第19話 正直になりなよ、会いたいんでしょ?

 コリー・シュバウツ。シュバウツ商会の立案者で、エーレ国きっての商売人だ。

 この城では王様の部屋に近ければ近いほど、国の重要人物という事になっているらしい。そしてこの部屋は最も王に近く、フロア全体が彼の居住区となっている。

 つまり、めちゃくちゃに偉い人物なのである。


「はい、お邪魔します」


 そんな人と話す機会なんて一生に一度あるかないか、しかも一介の学生である。

 本来なら忙しくてアポイントを取る事すら困難な筈だが、やはりマリーの名前が聞いたらしい。


「まさか、マグ家のお嬢様がいらっしゃるとはね。偉大なる魔法使い、マーフィー・マグ。君はその親族で間違いないのかな?」


 事前に何処かで情報を仕入れたのだろうか。受付からここまで確かに距離はあるが、そこまで時間は掛かってない筈だ。


 それに、周りのオーラは確信の色を漂わせている。つまり、分からない振りをしているということだ。どんな意味があるのか推察出来ないが、ここで下手に嘘を吐くのは得策だと思えない。


「はい、私の大叔母にあたるのがマーフィーです。ご存知なのですか?」


「ふ、ご存知も何も、昔彼女に命を救われた身だからね。お亡くなりになられたのは本当に悲しい。まだ恩も返せていないのに……」


 コリーのオーラが今度は深い紺色に変化し始めた。本当に悲しんでるみたいで、その気持ちが、少しだけ嬉しかった。


「大叔母様と面識があったのですね……昔から人助けが好きみたいで、沢山の人々を救っていたと聞きます。貴方もそうだったのですね」


「ほう? 私はてっきりその事で交渉をしてくるとばかり思っていたよ。唯の偶然か? にしてよく出来ているな」


 交渉? 偶然? 一体何の話しだろう。誰かと勘違いしているのではないか。


「それで、マーフィーの血を引き継ぐエーフィーよ、本題だ。マリーの名前をどこで聞いた? 年代的に君が生まれる遥か前の出来事の筈だが」


 いきなり核心を突いてきたが、発言の前に一瞬色が変わったのが見えたので、動揺することなく受け答えが出来そうだ。


「えっと、何処から話せばいいのやら」


 エーフィーはコリーにこれまでの事を話す。

 家を借りようと探してる中、幽霊屋敷に目が止まった事。そして下見に行くと、幽霊の存在を認知した事。

 そして、その幽霊の名前がマリー・シュバウツだという事。お兄さんであるコリーに会いたがっているのだと、真っ直ぐに伝えるのであった。


「という経緯なのです。親御さんに恵まれなく、病気で母親を無くし、二人で二人三脚で生きて来たと聞きました」


 やがて、コリーの目元には大粒の涙が灯り始める。どうやら本当の事らしい。一生懸命生きて、守りたい者を守れなかった悔しさ。気持ちが分かるとは到底言えないけれど、悲しいなんてものじゃないだろうと予想はつく。


「ま、まさか本当にマリー……が? いや馬鹿な、そんな筈はない。幽霊なんている訳がないんだ!! 俺をたぶらかそうとしてるな!?」


 疑心の色が強くなり、部屋全体を覆い始めた。


「私にはたぶらかす理由もありません。ただ、マリーちゃんがお兄さんに会いたいと、私に願いを掛けてきたのです。コリーさんは、マリーちゃんに会いたいと思わないんですか?」


「そんなの会いたいに決まってるじゃないか!!!」


 大声が部屋中に響き、再び沈黙が流れる。

 確かに今の自分の発言は軽率だった。そんなの会いたいに決まっているじゃないか。自分だってそうだ。


「すみません……お気持ちを荒ぶらせる発言でした。でも私も同じ気持ちでしたよ? 幽霊なんか居る筈ないんだって。でも実際にいたのだから仕方がないです。こうして貴方が公表していない事実も知っていっていますし。信じては貰えないでしょうか?」


 相手がどんなに感情を昂らせても、それに釣られてはいけないのだ。


「いや、こちらこそすまない。取り乱してしまった。俺らしくもない」


 そう言ってコリーはタイをきつめに首元まで寄せる。精神的に落ち着いたのか、感情の色も薄くなり、目に光が宿り始めていた。


「……久しぶりに屋敷に出向くかな。何十年ぶりだろう。病気が蔓延してからというもの、しばらく近づけず、放っていたからな。そうか……あれからもうそんなに時が過ぎたんだな」


 懐かしむ郷愁的な表情を見せながら、コリーはいそいそと貴重品やらをバッグに放り込み、準備をし始める。

 やはり商売人、思い立ったらすぐ行動。と最初は感じたが、死んだ家族に会えるのが分かれば居ても立ってもいられないのだろう。


「すぐに向かわれるんですね?」


「ああそりゃもちろん。もしこれが嘘だったら……私の怒りは凄まじいものになるが、君を見ていると真実なのだと気付かされる。不思議な娘だ。さすがマーフィーの血縁者と言うべきか」


 流石に褒め言葉を理解している。それは言われて一番嬉しい事トップ3に入る言葉である。やはりトップの人間は人心掌握術に長けてるということかな。自分も今度試してみよう。せっかく感情が見えるのだし。


「お一人で行かれるのですか? よければ付いて行ってもいいですか?」


 どうせなら、最後まで結末を見たいものだ。

 本来ならここで仕事も探さないといけないのだが、正直この二人の事の方が気になる。


「ああ、当然じゃないか。君が教えてくれたことだし、嫌な言い方だが、最悪の状況の時に逃げられては困るからね。言っとくが、まだ信用し切った訳ではない。いつもの癖さ、何事も保険が掛からないと動けないたちでね」


 まあそりゃそうか、でもいい考え方だ。何事も保険ね。覚えておこう。


「分かりました、それでしたら一緒に行きます。特に私が出来ることもないかもですけどね」


「そんな事はないさ。道のりなんてはっきりと覚えてないし、私はあまり外に出歩かないのでね。しかも位も高くなってしまったから、一人よりは二人の方が安心して外出できる」


「へー、素朴な疑問なんですけど、やっぱり大金持ちになると誰か悪い人に狙われる事ってあるんですか?」


「うーん、この国は治安がとてもいいから殆ど無いかな。ただ私は金融事業も手掛けているからね。借金について懇願する奴も出てこないとは限らない。下手な口約束でも契約になってしまう場合があるし。っというか、君の目的がそれなのではないかと疑っていたんだよ?」


 ん? んんん? 何故私が借金まみれなのを知っているのだろう。やっぱり大叔母様が有名だから、陰で自分の噂も広まっているのかな。


「へー、よくご存知ですね! さっすが天下のシュバウツ商会。情報は早いという事ですか」


 世の中怖いなぁと、肌で感じるエーフィーであった。

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