第26話 ユリーシアの失望


「…ていうようなことがあったんですよ。ユリーシアさん」


 僕はつい先ほどの出来事を説明した。


「はぁ、まさかそんなことを言うためだけに私の家まで来たんですか…。」


 丸いテーブルの向かい側に座っているユリーシアさんは呆れた様子で言った。


 そう僕は司書さん、もとい、エレーヌさん、もとい、ユリーシアさんの家にお邪魔していた。ユリーシアさんの家は大きなお屋敷だった。住所は僕の貸し出しカードに書かれていた。マップと照らし合わせてすぐに場所が分かった。


「この世界で僕が頼れる人はユリーシアさんしかいません。どんなプレゼントが良いと思いますか?」


「てっきり私は強くなる理由を言いに来たんだと思いました。」


 強くなる理由は当然分かっていなかった。剣を教えてもらおうとするといつも雰囲気が暗くなる気がするので、今日はただプレゼントのアドバイスを聞きに来ただけだ。


「それは、まだ分かりません。で、プレゼントは何が良いと思いますか?」


「そうですねー。折り紙ですか?それはこの世界にはないものですし、それも良いと思いますよ。ですが、私のおすすめは本ですかね。」


「本ですか?選ぶのがかなり難しそうですね。そもそも本が好きなのか分かりませんよ。」


「いえ、レティは本が好きですよ。」


 どうやら、ユリーシアさんはレティちゃんを知っているようだ。


「レティティア様とお知り合いなんですか?」


「えぇ、まぁ。よく本を貸します。領主の館に行くことがある時は、必ず会いますよ。カンタと違ってとても素直で良い子なんです。カンタたちに興味を持ったのは私の貸した本の影響かもしれませんね。」


 本を何度も貸してるぐらいなら、よほど本が好きなのだろう。レティちゃんが本が好きだとわかったのはかなりのアドバンテージ。この勝負もらったな。


「なるほど、それなら本を送ろうと思うのですが、どんな本が好きなんですか?」


「英雄の冒険のお話が好きだと言っていたような気がしますね。ですが、おすすめの本はほとんど貸しちゃいましたからね。まぁ、どんな本でもあの子は喜ぶと思いますよ。カンタと違ってとても良い子ですから。」


 どうやら、レティちゃんは相当な数の本を読んでいるようだな。


「できれば、かぶらない本が良いですかね。」


「そうですかね。知らない物語なら、カンタの世界の物語を教えてあげるのが良いかもしれませんよ。」


「僕の世界の物語ですか…、どんな話が良いか迷いますね。」


 昔話、イソップ物語ぐらいかな。僕達の世界の英雄物語だと、ギリシャ神話の英雄ヘラクレスや、勇者ペルセウスの話があるけど、詳しく覚えていないしな。


 そういえば、神話とこの世界にはほんの少しだけ共通点があったのだった。というより、この世界は現実世界のファンタジー世界とかなり共通点のある世界なのだ。獣人、エルフなど、日本の創作物と共通点が多すぎる。まぁ、そう言うものなのだろう。女神様が僕達の世界をモデルにして作ったのならそう言うこともあり得るのかもしれないなと思う。


「何でも良いと思いますよ。何か書くものを持ってきてあげましょう。」


 そう言うと、ユリーシアさんは席から立ち上がりどこかに行ってしまった。


 何の物語を書こうかな。僕は色々な物語を思い浮かべながら、考える。机に置かれたお茶を飲む。美味しい。


「このお茶とても美味しいです。」


 僕は口に出す。決して独り言を言っているわけでは無い。


「それは良かったです。」


 メイド服を着た狐の獣人さんが答えてくれる。この屋敷の使用人をしている方だ。この部屋には最初から三人いたのだ。


 狐の獣人なんて章子が見たら喜ぶだろう。狐の獣人のメイドなんてかなり珍しいはずだ。


「ユリーシアさんはいつもあんな感じなんですか?」


「あんな感じとは?」


「いえ、自分で紙を取りに行ってしまいましたけど。」


 普通は使用人に取ってきてと頼むだろう。


「そうですね、エレーヌ様は自分のことは自分でやりたい方ですからね。あまり私が仕事をしすぎると退屈になって不機嫌になってしまうんですよ。」


「ハハ、面白い人ですね。」


 退屈になって不機嫌になるって笑える。図書館で司書まがいのことをしているのも退屈しのぎなのだろうか。


「そうですね。私は一緒にいて退屈しません。最近は面白い少年を見つけたとはしゃいでいたのですが、その少年とは貴方のことだったのですね。」


「そうみたいですね。」


 僕ではしゃいでいたのか、退屈すぎてよほど刺激に飢えている人なんだな。


「しかし、昨日から少し落ち込んだ雰囲気を感じたのですが、貴方が来てから、元気が出たようです。よっぽど貴方を気に入っているのでしょうね。」


 昨日は僕が剣をしつこく教えてくださいと頼んだせいで、ユリーシアさんは少し怒ってたもんなぁ。


「僕をからかうのが楽しいんでしょう。さっきだって、僕と違って、レティはとても良い子ですとか、あてつけがましく二回も言いましたからね。」


「しっかり聞いていたんですね。てっきり聞こえていないのかと思いました。」


 聞こえていないわけが無いだろう。反応したら、ユリーシアさんがさらに僕をからかってくるに違いない。聞き流すのが一番なのだ。


「人間の僕だってそんなに耳は悪くないですよ。僕をからかうのを止めてくれたら、素直に優しい人だと思えるんですがね。」


「エレーヌ様はとてもお優しいお方です。そして思慮深いです。そんなエレーヌ様に私は救われました。」


「へー。」


 使用人さんはユリーシアさんに何かの御恩があって仕えることになったのだろうか。


「エレーヌ様が私をこの部屋に残したのも何か考えがあるのでしょう。もう少し会話をお聞きしたかったですが、私も仕事がありますので、これで失礼いたします。」


 そう言うと狐の使用人さんはどこかに行ってしまった。


 この屋敷の使用人さんはこの人しか見ていない。一人でこんな大きな屋敷の掃除をするのは大変だろうなと思う。きっと仕事もたくさんあるのだろう。


 どんな話が良いか再び考えていると、ユリーシアさんが帰ってきた。


「クラウディアはもう行ってしまったのですか?」


 そう言って、向かい側の席に着く。クラウディアさんとは狐の使用人さんの名前だろう。


「ええ、何やら仕事があるそうですよ。」


「逃げられましたか、はい、紙とペンです。書くのが一番手っ取り早いでしょう。」


 そう言って僕に30枚ぐらいの紙とペンと本を一冊渡してくれた。


「ありがとうございます。それと、これは何の本ですか。」


「レティが好きと言っていた本です。カンタも読んでみると良いのでは?」


「もう、本は借りないといったと思うのですが。」


「あの時は、エレーヌさんから借りないと言っていたでしょう。私はユリーシアですから、借りてもいいんですよ。」


 言葉尻を取るのが好きな人だな。まぁ、自分もレティちゃんの好きな本に興味があったから借りてもいいか。でも、明日まで読むのは無理かもな。


「はぁ、まぁ、借りてあげますよ。ありがとうございます。」


「それで、どんな話を書くつもりですか?」


「そうですねー。僕の世界で小さい子たちが読む短いお話とかしかかけませんね。それなんかを書きましょうか。絵本が書ければいいんですけど、私にそんな画力も時間もありませんしね。面白いかどうかわかりませんが書いてみますか。」


 昔話でもっとも有名であろう、桃太郎をとりあえず書いてみようと思った。適当に補完しながら書いてみる。


 昔々、ある所に心優しいおじいさんとおばあさんが住んでいました。ある日、おじいさんは山にしばかりに、おばあさんは川に洗濯をしに行きました。………




 しばらくして書き終わった。結構疲れた、短いから色々会話とかを脚色したが、三枚分ほどにしかならなかった。まぁ、もともと絵本だし、三枚分にふくらました自分は凄いと思う。


「…どうですか?」


 僕はずっと向かいの席で書くのを見ていたユリーシアさんに聞いてみる。


「少し内容が幼すぎるような気がしますが、まぁ、良いのではありませんか。カンタと違ってレティは良い子なので喜んでくれると思います。」


「やっぱり違う贈り物にしましょうか…。」


 自分で書いておいてあれだが、プレゼントが手書きの物語ってどうだろうか?例え、自分が本が好きだったとしても嬉しくは無いだろう。


「いえ、面白いと思いますよ。きっとレティは喜んでくれるでしょう。ですが、少し短いのでいくつか他の物語を書いてみたらどうですか。きっとそのうちのどれかが、レティの琴線を震わせることがあるでしょう。」


 なるほどな。これは章子の選り取り見取りのケーキプレゼント作戦と似ている。色々な種類の物語を書けばいいのだ。そのうちの一つだけでもレティちゃんが気に入ればいいのだから。たくさんの物語を書くのはめんどくさいが、やってやろう。あと七個くらいが限界なような気がするが、まぁ、やってみるか。


「そうですね。そうします。」


「ここで書きたいなら、書いて行っても良いですよ。」


 ユリーシアさんが場所を貸してくれるようだ。


「うーん。」


 宿屋でゆっくり書くのが一番なんだが、兄と妹がいるからなぁ。今日は四人部屋なのだ。別にいても良いのだが、何を渡すのか直前まで秘密にしておきたいのだ。ここも良い場所なんだが、ここにはユリーシアさんがいて、書くのをずっと見ているから緊張するんだよなぁ。


「ここで書いていきなさい。」


 ユリーシアさんが迷っている僕を見て言う。


「あ、はい。」


 まぁ、良いか。なるべく一緒にいて、仲良くなったらいつか剣を教えてくれるかもしれない。


 そんな下心を持ちつつ、僕は物語を書き続けた。


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