだった。


勿論、ホームステイ先は、あの少女の家である。彼女が留学したいと連絡すると、「私の家にホームステイする?」と申し出てくれたのだった。日本の大学を卒業しても母国には帰らずに、日本の会社に就職したい。季節の節目に一時帰国する以外は、当分は日本に住んでみたい。そう思うほど、気分はすっかり日本人というぐらいに、僅か半年後には日本に馴染んでいた。


母国に何人かのボーイフレンドぐらいはいたけど、どちらかと言えば友達に近いものであり、本気で付き合った男子は今まで1人もいなかった。日本に来てから、漫画やアニメ、その後は乙女ゲームにもハマって行き、ボーイフレンドにも縁遠くなる。そんなある日、大学の友達にイベントなるものに連れて行ってもらった。

そして、そこでを…彼女はしたのだ。


自分より3歳年上の青年は、女性達の同人誌の販売を手伝っていた。出会った当初から暫くは、この青年を女性だと思っていたので、男性だと知った時は物凄く驚いたが、彼女はその頃からこの青年に惹かれていく。名前は…覚えていないというよりも、思い出せない。女友達の名前や顔も、自分の名前さえも…。

けれども何故か、彼の顔だけは…しっかり覚えている。


中性的な容姿…というよりは、女性っぽい顔立ちで、仕草も言葉遣いもやんわりとしている所為か、男性だと知った後も、女性に見える時がある。声もそう低くなくて、女性と言っても通りそうな声なのだ。服装もこんな女子がいそうだったし、と全てが紛らわしい。しかし、本人は…別に、騙そうとしている訳でも、オネエやニューハーフでも女装趣味でもない。ただ単に、周りがだったのだ。だから彼女は、彼の優しさに惹かれていったのである。


彼の容姿は決して悪くない。男性にしては…可愛らしいだけで。しかし、女性っぽい顔立ちと、誰にでも優しすぎる性格の所為で、恋人は今迄出来たことがない。

いつも友達に見られてしまう彼は、流石に外国人で美女な彼女が、自分を好きになるとは思いもよらなかったらしく。彼女は積極的に迫って行った。グイグイと押して来る彼女に、暫くして彼は…彼女に堕ちた。2人とも、理想のタイプとは異っていたのだが、漫画やアニメ+ゲームという趣味で気が合い、いつでも一緒に出掛けるほど仲が良かった。


恋人として付き合うようになってからも、カップルには全く見られないし、特に性格の明るい彼女は、男女共にモテていたけれど、彼女の気持ちが変わることはなくて。それもそうだろう。何しろ彼女は…もう既に、彼にベタ惚れだったのだから。


結局、大学を卒業して、2人とも就職してから、暫くして2人は結婚したのであった。そして彼女は、その後の人生を一生、日本人として日本で暮らしたのである。

高齢になった彼が亡くなると、彼女も追い掛けるように、僅か数日で亡くなった。見守っていた彼女達の子供や孫達は、「亡くなる時まで、仲がいいよね…。」と、家族に言われていた程で。


こうして、彼女は…自分の前世の人生の幕を、下ろしたのである。






    ****************************






 そんな彼女が、この世界が乙女ゲームに似た世界である、と記憶を取り戻したのは、まだ幼い子供の時であった。そう、ハイリッシュ・キャスパーと婚約した後なのである。正式な婚約を受け、彼の家に初めて訪問した時に、初めて見たお屋敷の筈なのに既視感を感じていた彼女は、彼の屋敷で転んで怪我をしたことで、前世の記憶を思い出したのである。その時、自分が悪役令嬢のフェリシアンヌ・ハミルトンだと気がついてしまい、混乱で気を失って…。


彼女は、2~3日自宅で寝込んだ。婚約者になったハイリッシュは、見舞いにも来ないどころか、心配する手紙さえも1通も出して来なかった。その後目覚めたフェリシアンヌは、「あのお馬鹿なハイリッシュらしいわ。」と納得したほどである。そう、ハイリッシュもフェリシアンヌも、そしてあのアレンシア・モートンも…なのだった。


彼女は忘れないうちにと、乙女ゲームの概要を書き出して、纏め上げていた。

彼女には、前世で特に好きだった乙女ゲームがある。それが…今、彼女が転生しているこの世界を舞台とした、乙女ゲームだったのだ。タイトルは…残念ながら全く思い出せない。しかし、思い出せることは全部書き出した。後は…これを参考にイベントを回避して、自分からは手を出さないように、ハイリッシュ以外の攻略対象者やヒロインとは、と、対策するだけである。


細かい設定等もよく思い出せないが、このゲームのことなら、わりと覚えている。

確か、アレンシア・モートンがヒロインで、ゲームプレイヤーが操る人物である。ハイリッシュは、ヒロインが攻略する男性キャラの1人であり、比較的攻略しやすい人物でもあった。…難易度が低かったわねえ?


そして自分こと…フェリシアンヌは、ハイリッシュの婚約者として登場する。

彼を攻略しようとすると、徹底的にヒロインの邪魔をしたり、虐めたりするのだ。つまりは悪役令嬢なのである。当然の如く、彼女は記憶を取り戻して、彼には愛想を尽かしているので、ヒロインの邪魔もしていないし、ヒロインを虐めたりもしていない。どうぞ…ご勝手に、状態であったのだ。それなのに…ヒロインを虐めたことになっていたらしい。これは…どういうことなのかしら?


ヒロインが攻略する人物は、他にもいる。学園の教師、理事長、この国の第一王子(殿下)、侯爵令息、伯爵令息、男爵令息である。何故か、子爵令息はいない。

そしてアレンシアは、その内の2人を攻略していた。伯爵令息と男爵令息である。

教師には問題児扱いされていたし、理事長にはまだ会えていない様だし、殿下は既婚者で学園も卒業されており、簡単には会えない事情がある。侯爵令息には抑々、相手にされていないようである。要するに、完璧に攻略クリアしたのは、ハイリッシュを含めて3人なのである。


思い出したゲームの内容と、今の状態は似ているようでいて、明らかに異なっておりますわね…。そう言えば、あのゲームには…逆ハーレム仕様は、なかったですわよね?…それよりも、誰か1人に絞らないと浮気者扱いされて、折角攻略していた攻略対象者からも振られてしまい、攻略失敗となるのでしたわね…。特に、教師と理事長と侯爵令息は、そうなのでしたわ。ハイリッシュだけ…異例なのです。


殿下ルートは、隠しルートでもある理事長を攻略しなければ、真面に進むことが出来ない仕様になっていた。殿下には隣国の王女という王太子妃がおり、殿下を攻略することで先ずは側妃になって溺愛され、殿下が王様になった際に正妃になれる、という設定であった。あの頃は、正妃になれるという設定に萌えたもので、今は…現実になればなる程、鬼畜な設定だとフェリシアンヌは思っていた。

どうしましたら…子爵令嬢が正妃になれますの?…隣国の王女を退けてまで。

王女との身分を考えれば、侯爵令嬢であるわたくしでさえも、側妃にしかなれませんのに。(例え話ですわ。)


わたくしを大切に思ってくださる今の両親は、わたくしがハイリッシュの婚約者になることを、でしたのよ。本来ならば、あの頃から…性格が悪く出来も悪いと評判の彼とは、絶対に許可しないことでしょう。遠縁でもある殿下は、王族として政略結婚をする義務があり、幼い頃から隣国の王女様との縁談が決まっておられました。現在、既に王女様が嫁がれており、夫婦仲もそれなりに良好ですのよ。これも…ゲームとは違っておりますわね…。


ゲームでは、王女は我が儘で贅沢なお人である。しかし、実際の王女は気立ても良く、面倒見の良いお人である。無駄な贅沢もしない。きちんと王族の義務も、果たしておられる為、王家のメイドや従者達からも評判が良く、また殿下も大切にされておられるのが、フェリシアンヌにも理解出来た。側妃になってまで、2人の邪魔をする気はなかった。殿下も彼女を妹みたいに思い、彼女も兄のように慕っていただけで。フェリシアンヌは、彼女だけを愛してくれる人を、望んでいたのだ。

…前世の旦那様のように。


ゲームでは、2人の間には確執があったが、現実では政略結婚が嘘のように、仲が良くて、ゲームの攻略条件は…だったのである。

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