第12話 私、生きる事を知らなかったみたい

 玄関に立てかけてある箒、移動用の乗り物だ。これは魔法使いの証でもある。

 魔導学院に入学する際、大叔母様に記念に買ってもらったのだ。それなりに距離はあるから必需品である。通学も、買い物もこれ一本に頼りきりだ。


「さて、さっさと行こう」


 正直、不安な気持ちで一杯である。借金なんて返すあてもないし、儲ける方法も知らない。お手伝いならしたことはあるが、雀の涙程度の小遣いだ。しかも17歳の社会も知らない様なFランクの使い道のない自分を雇ってくれる所なんて、きっと無いだろう。

 漠然とした疑問。果たして自分にお金を稼ぐことが出来るだろうか。


「ん! エーフィー何か落ち込んでるのかい? 私でよければ相談に乗るよ。遠慮なく申してくれたまえ!」


 またこの星は人の感情を読んでからに……。まあ、心強い仲間がいると思えば多少はマシかな? マイナスに考えるよりはよっぽどマシだ。


「んー、私さ、お金を稼いだ事が無くてね。これからどうしたもんだと思案中なんだよ。遺産で全部返し切れるとも思わないし、働かないとねえ」


 一日で1000デル稼いだとしても、3億デルまでは何日かかるのだろう。計算がめんどくさくなってくる頃合いだ。人生二週くらいしないと返せないかもしれない。


「はぁ、憂鬱だねえ、私の人生これからどうなるんだろう。ねえ、どうしたら良いかな?」


 星に人生相談する日が来るなんて、生きていると何が起こるか分かったもんじゃない。


「そうだねー……世の中のことはあまり分からないけどさ、魔法でお金を稼げば良いんじゃないかな!」


 魔法でということは傭兵や研究者、若しくは冒険者の雇われ用心棒くらいしか思いつかない。どれも高度な上級魔法を扱える人種だ。将来は分からないが、今の自分には到底勤まるとは思えないのである。


「まともに火も投げれないひよっこのFランクにそれが勤まる訳ないでしょー……、出来る事と言ったら掃除や物運びくらいよ。あ、でも力仕事は向いてないな、とすると専属のメイドか飲食関係……稼ぎ少なそうだ、とほほ」


 しかも学校の勉強もしなければいけないとなると、寝る時間なんて殆ど無くなるだろう。本末転倒である。


「今はあれこれ考えても仕方ないね。お、着いた着いたっと。ホッシー? 今から学校の中に行くから喋らないでよ」


「了解! ただの置物になるね!」


 玄関から真っ直ぐ歩き、院長室の階段を駆け上がる。

 相変わらずドアの隙間から魔王の様なオーラが漏れており、入ろうとする者を阻かろうとしている。

 何回かドアをノックし、返答を待った。少し間を置いて返事が返って来たので、ゆっくりとドアを開き、閉める。


「エーフィー・マグです。先日の事でご相談があるのですが、今お時間よろしいですか?」


 エーデル・フィルロ院長は相変わらず機嫌が悪そうだ。眉間に沢山の皺を寄せながら、目だけをこちらに向ける。そんなに睨まなくても。


「あらおはようエーフィー。昨晩はあまり寝られなかった様ね。大変だと思うけど頑張りなさい。で、相談というのは何?」


 どうして分かったのだろうか、鋭い観察力である。だが今はそれどころじゃない。さっさと要件を済ませよう。


「あの、遺産の整理終わりました。思ったより時間は掛かりませんでした。とりあえず目下必要な物は回収しましたので、後の物は買い取って頂いて大丈夫です。お願いします」


 エーデルは静かに目を閉じ、何かを考えている様だ。

 そして少しの間があった後、口を開く。


「分かりました、ご苦労様です」


 用件は伝わった様だ。さっさと退散しよう、帰ってからやる事が山積みだ。


「100万デル、残します」


「へ?」


 唐突な台詞に疑問符しか返すことがで出来なかった。


「それで、何とかしなさい」


「何とか……ですか?」


「ええ、賃貸も借りないといけないし、仕事も探さないといけない。それに、日々お金は減るものよ、生きていく為にはね」


 生きていく為には。

 ぐさりと刺で刺された感触が残る。その答えはすぐに出て来た。


 私は、生き方を知らない。


「先方も借金の多さを理解しているのか、少しは猶予を見せてくれたわ。それもこれもあの偉大な魔法使い、マーフィー・マグの姪だもの。彼女に何かしらの恩があったのね、感謝しなさい」


 こんな所でも大叔母様は助けてくれる。同時に、情けなさが全身を覆い尽くした。

 そんな偉大な魔法使いの血を受け継いでる癖に、ちっとも魔法の才能が無い自分に。


「はい……、何から何まで、ありがとうございます。私、何とか頑張ってみます」


 そんな陳腐な言葉しか、喉から出てこなかった。


「鑑定士が来るのが3日後、その日は私も家に行くことになるわ。貴方も同伴しなさい」


 三日、三日後に自分の家から物が無くなるというのだ。仕方の無い事とはいえ、これは堪える。


「分かりました。では三日後に」


 そう言ってドアをバタンと閉めた。

 考える事が多すぎだ。

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