第16話 40階層 ヒドラ討伐


 次の日も僕達は迷宮を歩く。太陽の団と精霊の風の冒険者達ともかなり仲良くなった気がする。旅は順調に進み38階層に到達した。今日は僕達もここに泊まることにした。章子が残りたいといったからである。


 38階層でキャンプの準備が終わるとエドワードさんがこちらにやってくる。


「カンタ、ちょっと俺と試合してくれないか。お前の戦い方をもっとしっかり把握しておきたいんだ。」


「良いですよ。」


 僕は了承する。エドワードさんはお兄ちゃん情報ではレベル60の冒険者だ。どれほどの強さなのか知りたい。魔物との戦いを見てもよく分からないのだ。


 エドワードさんは少し離れた場所でやろうというのでついて行く。


 10歩分ほど離れて向かい合う。離れたところでお兄ちゃんやほかの冒険者たちが数人見ているのが分かる。緊張する。


「俺から攻撃する気は無い。とりあえず全力で打ち込んできてくれ。」


 エドワードさんは大きな槍を構えて言う。


「全力は危なくないですか?」


「大丈夫だ。心配なら、徐々に力を出してくれ。」


「そうですか、じゃあ、行きますね。」


 剣を構えると、高速移動のスキルを使い、エドワードさんに斬りかかる。エドワードさんは危なげなく横に身をかわす。


「続けろ。俺に攻撃が当たるまで剣を振り続けてくれ。」


 エドワードさんは空振りして動きが止まってしまった僕に対して言う。


「怪我しても知りませんからね。」


 僕はスラッシュを使って何度もエドワードさんに斬りかかる。だがどれもひらりと交わされる。たまに槍で弾かれる。横に斬っても、縦に斬ってもエドワードさんの体に当たることは無かった。フェイントのような攻撃を仕掛けても、結局避けられては意味がない。


 5分程、空振りをし続け、半ばあきらめかけていると、エドワードさんがもういいと止める。


「カンタは速さと力だけなら、瞬間的に俺並みになるが、やはりそれだけだな。振り回しているだけだろう。知性のない魔物なら頼りになるが、対人戦はだめだな。」


 久しぶりに息切れをしたような気がする。エドワードさんは相当強い。完全敗北だろう。この世界に来て初めての完全敗北である。


「はぁはぁ、そうですか。まぁ、確かにその通りでしょうね。」


「俺はその戦い方嫌いじゃないけどな。今回の階層の主の討伐でも役に立つ。」


「そうですか、ありがとうございます。でも、僕は強くなりたいんです。もしできれば、僕に稽古をつけてくれませんか?」


 エドワードさんは槍を一回転させて背中に戻す。腕を組んで考える動作をする。


「そうか、稽古をしてやりたいのはやまやまだが、俺は槍使いだ。剣士じゃねぇ。ちゃんとした剣士に教わるのが良いだろう。カンタが槍に武器を変えるなら話は別だが。」


「槍ですか…。」


 僕は少し考える。


「なんだ、嫌そうな顔だな。槍は剣より強いぞ。カッコいいしな。」


「いや、そう言うわけでは。」


「まぁ、いいさ、剣にこだわる理由があるんだろう。戦士は全員、自分の武器にこだわりがある。」


 僕はどうだろうか、剣にこだわる理由があるだろうか。あまり無いな。初期装備がこの剣でアイテムにおそらく無限に入っているから使い続けているだけだ。


 正直なところ、槍より剣の方が好きだが、教えてもらえるなら槍に変えても良いかもと思う。


 巨大な剣を教えてくれる人はいないし。いや、一人心当たりはいるけど、あの人は教えてくれ無さそうだしなぁ。


「試合ありがとな、カンタの実力が分かったよ。楽しかったぜ。お前の剣は人を斬る剣じゃない。人を魔物から守る剣だ。俺はそのままでもいいと思うぜ。」


 そう言ってエドワードさんは皆がキャンプしている場所に戻っていく。


 僕はその後ろをとぼとぼついて行った。


 テントの近くに座って、僕の方を見ていたお兄ちゃんのもとに行く。


「幹太、気にするな、エドワードさんのレベルは60、幹太のレベルは34だ。負けて当然さ。俺たちのレベルはこの世界の人たちより上がるのが断然早い。すぐに幹太の方が強くなるさ。」


 お兄ちゃんが沈んでる僕を励ましてくれる。


「ああ、ありがとう。でも、それで落ち込んでるわけじゃないんだ。使う武器を剣から槍に変えるか迷ってたんだ。槍だったら、エドワードさんが教えてくれるらしい。」


 お兄ちゃんは少し訝しむような表情をする。

「エドワードさんは槍に変えた方が良いって言ってたのか?」


「いや、エドワードさんが剣を教えることができないだけだ。」


「幹太は槍の方が好きなのか?」


「いや、剣の方が好きだ。今使ってる剣は正直気に入ってる。」


「だったら、そのまま剣を使っておいた方が良いだろう。」


「どうして?」


「何となくだな。」


「えぇ。」


「俺もいつかこの腰の剣を抜く時が来るんじゃないかと思ってるんだ。」


 お兄ちゃんは腰に差した剣を撫でる。


「スキル魔法ばっかりなのに?」


「そうだ。一般的に魔法は近接攻撃よりも威力が弱いようだ。俺たちがこの武器を最初から持たされているのは何か意味があると思う。」


「ふーん、まぁ、なるべく剣を使うようにするよ。自己流でも多少は上手くなるだろう。素振りとかしてみようかな。」


「それが良いぞ。」


 僕は周りを見渡す。他の冒険者たちは集まって料理を作っているようだ。


 僕達三人だけの時はアイテムに最初から入っている携帯食料という名のクッキーを食べているので、迷宮でしっかりとしたご飯を食べるのはすこし感動だった。



 他の冒険者とずっと話をしている章子の方を見る、章子は楽しそうに笑っている。


「章子、すごく仲良くなってるな。」


 僕は隣のお兄ちゃんに声をかける。今日迷宮に残ることになったのは章子の希望だ。軽く水浴び程度はするそうだが、章子がシャワーとお風呂とベッドの誘惑を我慢したのは、皆とよっぽど仲良くなったからだろう。


「ああ、章子はクリスさんにずいぶん懐いたみたいだ。今日は、あっちのテントで寝るみたいだぞ。」


「そうなのか。まぁ、良いけど。色々と僕らの事情をげろっちゃうんじゃないか?」


「ああ、章子はごまかしてるつもりかもしれないが、おそらくクリスさんは俺達の正体を察しているだろう。クリスさんは章子に色々な事を教えてくれてるんだ。この迷宮のことも、この世界のことも、この世界に住む人々についても、何も知らない赤子に教えるようにな。」


「いいのか、それ。」


「まぁ、章子が良ければ、別に教えても良いだろう。クリスさんは優しい人だ。章子もクリスさんと仲良くなりたいのさ。」


「そうか、まぁ、そうだな。」



 章子は手から光の弾を出して、宙に浮かせてた。少し暗くなった空間が明るく照らされている。


 章子は前に見た時よりも明るく安定した光を出せるようになっていた。


 クリスさん、エリスさん、アンさんなど女性陣が中心になって、すごいわぁ、とか、綺麗な光だね、とか言っている。皆章子に対して甘々だ。


「良かったね。」

「そうだな。」


 僕達はしばらく章子を眺めてた。











 次の日僕達は40階層に来ていた。目の前の沼には9本の首を持った大きな竜がいる。40階層の主はヒドラだ。建物のように巨大な体がこっちに向かって来ている。こんなに大きな生き物は初めて見る。近づくのは少し怖い。



「いくぞ、さっき話した通りだ。カンタ、ついてこい。」


 エドワードさんが皆に声をかける。


 皆、それぞれ返事をする。


 エドワードさんや、剣を持った前衛の冒険者たちは前に走り出す。


 僕はエドワードさんの近くにいることになっているので、エドワードさんについていく。


 ヒドラはエドワードさんに対して、長い首を伸ばしてくる。大きな口を開けた竜の顔が僕達の方に向かってくる。


 エドワードさんは目の前に飛んできた首を大きな槍でたたき斬る。首はドゴンと大きな音を出し進行方向をそらすと、血をまき散らしながら自分の横を通り過ぎる。


 エドワードさんのすぐ後ろにいなければ当たっていただろう。


 エドワードさんと僕は大きな体の近くまでやってくる。近くで見るとやはり大きい。


「カンタ、行っていいぞ。」

「行きます。」


 エドワードさんから合図が出たので、僕は前に出る。大きな胴体に一気に近づいて、スラッシュで斬りつける。


 自分の剣がヒドラの肉をえぐり血が噴き出る。ヒドラは少しよろめく。


 僕の方に足や首が向かってくるのが分かるが、エドワードさんが全てたたき返す。


「カンタ、良いぞ、もっとやれ。」

「はい。」


 ヒドラは再生能力が強いそうなので、傷が治りきる前に、できるだけ多くの傷をつけていく。


 ヒドラの前進が止まる。僕とエドワードさんの仕事はヒドラの体の近くでヒドラを攻撃し、ヒドラの足止めすることだ。


 少し離れたところでは、他の冒険者が首を断ち切る。クリスさんの風の魔法がヒドラの首を根元から切り落としている。


 その後、お兄ちゃんとアンさんが火の魔法で傷を焦がし再生を封じることになっている。


 僕は必死にヒドラを切り刻む。



 しばらくするとヒドラが大きくよろめき、膝をつく。胴体は大きな音立て、地面に落ちる。大地が揺れる。


 僕は少し離れる。


 周りを確認するとヒドラの首は残り一本となっていた。


 エドワードさんはその首をあっさりと斬り落とす。


 すると、ヒドラの体は地面の上でぐったりとして動かなくなる。


 終わったのか。



 ボロボロになったヒドラを観察する僕の隣をエドワードさんが通り過ぎる。


 エドワードさんは僕がえぐった傷に、槍を深く突き刺す。


 するとヒドラの体は消えて、エドワードさんの前に大きな魔石が現れた。


「やりましたね。」


 僕はエドワードさんに話しかける。


「ああ、カンタ、よくやったな。今回は楽させてもらったぜ。」


 エドワードさんは笑って返してくれる。


「いえ、守っていただきありがとうございます。」


 今回、エドワードさんは僕が攻撃に集中できるようにサポートしてくれていたのだ。


「なに、後輩を守るのも、育成も、先輩の仕事さ。帰るぞ。」


 カッコいいなぁ、エドワードさん。パーティでリーダーをやってるだけのことはある。


 まぁ、正直今回のヒドラ討伐は楽勝だった。だって、太陽の団と精霊の風の人達はこれで6回目の討伐なのだ。僕たち三人がいなくても討伐できるらしいのだ。


 現在のギルド長、ザックさんというのだが、ザックさんはかなり慎重な人らしい。ザックさんがギルド長になってから、迷宮ユーカディアでの死者は激減したのだ。すごいことである。これについては賛否両論あるらしいが、僕は素直にとてもすごいと思った。ザックさんを否定する理由が理解できない。


 否定する意見としては、攻略速度が遅いということだ。ザックさんは死人が出さないために十分すぎるほどの戦力をもってから、攻略作戦を出すようだ。


 しかし、僕は死人が出ないことは優先するべきというザックさんの考え方に素直に賛成できる。



 僕達は他の冒険者と合流して、荷物をレッサーリザードに乗せ、ギルドに帰った。






 ギルドのゲートの前に着くと、ギルド長や、他の職員さんたちがやってきて労ってくれる。


 僕達はランクAの冒険者になった。金色になったギルドカードにはランクAと書かれている。


 カッコいいカードを見ると自然とにやけてしまう。お兄ちゃんと章子には金色で喜ぶなんて小学生低学年レベルと言われてしまった。でもやっぱり、金色に輝くカードはカッコいいのだ。


 金色のカードを眺めていると、最近は少し金色に縁があるような気がした。



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