第8話


 静寂が四人の間を支配する。轟々と燃える炎に、風は次第に温かさを孕み、間を突き抜けた。

 最初に顔をあげたのは琰慈だった。その隣で、月娟と藍藍の肩を、安心させるように優しくあやしていた芙蓉も気づく。風が木々を揺らす音に混じり、先程よりも足音は鮮明に聞こえた。


「——まはここらに来ると言っていたはずだが」


 耳を澄まし、目を凝らすとざんばら頭にところどころ擦り切れた衣服を着た四十を超えたと思われる男が何かを探すように回りを見渡していた。

 その隣で同じく周りを見渡す、ひょろっとした蛇のような男が忌々しそうにチッと舌を打った。


「あんた、あいつの言っていること本当に信じるのか? どうせ嘘だろ。あんなやつ」


 蛇男の暴言をざんばら頭の男がたしなめる。


「そう言うな。ジュダル様の言うことに間違いはない」


 ——ジュダル?


 芙蓉は頭の中でその名を繰り返し呼んだ。どこかで聞いたことがある名だ。奏にくる行商人の中で西に住む者の名前にも聞こえるが、そうではない。芙蓉はその個人を知っている気がした。


「嘘くさい野郎を信用するのかよ」


 不貞腐れる男を、ざんばら頭の男はたしなめながら周囲の木々を剣で薙ぎ払い、辺りを見渡した。

 これ以上先へ行く様子がなく、まるで目的地がここであるかと言っている風に見える。鬱蒼と茂る木々が芙蓉達を隠すお陰で男達からは姿は見えないが、見つかるのも時間の問題だろう。


「おい、本当にここらにいるのか?」


 蛇の男が言った。あまり乗り気ではない様子で、真面目に詮索する仲間に視線を投げた。ざんばら頭の男は「声量を下げろ」と睨み、口を開く。


「ジュダル様が言ったのだ。ここらにいるに決まっている」


 遠くで炎が爆ぜる音が強く聞こえた。近距離で鳴った音に、芙蓉は視線だけそこへ向ける。視線の先では闇夜を照らす炎は先程よりも勢いが強くなっていた。ここにいるのも危険だろう。

 蛇の男も同じことを考えたのか再度、ざんばら頭に話しかけた。


「炎の勢いも強くなっているし、もういないんじゃないのか?」

「もう少し先か……」

「つかよ、誰だよ火を放ったの? 計画と違うじゃないか。このままだと山一個燃えるんじゃね?」


 ざんばら頭の男はその質問には答えず、森の奥を見て、「いくぞ」と蛇の男に言った。蛇の男は無視された事が気に障ったのか、小さく舌を打つと奥に突き進む仲間の背中を追って歩き出した。


 男達の背が闇に溶け、見えなくなるまで四人は同じ体制で固まり、様子を見続けた。最初に口を開いたのは琰慈だ。


「……場所を移動しましょう」

「罠では?」


 男達が去った方向を見ながら芙蓉は尋ねた。

 あまりにも二人の行動が可笑しかったからだ。なぜ、自分達がいる場所を掴めておきながらあの場で話す必要がある? 仲間の名を分かりやすく言った? まるで自分達に聞かれるためではないか。


「その可能性もある。しかし、この場にい続けるのは危険だ」


 琰慈もそう思ったのか苦い顔で前方を睨みつけると、天幕が張ってあった場所へ視線を投げた。

 芙蓉達も続いてそちらに視線を向ける。視線の先には暁の空を背景に、火柱をあげる森。風も強くなり、煽られた事火の勢いは強くなる一方だ。この場所もあと数刻で炎の海と化すことだろう。


「先導を頼みます。私達は土地勘がない。それに琰慈殿は何度もここを訪れているとお見受けします」

「分かった。右には川が流れているから左に行くぞ。あそこは崖があるが、何かあれば青峯にそこに行くように指示は出しているので運が良ければ会えるだろう」


 琰慈が敬語を外し、淡々と早口で述べた。話し終えるとしまったという風に顔を歪める。


「……申し訳ございません。言葉が過ぎました」


 褐色の肌に微かに朱を散らせ、恥ずかしそうに琰慈は言った。その表情を見て、芙蓉は小さく笑った。


「いえ、その方がいいです。違和感がない」


 琰慈が驚いた風に芙蓉の顔を凝視する。

 それを見て、芙蓉は吹き出しそうになった。きっとこれがこの男の素顔なのだろう。


「私はそのままの方がいいです。ただ、月娟様に対しては言葉をお選びください」

「それは、分かっています。では、芙蓉殿には敬語を外しますね」


 琰慈は口元を手で覆い、視線をずらしながらどこか嬉しそうに言った。

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