第22話 イジメ

 下駄箱はごみ箱と化し、逆にロッカーの荷物はズタボロのゴミへ、机には油性ペンで落書き……。


 うん、予想はしてた。


 一瞬のうちに賢人と弥生が付き合っているという噂が学内に広まった。しかも、弥生が賢人の弱みを握って無理やり付き合わせているとか、弥生のつきまといが酷くて賢人が折れただけとか、ないことないこと噂され、弥生は賢人のハーレム女子ばかりではなく、一般の生徒からも嫌な女認定されてしまった。


 しかも、賢人だけでなく尊もそれなりに人気があったのがいけなかった。

 地味な見た目でイケメン二人をだまくらかした悪女……って誰のこと?!

 賢人はともかく、尊とはただの友達、色目なんか使ったこともない。

 というか、色目ってどんな目よ?!

 弥生がするとただのやぶにらみにしかならない。


 弥生はパンパンに膨らんだ学生鞄と補助鞄を両手に持ち、ごみ箱とかしている自分の下駄箱をスルーした。

 荷物は全部持ち歩いている。上履きはすでに三足目だ。ゴミまみれくらいなら洗えばなんとかなるが、墨汁まみれにされてからは下駄箱に靴を置くのを止めた。ロッカーも同様だから、持ち帰る必要のない科目の教科書や辞書などまで毎日持ち帰っていた。


「弥生ちゃん」


 怒ったような、泣きそうな表情をした尊が立っていた。


「こんなの酷いよ……」

「うん……まぁ、そうだね」


 慣れている訳ではないが、小学生の時も似たようことがあった。

 下手に反応したら、よりいっそう酷くなるのはわかっていた。とにかく目立たないようやり過ごす。それしか対処法はないのだ。


「有栖川君に言ってもらって……」

「よけい酷くなるよ。ほっとくのが一番。」


 このイジメの状態に、賢人もハーレム女子達に何も言わなかった訳じゃない。かなり辛辣に言い込めたし、彼女らのことは無視して視界にすら入れなくなった。部活などで一緒にいられない時以外は弥生のそばから離れなかったし、汚された下駄箱やロッカーを毎日掃除してくれた。

 でも、賢人が弥生に構えば構う程、周りのあたりは強くなった。


「これ、私の私物じゃないんだけどね」


 上下左右クラスメイトの下駄箱だから、生ゴミの類いを入れられていないだけマシ。賢人のロッカーと違って、呪いのなんちゃらグッズやらバカだのブスだのと書いた紙くずで溢れた下駄箱をそのままに、尊と並んで学校を出た。


「鍵谷君もあんまり私に関わらないほうがいいよ」

「僕は弥生ちゃんと仲良くしたいからしてるだけ」


 尊に嫌がらせが波及することはなさそうだったけれど、若葉も楓は自然と弥生から離れて行った。もしかしたら、弥生と仲良くすることで何か言われたりされたりしたのかもしれない。最初は怒ってくれていた二人だったけれど、弥生から話しかけないようにしていたらいつしか遠巻きに見られるようになっていた。


「これからバイト? 」

「うん。またね」

「また明日」


 駅のところで尊と別れて電車に乗ってパティスリー・ミカドへ向かった。


 寂しくなんかない。昔に戻っただけだから……。


 ★★★


 バイトが終わり、弥生は一人駅へ向かった。

 途中、以前賢人が先輩と出てきたラブホテルの前を通りかかり、ふと入り口に目をやってしまう。


 あの時、賢人の腕にぶら下がっていた前園香織がまるで再現ブイのように目の前に立ち、真っ正面からバチバチ視線が絡み合った。隣にいるのは賢人ではなかったが、そこそこのイケメンっぽくは見えた。茶髪にピアスをしており、見た目とかっこうだけはイケてる装いだが、実際はやや足は短めだし、背は高く細いがただ細いだけでなよっとしていた。 目鼻立ちもどちらかといえばモヤッとしている。


 イケメンもどき?


 賢人を見慣れている弥生は、かなり失礼な論評を内心しつつ、一応先輩なので軽く頭を下げた。話しかけることなくスルーして帰ろうとしたが、進行方向に立ち塞がれてしまいお見合い状態になってしまう。


「あんた、最近調子のり過ぎじゃん」

「……」

「あんたみたいな地味な眼鏡猿、物珍しいだけで、すぐに飽きられるよ」


 地味だし眼鏡だし、そこのところは否定しない。その通りだと思う。

 ただ、物珍しい……というのには頷きかねる。だって、生まれた時から賢人の隣で生活しているのだ。いわば日常? 下手したら賢人の親よりも賢人の世話をやかされてきたんじゃないだろうか?


「早く飽きてくれないかと思います」

「なにそれ?! マジムカつくんだけど! あんた何様?! 」

「かおりん、これ誰? 」


 イケメンもどきが弥生を指差して言った。


「うちの後輩。こ地味な顔してさ、男咥え込むのが上手いみたいで、人の男に手だしやがったビッチだよ」


 人の男って賢人のことだろう。賢人の彼女だったと聞いた記憶はないが、身体の関係があったのならば香織は彼女だと認識していたのかもしれない。ならば、弥生に対して良い感情を抱いていないのはしょうがないのかもしれないが、できれば自分は無関係な状態で賢人と二人で話し合ってくださいとしか言い様はない。


 弥生は眼鏡の下の瞳を困ったようにふせ、香織達の横をすり抜けようと身体の向きを変えた。しかし、イケメンもどきが一歩踏み込んで弥生の進行方向へ動き、さらに無遠慮に弥生の二の腕を掴んだ。


「ああ、かおりんが御執心だった後輩君の。へぇ、こんなんがねぇ。かおりんの圧勝じゃん」


 イケメンもどきは弥生の二の腕をニギニギと揉みしだき、いやらしげな笑みを浮かべる。

 知らない男子に触られるのも嫌だが、その触り方にも鳥肌がたつくらいの嫌悪感が溢れる。


「離してください。帰りますから」

「あっちの具合がいいんかな? かおりんほっちゃうぐらい。うわ、想像できね」


 弥生が腕を引っ張っても、イケメンもどきは手をを離してくれなかった。


「たあちゃんなら、まだまだ余裕あるよね。絶倫野郎だから。なんならほら、試してみれば? あとでどんなんか教えて。じゃ、頑張って」


 香織は意地の悪い笑みを浮かべると、イケメンもどきにラブホテルを顎で差し示し、スマホを取り出すと「はいチーズ」と勝手に写真を撮る。


「絶倫じゃねぇし。まぁ、まだイケるけど。ほんじゃ後輩ちゃん、行こか」

「や……やだ」


 腕を引かれ、ズルズルと引き面れる弥生に、香織は笑顔で手を振る。


 なんでこんなことに……?!


 いくら踏ん張っても、男の子の力には敵わない。


 あの建物に入ったらアウトだ!



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