第6話 何これ、修羅場?
足を止めた弥生に、賢人と賢人にぶら下がった女はすぐに追い付いた。
「そいつ誰?! 」
険しい顔つきの賢人が、弥生を睨み付けながら低い声で言った。その地を這うような声に、弥生の表情はひきつる。
口止めに来たんじゃなかったの?
そいつって誰のこと?
え? 何で質問されてんの?
弥生は矢島の腕を掴んだままであることも忘れ、賢人の真意を掴めずただ馬鹿みたいに賢人を見つめた。
「そいつ、誰?! 」
イライラしたように再度言う賢人に、弥生の頭は「 ? 」が連立する。
「そいつって誰? 」
「そいつだよ! おまえが腕組んでるそいつ! 」
弥生は、その時初めて自分がいまだに矢島の腕を掴んでいたことに気付き、「ウワッ! 」と叫んで矢島から手を離した。
「先輩。バイト先の先輩。それだけだよ」
「それだけって、俺と弥生ちゃんの仲で酷くない? 」
ふざけた矢島が弥生の腰にスルリと手を回してきて、弥生はいつもの調子で矢島の手をベシベシ叩いた。
「だから、矢島さんセクハラ! 」
その様子に、賢人の眉間の皺が深くなる。イケメンの険しい顔は、かなり恐ろしい。
「賢人ォ、何なのよいったい。その女なぁにぃ」
甘ったるい声で、賢人に貼り付いていた女がさらにビトッと貼り付く。この人、巨乳だ。谷間バッチリの胸をこれでもかと賢人に押し付けている。
「あ、ただの同級生です。二人のことは他言しませんのでご安心ください」
「えーっ、他言しまくっちゃってよぉ。同級生って、春高? やだ、後輩じゃん。マジで、言いふらして」
後輩って、OB? まさかの上級生?
「三年の
「一年の渡辺です」
まさかの上級生だった。
「そっちのイケメンは彼氏? 」
「いや、だから、バイトの先輩ですから」
「ふーん」
香織は、賢人から離れることなく、矢島にも艶っぽい視線を送る。
「弥生、帰るぞ。おまえ、こんな遅くまでバイトって、よく皐月さんが許したな」
賢人は、香織の手を無下に振り払うと、弥生の腕を引っ張り矢島から引き離す。
「皐月さんって? 」
「母です」
「へー、イケメンの彼、弥生ちゃんのお母さん知ってんだ。君、その美人ちゃんとデートでしょ? 弥生ちゃんは俺がちゃんと送り届けるから大丈夫だよん」
「デートじゃない」
デートじゃない?
ラブホテルから出てきたのに?
「デートじゃないって、デートじゃん! 賢人ってば酷くない?!さっきまでイチャイチャしてたじゃん」
香織はムッとしたように賢人の腕を引っ張った。賢人はイラッとしたようにその腕を外す。
「呼ばれたから来ただけ。別にイチャイチャしてないし。勝手にそっちが色々してきただけだろ」
「何それ酷い! 賢人だっていい思いしたじゃん。気持ち良かったでしょ! 」
「別に」
「●●●して×××した癖に!! 〰️〰️〰️だって▲▲▲だったじゃない! 」
18禁な単語を香織は恥ずかしげもなく連呼する。
ラブホテルから出てきたってことは、つまりは二人はそういう関係な訳で、それを踏まえて賢人の発言は最低過ぎた。矢島も笑顔がひきつっている。
何これ、修羅場?
「あー……、賢人君? だっけ?女の子にはもう少しソフトに喋らないと。香織ちゃん、せっかくの美人ちゃんがそんなお下品なこと連呼しちゃダメでしょ」
常に下ネタな矢島に言われたくはないだろうなと内心思いながら、思わず二人の×××について想像して顔を赤らめる弥生だった。
「帰るぞ」
賢人は香織も矢島も無視して、弥生の腕を掴んだまま歩きだしてしまう。
「有栖川君?! 前園さん、前園さんおいてけぼりだから」
「前園先輩さいなら。行くぞ」
賢人は振り返りもせず無造作に言うと、さらに弥生を掴む手に力を入れる。矢島は唖然と立ち尽くす香織を放っておけなかったのか、弥生達と香織を見ながら頭をかいていた。
「有栖川君、ちょっと待って! 手痛いよ」
駅についたところで賢人はなんとか手を離してくれた。
「……おまえ、バイト遅すぎるだろ」
「大丈夫だよ」
「何がだよ?! 」
「毎日じゃないし、夏休みの間だけだし。ほら、お盆休みだから社員さん達がお休みなんだ。その間だけラストまでやってるだけで、早番の時とかはもっと早く帰れるし」
「一回でもなんかあったらどうする。あんなチャラけた男にラブホに連れ込まれたりしたらどうする訳? 世の中には変質者だっているんだぞ」
イケメンがそんなにおっかない顔しないで欲しい。怒られてる感が半端ないから。
仕事帰りだろうOLがチラチラ賢人を見ているし、これから遊びに行くんだろう女子大生の軍団は「誘っちゃう? 」「あれ彼女? 」「妹とかでしょ」なんて会話を聞こえよがしにしていたりする。
お姉様方の注目を集めている賢人は、その視線をガン無視してまるでオトンのように、アルバイトは反対だ、帰りが遅すぎる、バイトの先輩がチャラくて危ない、一応(失礼だな)女なんだから自覚しろ……などガミガミ文句を言っていた。
この人、ただの知り合いなだけなんだけど。何でこんなに踏み込まれなきゃなんないの?
友達ですらないよね?
そりゃ、小さい時から知ってるし、家は隣だし、ご飯作らされたり、掃除させられたり、縫い物させられたりするけど……。
もしかして、私って家政婦だったの?
いや、お給金発生してないし。
「あー……、もしかして心配してくれてる?」
「馬鹿か?! ただの一般論だろ」
「まぁ、そうだよね。うん、でも大丈夫だから。バイトの人達はみんないい人ばっかだし、美男美女ばっかで、私なんかカスみたいなもんだし。全く相手になんかされないから。私みたいなのに手を出そうなんて奇特な人いない。帰りも、駅まではシフトがかぶった人と帰るし、家まではほら、そんなに危ない道もないでしょ。遅い時は、お母さんが迎えに来てくれるしさ」
「今日はこないよな? 皐月さん達実家に帰ってるだろ」
「うん……まあ、今日はね」
賢人はわざとらしく大きなため息をつく。
そんなダメな子を見るみたいに見ないで欲しい。
「男はな、穴さえついてれば何だっていいんだよ。おまえ、曲がりなりにも女だろ」
それは、賢人だけではないだろうか?
そういう人もいないとは限らないけれど、うちのバイト先のイケメン達は穴も選り好みすると思う。いや、賢人だって選り好みできるイケメンではあるんだけれど。
というか、穴って何だ?
「曲がってないし、一応でもなく普通に女性だから」
「ならもっと危機意識持てよ」
カリカリ怒りながらも、家までの帰り道、弥生のペースに合わせて歩いてくれていた。たまに見かけると、サッサカサッサカ歩いていたから、チビの弥生のコンパスを考えてくれているのだろう。
「彼女放置で良かったの? 」
「彼女じゃないし」
「……ホテルから出てきてたよね」
「誘われたから行っただけ。たいして意味はない」
倫理的にどうなの?
賢人ハーレムって、実質的にも本格ハーレムだった訳?
弥生の眉がグッと寄る。
弥生的には、やはり好きになった人とだけ、相手も自分だけがいい。誰とでもとか、誘われたからいたしてしまう彼氏なんかいらない。まぁ、賢人はただのお隣さんだから、どれだけ爛れていても関係ないが、一時は花梨とも付き合った……んだろうから、少しはちゃんとして欲しいとも思った。
横目で見上げた賢人は、全く悪びれてもおらず、本当に何とも思っていないように見える。
お隣さんじゃなければ、どんなにイケメンでも、絶対に近寄りたくない人種だよなと、弥生は心底思った。
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