第22話 ターニングポイント 折り返し地点


 一夜超えて、僕達は49階層の出口、50階層の入れ口のゲートの前に来ていた。


 エドワードさんが話し始める。


「作戦と言えるほど大したもんじゃないが、作戦はギルドで話し合った通りだ。カンタがサンドワームを引き付け、地上、空中におびき出す。そこを俺らが袋叩きだ。カンタの挑発能力は完全じゃないらしいから、砂の中に隠れたら、カズキの探知能力の情報をから細かい位置を把握し、サンドワームを追撃する。」


 Aランクの冒険者は空を飛んで攻撃することは普通にある。クリスさんやエリスさんなど空を飛べる人も多い。エドワードさんなどの戦士は空中に浮くことはできないけど、軽く飛んだだけで10メートルは垂直飛びできる。砂の中にいるより空中にサンドワームがいた方が攻撃しやすい。だが、一番いいのは安定した地面で戦うことだ。


 僕達は作戦内容を確認する。


「まぁ、ザックが慎重すぎてここまで来なかっただけで、今回はAランクが13人もいるわ。本来5人で来てもおかしくないのよ。余裕よ。早く行きましょう。」


 クリスさんがそう言う。


「ああ、行くぞ。」


 エドさんはそう言ってゲートを抜ける。


 ゲートを抜けた先もまた砂漠。


「カンタ、頼む。」


「はい、行ってきます。」


 僕は前に進みだす。他の皆も前に進む。



「待ってくれ。」


 お兄ちゃんが突然を声を上げる。


「どうした。」


 エドワードさんが声をかける。


「サンドワームは一体じゃない。三体いる。」


 どうやら、お兄ちゃんの探知スキルは大きな存在を3つも感じ取ったようだ。


「なんだと。」


 エドワードさんやほかの人たちが驚く。


 一体のはずの主が三体にまで増えていたのか。三十年この階層を突破できなかったのはそれが原因だろうか。


 迷宮の魔物は生殖能力を持たない。何が原因で三体に増えたのかわからないが、今はそんな事を考えている余裕は無い。


「一度引き返そう、作戦の練り直しだ。」


 エドワードさんがそう言う。撤退するつもりだろうか、賢明な判断かもしれない。


 しかし、僕は。僕達は。


「距離は?」


 僕はお兄ちゃんに冷静に聞く。


「一キロ、二キロ、二キロだ。幹太まずは一キロだ。」


 お兄ちゃんは言う。


「オッケー。」


 僕は前進する。


「ちょっと待て。」


 エドワードさんは僕を止めようとする。僕は構わず前進する。この程度で撤退するわけにはいかない。


 挑発スキル、赤い波動を飛ばす。兄の言う一キロの感覚はもうつかんだ。


 しばらくして自分に何か殺気のようなものが向けられているのを感じる。気のせいだろう。だが、間違いなくサンドワームの一体はこちらに向かって来ている。


「チッ、このままいくぞ。」


 エドワードさんが後ろで舌打ちしたようだ。


 しばらく待つ、地面が振動しているのが分かる。他の人達は僕から少し離れた場所で様子を見ている。


 地面の揺れがいよいよ大きくなる。


「幹太、飛べ、かなり近い!」


 お兄ちゃんの声を聞いて、勢い良く上に飛びあがる。


 すぐ下から大きな口が飛び出してくる。軽く十人ほど丸呑みできそうな大きさ。歯が何重にも並んでいる。口の奥には暗闇が広がっている。ずっと見ていると吸い込まれてしましたそうだ。


 かなり余裕をもって上に飛んだが、サンドワームもかなり上にまで飛んできている。長い胴体には羽というには少し不格好な、魚の大きなひれのようなものがついている。


 すぐに仲間たちの攻撃が始まる。


 とがった岩がいくつもサンドワームの体にめり込む。ひれは火が付き燃えている。


 サンドワームは標的を地面にいる仲間たちに向ける。


 僕の挑発はずっとモンスターが向かってくるように仕掛けることができるスキルじゃない。挑発が効かない生き物だっている。


 エドさん、ノアさん、カイさんの戦士が飛びあがり、サンドワームを地面にたたき落とす。地面にたたき落とされたサンドワームは地面を大きく陥没させる。


 風の衝撃波はサンドワームの尻尾を大きく傷をつける。サンドワームはまた地面に逃げようともがく。


 僕はもう一度、挑発スキルの赤い波動を飛ばす。サンドワームの巨体は大きく震え、動きを少し止める。だが、逃げ出す選択肢を捨てたわけでは無かった。また地面に潜ろうともがく。


 それでも周りの戦士たちにとっては十分な隙であった。サンドワームは穴をあけられ、燃やされ、斬られ、血だらけになっていく。僕も上から下に急降下し剣でたたき斬る。


 その後すぐにサンドワームは動かなくなり、魔石になる。自分についた血もきれいに消える。



 順調だった。作戦通りだ。だが、まだ二体いる。


「兄貴、距離は?」


 僕はお兄ちゃんに聞く。


「1キロ無い、こっちに向かって来てる。二体ともこっちに気付いてる。挑発は使うな、二体同時に引き付けるのは危ない。」


 二体とも距離が近いのだろう。僕が一体ずつ挑発で釣るのは無理なのだろう。


「問題ない。僕は行く。」


 僕は周りからの制止も聞かずに飛び出し。赤い波動を飛ばす。




 ほとんど同時で、二体のサンドワームが飛び出してくる。僕は空を飛び回り逃げる。


 僕を追いかける間、サンドワームは傷だらけになっていく。僕はサンドワームの標的がそれそうになるたびに赤い波動を使い続ける。何回か大きな口に吸いこまれそうになるが、問題ない。ぎりぎり避けれる。


 サンドワームは叩き落されたり、傷つきすぎて空が飛べなくなると地面に落ちる。


 その後、仲間たちが集中攻撃を行うとすぐに魔石になった。



 三体いたのは想定外だったかもしれないが、結果的に楽勝だったなと思う。


 他の仲間たちと合流して後は帰るだけだ。





 僕達は荷物をまとめて51階層からギルドに帰る。



 ギルドに帰る途中、エドワードさん達から、あんまり前に飛び出るな。

 とか、


 確かにお前たちとパーティを続けるのは無理かもしれん。

 とか、


 私はカンタ君のことは好きだけど、やっぱりその戦い方は嫌いだな。

 とか、


 もっと私達を頼れ。とかいろいろ言われた。


 章子も危ないよ、皆の言うこと聞いた方が良いよ。と言っていた。


 

 やっぱり、章子は何もわかっていない。愛しい妹がもっと賢ければいいのに。


 お兄ちゃんだけはよくやったと褒めてくれた。僕がお兄ちゃんの言うことを聞かないで、サンドワーム二体に向けて挑発を使ったのに。お兄ちゃんは幹太のおかげで楽勝だったと言ってくれた。


 二体同時に向けて挑発をを使ったことは、結果的に最善の策だった。挑発を使わなければ、サンドワームは地中に逃げる可能性だって、他の仲間が怪我をする可能性だって高くなるだろう。


 そう、これで良いのだ。あそこで、もしも引き返していたら、また面倒くさいことになったかもしれない、最悪ギルドに引き返すこともあり得る。サンドワームが三体いた程度で慌てるような人達とこれから先一緒に冒険はできないのだ。いちいち想定外の出来事が起きるたびに足止めされていては、時間と精神を浪費する。


 50階層を突破したものはここ30年間いなかったのだ。サンドワームが突然3体に増えても、10体に増えても何もおかしなことは無い。きっとよくあることだろう。そんなことがあったという前例は聞いたことが無いが。


 50年放置されている60階層はきっと想定以上の強さの魔物が待つ。


 その先はもはや想定すらできない。


 結果的に僕達は無傷で、50階層を突破したのだ。僕がモンスターを全部引き寄せて全員が無事だったのだ。死者は誰も出ていない。良いことじゃないか。最大効率の結果をたたき出したのだ。




 でも、どこか。


 皆が生きていて、サンドワーム討伐を喜んでいるはずなのに、僕は寂しかった。サンドワームを討伐する前まで皆と楽しく歩いた時ほど楽しく無かった。


 他の冒険者は指示を聞かなかった僕に注意した。お兄ちゃんは指示を聞かなかった僕でも優しく褒めてくれた。


 他の人間なんて結局、僕のことを指示を聞く道具としか思っていないに違いない。気に入っているとか何とか言いながら、首輪をつけた犬のように思っているのだ。他人との関係なんて結局利害関係だけだ。彼らは僕達を利用している。僕達も彼らを利用する。それだけだ。お兄ちゃんほど冷酷にこの世界の人間を利用しようとは思えないけど、やっぱりお兄ちゃんは正しい。


 僕のことを本当に尊重してくれる人は家族であるお兄ちゃんだけだ。


 やっぱり僕にはお兄ちゃんしかいない。僕はそう思ってお兄ちゃんの隣を歩いた。


 お兄ちゃんは、空を飛ぶのがうまくなったなと言ってた。


 僕は嬉しかった。浮遊魔法で移動するのは結構難しいのだ。抵抗力と魔法による推進力を釣り合わせながら、加速していかないと体にかなりのGがかかってしまうのだ。しかし、急に進行方向を変えないといけないときはそんなことは言っていられないので、浮遊魔法で一気に加速する。これは体全体に大きなGが急激にかかり、身体的にも、精神的にもかなりの負担なのだ。


 きっとお兄ちゃんは空で滅茶苦茶な動きで飛び回っている僕を見てこの大変さを理解してくれたのだろう。


 お兄ちゃんは僕の苦労や、がんばったところ、褒めて欲しいところを分かってくれているのだ。


 僕はきっと、ただただ嬉しかったはずだ。


 僕とお兄ちゃんはしばらくずっと二人きりで並んで歩いた。


 そして、他の人達は、妹ですら僕達二人に近づいてこなかった。





 ああ、早く元の世界に帰りたい。

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