第13話 三階の閲覧席

 次の日、僕は一人で図書館に来ていた。


 午前中は、お兄ちゃんはギルドで転移の検証をすることになり、妹はそれに付き合うことにしたらしい。僕はあまり必要とされてなさそうだったので、図書館に行くことにした。午後からは40階層攻略の打ち合わせがあるらしいので、それまでに戻ってくればいいだろう。


 そういうわけで、三階の閲覧席で読みかけだった本を読んでいる。迷宮クリアに役立つ知識があるかもしれない。


 分かりやすいが、内容はやっぱり重たい。迷宮の魔力空間の分析についてとかどうでもいい。


 苦労してなんとか最後まで読み終える。あとがきには、我々は近い将来迷宮から受けた恩恵の対価を払う時が来るだろう。と締めくくられている。


 対価を払う時か。この著者とは気が合いそうだ。


 著者の名前はオフィーリア・ハイドラコ・ラヴィン。


 面白かったが、あまり僕達の迷宮の冒険に役立つことはなさそうだ。


 僕は小さくため息をつき、本を閉じる。


「ため息をすると、幸せが逃げますよ少年。」


 いつか聞いた声がする。


 顔を上げると、いつかの銀髪金目の司書さんが立っていた。


「あ、金髪碧眼のエルフさんじゃないですか。」


「それはもういいです。胡散臭いですよ、少年。」


 そう言って、目の前の席に腰を掛ける。


「誰にも言ってないので、許してください。」


「はぁ、別に怒っていませんよ。私は目立ちたくないだけですから。少年が最初に声をかけてきた時点で、私の魔法を看破している可能性があることは考慮するべきでした。」


 さっきため息をつくと幸せが逃げると言っていたくせに自分は大きなため息をつく。僕はそのことに無言で抗議する。


 司書さんは僕の抗議に気づいた様子が無い。たぶん自分がため息をついたことにも気づいていないだろう。


「もう読み終わったのですか?」


「ええ、まぁ、ざっと。」


 第四属性魔法の派生魔法である空間魔法の精密性を上げるための迷宮における魔力軸の推定と計算など意味不明な項目は何個もあったが、とりあえず全て目を通した。今の僕はこの世界の一般人より迷宮について詳しい可能性がある。


「どうでしたか?」


「ああ、面白かったですよ。」



「この本は私の知り合いがいつの間にか書いた本なんです。相変わらずクサい文章だなと思いましたよ。」


「そういうことですか。僕は嫌いじゃないですよ。この文章。」



「迷宮は急激に拡大しているようです。私達は迷宮とは、あまり深くかかわってはいけないのだと思うのです。」


 迷宮は外の世界の魔力を吸収して大きくなるらしい。外の世界の魔力は迷宮が大きくなるたびに薄くなるらしい。世界の魔力が薄くなると世界の生き物は脆弱になってしまうと推測されている。大陸の北で砂漠化が広がっているのは、魔力の希薄化によるものだという説があるようだ。


「拡大しているからこそ関わらざるを得ないのではないですか?」


「迷宮は誰かが最深層の主を倒すと、爆発的に大きく成長します。巨大迷宮、この街の大迷宮も冒険者たちが最深層まで到達したからできたのですよ。迷宮に関わらなければ、ここまでにはなりませんでした。迷宮とは魔力だけではなく人の欲望が渦巻く場所です。」



「この本には、遅かれ早かれ迷宮は世界の魔力を吸収して巨大化するので、迷宮を攻略していくことで解決策を見つけるべきだと書いてありますよ。」


「あなたはこの本しか読んでないので、考え方に偏りがあります。迷宮の主という大魔法使いなんてどこにもいないんですから。巨大迷宮と呼ばれる規模の迷宮の最深層に到達したものはまだいませんが、もしそうなったとしても巨大迷宮が超巨大迷宮になるだけです。それは分かるでしょう。その本にも書いてあったはずですよ。」



「そうですね。でも分かりません。何が言いたいんですか?」


「差し出がましいようですが、今の少年なら理解できるでしょう。迷宮に行くのはもうやめなさい。あなたにどんな理由があったとしても。この世界のためでもあります。それに、迷宮中毒になりますよ。迷宮中毒になれば、やがて死にます。今なら、私が安全な仕事を紹介してあげますよ。」


 迷宮中毒とは、迷宮の高密度の魔力にあてられ続けることにより、興奮状態となって迷宮の中にいることに快感を覚えてしまう状態であるらしい。迷宮の命掛けのスリルへの快感もあるようだ。諸説あるが、迷宮中毒になると、迷宮に潜り続けてしまうのだ。


 迷宮に行くのは止めなさいか。でも、僕は日本に帰るために迷宮に行かなくてはいけない。たとえそのことによって迷宮が拡大し、この世界に悪影響を及ぼすとしてもだ。


 説明するのはめんどくさいしな。また逃げようかな。


「ごめんなさい。僕は迷宮に行かないといけないんです。」


 司書さんは大きなため息をつく。


「何を言っても無駄なようですね。すでに迷宮中毒でしたか。」



「どうして、名前も知らない僕なんかのことを心配してくれるのですか?」


「ペルマ人の少年に興味がわいたんですよ。私はこう見えてもお金持ちなんです。少年は真面目そうですし、屋敷で使用人をやってもらおうかなと思ったんです。か弱い少年が迷宮で命を落とすのはもったいないですので、私が雇ってあげるつもりだったんですけどね。そういえば、名前は?」


 綺麗な銀髪司書さんの使用人になれるなんて魅力的な提案だな。昨日の決意が無ければ流されていたかもしれない。


「幹太です。僕はそんなに弱くないですよ。司書さんより、多分強いです。」


 司書さんの方が弱そうである。体細いし。この世界での僕は結構強いはずだ。


「フフ、カンタ、面白いですね。」


 司書さんは笑っている。美人に笑われても全く腹が立たない。


「そんなに面白いですか?」


「この本の著者も私に同じようなこと言ったことがありました。あなたはオフィーリアに似てますね、昔を思い出しました。」


 司書さんはまだニコニコしている。


「そうですか、オフィーリアさん、いつか会ってみたいですね。」


「フフ、カンタ、強くなりなさい。生き残るために。」


 綺麗な金目が再び僕を見つめる。


「分かってますよ。僕だって強くなりたいです。そういえば、おすすめの道場とかってありますか。」


「この街は槍の道場が大きいですよ。アーロン流槍術が有名でしょう。」



「僕は剣を使ってるんですけど。」


「ほう、剣ですか。どんな剣を使っているのですか。」


 司書さんは僕の使っている武器に興味を持ったようである。剣に思い入れがあるのか。


 僕はメニューを開いてアイテムからいつも使っている剣を選び手に出して見せる。


「これです。」


 司書さんは僕が突然出した剣をみて少し驚いたようである。


「カンタが私より強いといった理由が分かった気がします。」


 司書さんはまた少し笑っている。


「こういう剣を教えてくれる所どこか知ってますか?」


「この街ではこんな巨大な剣は流行りじゃないですね。普通の建物で稽古すれば、建物がめちゃくちゃになるでしょう。」



「そうですか。」


「ですが、一人だけ心当たりがあります。」



「誰ですか?」


 銀髪司書さんは両手に腰を当て胸を張る。お姉さんの胸は程良い大きさで目線が吸い寄せられそうになる。


「私です。」


 あなたでしたか。僕は呆れた目になってしまいそうなのを我慢する。


「じゃあ、剣を教えてくれますか?」


「それは嫌です。」



「どうしてですか。」


 即答で断られるとは思ってなかった。


「早死にする弟子は持ちたくないです。カンタが迷宮に行かないと約束してくれるなら、教えてあげても良いですよ。」


「それじゃあ、意味ないでしょう…。」


僕は迷宮の最深層に到達して元の世界に帰るために、強くなりたいのだ。迷宮に行くのは絶対条件である。


「フフフ。」


 残念がっている僕を見て、銀髪司書さんは笑っている。美人に笑われても腹が立たないと最初は思ったが、こんなに笑われると少し苛ついてきた。


 僕は手に持った剣をアイテムに戻す。


「もういいです。僕はそろそろ帰ります。」


「そうですか、さようなら、カンタ。また来なさい。」

「はいはい。」


 僕は呆れた声で返事をして図書館を後にする。時刻は昼を過ぎていたのでギルドに向かうことにする。転移の検証も終わっているだろう。




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