第5話 嫌われ勇者、聖剣に選ばれる(ネタバレ済み)

 三人で話していると、神官が呼びに来た。

 いよいよ神授の儀が執り行われる。

 コルネルも一緒に行こうと誘ったが、俺たちは他の者たちとは異なる、特等席が用意されているらしい。どこまで特別扱いなんだよ。


 本来ならティーテもコルネルと同じ席なのだが、俺の婚約者ということで特等席へと案内されていた。


 そこは教会の二階席。

 席は俺とティーテのふたり分のみ。


 これが最初のイベント――神授の儀。


 神授の儀のシーンは、原作だと回想シーンってことで割とあっさり終わる。それも、視点はバレットではなく、魔剣を授けられたラウル視点だ。


 ここで俺は神から聖剣を授かる。

 確か、原作だと『周りは大いに盛り上がるが、内心、バレットがさらに増長していくだろうと確信しており、絶望していた』って感じに書かれていたな。


 ……まあ、そりゃしょうがないだろうな。むしろ歓迎される方がどうかしている。


ただ、今に限っては、俺が気にしているのは自分のことじゃない。


「? どうかしましたか、バレット」

「あ、い、いや、なんでもないよ。ただちょっと高いなぁと思ってね」

「高いところはお嫌いでしたか?」

「ちょ、ちょっとだけな」


 慌てて誤魔化す俺。

 身を乗り出して眼下の様子をさぐっていたわけだから、そりゃ怪しまれるよな。


 俺がそうまでして探したい人物――それは主人公のラウルだった。

 ラウルも神授の儀に参加しているはずだから、この会場のどこかにいるはず。実際に顔を合わせることになるのはまだちょっと先だが、見ておきたいと思った――すると、



「次、ラウル・ローレンツ」



 神官がラウルの名を口にした。

 直後、壇上へと上がっていく青い髪の少年が視界に飛び込む。

 見るからに「お人好し」って感じの顔つき。貧民街出身で、ずっと肉体労働をしていたこともあり、他と比べて体つきはしっかりしている。

 その服装はボロボロ。布切れをそれっぽく切って着用しているような、なんともいえないみすぼらしさがあった。


 周りの人々もコソコソと何やら話しているようだが、きっとあの見た目について言及しているのだろう。原作にもそんな描写があったな。


「この箱に魔力を込めるのだ」


 壇上には横二メートル、縦一メートルの箱が置いてある。あれに魔力を注ぐことで、そのものが神に与えられたアイテムが出てくるらしい。


 ラウルは目を閉じて意識を集中し、魔力を注いでいく。

 やがて、ガタガタと箱が振動を始め、それが収まると、神官が箱のふたを開け、中からアイテムを取り出そうとする――が、


「っ! こ、これは!?」


 神官の表情は驚愕の色に染まっていた。

 周りはその反応を見て騒然となるが、オチを知っている俺はのんびり構えていた。


「これは魔剣だ! この者は魔剣使いだ!!」


 神官の絶叫が教会内に轟くと、参加者たちは大パニックを起こした。


あっちで悲鳴。

こっちで罵声。


 中には涙を流しながら逃げだす者もいる。

 えぇっと……確か魔剣っていうのは、魔王がその血を注いで作ったっていういわくつきの剣なんだよな。でも、それはただのデマで、本当はとんでもない魔力が潜んでいる超激レアアイテムなのだ。

ただ、扱いがかなり難しいらしく、ラウルは偶然知り合った聖騎士の男のもとで修行をし、ようやく魔剣を完璧に使いこなせるようになった。

その結果、ラウルは、あらゆる属性の魔法を自在に使いこなすことができるようになっており、天空の城に棲む古代竜エンシェント・ドラゴンを倒すほど強くなるのだ。……思えば、あれが「ざまぁ」への第一歩だったな。


 ただ、それはまだ何年も先の話。

 ここからしばらくの間……ラウルにとっては辛い時期になるな。


「離してくれ! 僕は魔王の手先なんかじゃない!」


 抵抗するラウルは、騎士たちに教会の外へと連れ出されていった。


 ……でも、原作を読む限り、ラウルの聖剣士としての実力は本物なんだよな。あっちでは結局敵対して、俺はボコボコにされるんだけど、もし、一緒に戦えることができたなら――


「魔剣だなんて……怖いですね、バレット」

「…………」

「? バレット?」

「っ! そ、そうだね、ティーテ」


 そうか。ティーテのラウルに対する第一印象はよくなかったのか。この辺は原作での描写がなかったな。


 その後、神授の儀は無事再開され、いよいよ俺の番がやってきた。

 ちなみに、ティーテはもう終えていて、癒しの花飾りというアイテムを授かっている。名前だけ聞くと平凡なものだが、これは聖女として選ばれた証し。これにより、回復系魔法は他を圧倒するほどの高い効力を持つとされている。


「さて、それじゃあ行って来るよ」

「はい!」


 聖女となれたことが嬉しいらしく、ずっとニコニコ笑っているティーテへそう告げて、俺は一階へと向かい、会場へ入るためのドアの前に立った――その時、


「バレット様、しばしお待ちください」


 なぜか、うちの屋敷のメイド数名がそこにいた。


「A班、準備はいい?」

「問題ないわ。B班、C班も遅れないで」

「「了解!」」


 なんだか凄く慌ただしくしているけど……なんなんだ?


「さあ、準備は整いました! バレット様に命じられた演出を完全に再現しております! どうぞ!」

「あ、う、うん。――演出?」


 その演出とやらについて、もう少し詳しい話を聞きたかったが、間に合わず、目の前のドアが盛大に開かれた。そして、天井から吊るされた、発光石のスポットライトに照らされ、その直後、両サイドから「ブシュッ!」とスモークが焚かれる。


「ちょっ!? 何これ!?」


 どうやら、バレットが事前にこのような演出にするよう、メイドたちへ注文をつけていたようだ。

 巻き起こる「バレット」コール。さらに、壇上へと向かう俺を、楽団のド派手な演奏が後押しする。そして、トドメとばかりに俺の生い立ちから現在に至るまでの成長譚が、メイドの大きな声で語られていた。


 ……もうやめてくれ。


 ただの公開処刑じゃないか。


 たぶん、俺今めっちゃ顔赤い。


 スモークのおかげで周りから見えづらいってのが救いだな。

 それでも、周囲の男子や女子から、「今日のバレット様、なんだか大人しくない?」、「そうだな。ウォーキングにいつものキレがない」と怪しまれた。

 ……本気で何考えてんだ、バレット(前)!

 とりあえず、さっさと終えてしまおうと、俺は足早に壇上へと上がり、結果のわかりきった神授の儀を始める。


「! こ、これは聖剣! 紛れもなく聖剣です! バレット・アルバース様は、神に選ばれた勇者です!」


 はい、知ってた。

 そして沸き起こる大喝采――でも、笑顔の裏でみんなが絶望していることも、俺は知っている。覚悟はしていたけど、さっきの過剰演出も相まって、激萎えだ。

 騒々しい周囲とは対照的に、俺は静かに思う。


 ……いつかきっと、心からみんなに祝福される存在になろう。


 なんかもう、いろいろグダグダになって終わった神授の儀は、俺に新たな目標を与えてくれたのだった。

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