第37話 麗VS三咲

「あれ、あなた? 」


 いきなり背中を叩かれてビクッとして振り返ると、紙袋を両手にぶる下げた三咲が立っていた。

 土曜日、麗が弥生に洋服を選んだり化粧品を選んだりする為に大学最寄りの駅ビルに来ていた。


「やっぱり! ほら、この間公園で会った」

「鈴木……さん? 」

「そう。覚えてくれてたんだね。あなたも買い物? 親戚の子と?」


 三咲は弥生の隣にいる麗に目をやり、さすがに年齢も違うし、かといって妹というにはあまりにDNA情報が違いすぎると判断したのだろう。


「友達です」

「鍵谷麗です。はじめまして」

「鍵谷……鍵谷って、同じ大学の一年生にいたよね? けっこう美形で有名な。確か、賢人君と同じ高校じゃなかったっけ? 」


 親しげに賢人の名前を出す三咲に、麗は少し警戒しながらも、鍵谷尊は自分の兄だと告げる。


「へえ、そうなんだ。なんか意外な組み合わせだね。確か賢人君の幼なじみの山下さんとも友達だったよね? 何気に賢人君とも親しかったりするの? っていうか、ごめん。私、あなたの名前聞いてないよね」

「渡辺弥生です。鍵谷君も……有栖川君も高校は一緒なんです。それだけ」


 賢人の自称彼女と言っていた三咲とあまり親しくなりたくなくて、弥生はなるべく角がたたないように答える。高校どころか、保育園から一緒な訳だし、賢人の彼女だったこともある。只今絶賛告白され中でもある。

 でもそれは絶対に内緒にしたい。


「ああ、やだ。大丈夫。勘違いなんかしないから。渡辺さんと賢人君じゃ大分タイプも違うものね。親しくしてるのも見たことないし」

「お姉さんは賢人の友達? お姉さんも賢人とは真逆っぽいタイプだけど」


 麗にとって、賢人は敬称をつけるのに値しないから、大抵はあの男・あんた呼ばわりだ。良くて呼び捨てである。


 賢人のことをこんな美少女が親しげに呼び捨てにしていることを不愉快に感じたのか、それとも真逆のタイプ(弥生にも同じこと言っているにも関わらず)という発言が気に触ったのか、三咲は表情を硬くする。

 弥生がこっそりと麗の袖をひくが、アルカイックスマイルを浮かべた麗は三咲から視線を反らさない。


「彼女だよ。お付き合いしてるの」

「へえ、昨日は彼女いないって言ってたけどな」

「麗ちゃん、昨日有栖川君に会ったの? 」


 いつの間に……と、弥生は目を丸くしている。


「ね、賢人の彼女さん。賢人のこと呼び出してよ。どうせ寝てるだけだろうから。スマホの番号くらい知ってるんでしょ」

「あ……当たり前じゃない」


 三咲はスマホを鞄から取り出すと、イライラしたように電話帳をタップした。しかし、賢人は電話に出ないようで、かなり長くコールを鳴らしたが繋がることはなかった。

 それを見た麗は鼻を鳴らし、弥生の鞄から弥生のスマホを取り出すと、まるで自分の物のように暗証番号を打ち込んでロックを解除すると、電話帳から賢人の番号を呼び出す。


「麗ちゃん? 」


 麗はニッと笑って画面をタップする。


 三咲がかけてでなかったんだから、でる訳がない。後で着信の言い訳が面倒臭すぎる!


 弥生が頭を抱える前に、麗はスマホを耳に当てて喋り出す。


「もしもし、……うんそう麗だよ。え、別にいいじゃん。……ふふ、か・い・も・の。良い買い物できたと思うよ。そう、うん、そこ。じゃ、後でね」


 三咲の電話には出なかった賢人が、弥生の電話番号は即出だったらしく、しかも後でねって会う約束までしてる?

 そこまで二人は仲が良かっただろうか?

 どちらかというと犬猿の仲、お互いに突っかかってたようにも見えたけれど、美貌の二人には引かれ合う何かがあるのかもしれない。


 弥生は心臓の辺りの洋服をギュッと握り、一瞬にして襲われた動悸を逃がそうとする。


 ただの想像で体調不良に陥るなど、そこまで重症なのか……と、弥生は自分の恋心の重さを痛感すると共に、全力で否定したい気分にもなる。だって、相手は有栖川賢人なのだから。生まれてからこのかた、多大な迷惑を被り、とにかくこきつかわれ、家政婦のように世話をやかされてきた。


 私ってM気質なんだろうか?


 思い起こせば起こす程、賢人のどこに惚れたのかわからない。顔はいい。顔だけはいい。いや、スタイルもモデル級だし、頭もいい。運動神経もいい。俺様だけど、それって自己主張がはっきりとしたリーダータイプで、周りを牽引していく頼もしさとも言えるかもしれない。回りにはいつも女の子がいるけど、賢人本人が女子に媚びたりデレたりするところは見たことない。付き合っていた時は、多分他の女子にはノータッチだった筈だ。信じられないけど実は誠実だったりした?


 あれ……あれ?


 好きになってもおかしくないんじゃない、これ。


 弥生が一人パニックになっている間に、何故か三咲と麗と弥生の三人でオープンカフェのテラス席に座っていた。


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