第9話 星と初めての入浴

 一度冷静になる必要がありそうだ。多分、昨日の疲れが続いてるのだろう。自分では気付かないだけで身体は正直なのだ。きっと何かのサインを発してるのだ。

 

 洗面所に入り、いつもの様に鏡で自分を見てみる。

 反射すると青っぽくなる黒髪、白い肌、ぱっちりとした目元に、長い睫毛。小さい頃から見た目だけは褒められていた。その分、マイナスな所も強調されてしまうのが欠点ではある。


「うーん、特に隈は出来て無いけどなぁ。変な色も見えないし」


 相変わらず変わらない碧眼。注目している色はこれだけで、後は特に変化はない。


「まぁいいか。とにかくシャワー浴びよっと」


 寝巻きをそこらに脱ぎ散らかし、シャワー室に入る。

 中央のクリスタルに魔力を注ぎ込み、丁度良い温度になるまで熱を注ぎ込んだ。本当は国が管理している魔鉱石が外に備え付けられており、それらを使って調整をする。が、魔法使いを目指すものはこうやって自前の魔力で行うのが訓練の一部になっているのである。


「はぁ〜〜あったまる〜〜。この瞬間は何よりも至福よね〜、また温泉廻りでもしようかしら」


 子供の頃から大の風呂好きで、よく温泉を巡っては極楽の湯を満喫していた。最近は何かと忙しい日々を送っていたので廻れてないが、機会があれば今すぐにでも旅行に行きたい気分だ。


「気持ちーねー……。ああごめん、そこの石鹸使っていい?」


「うん、いいよー……。はぁー、やっぱり湯船貼っとけばよかったなー」


「いいじゃん、夜入ればさ。にしても結構朝冷えるんだね、毛布から出ようにも出られなかったよ」


「ああそれ分かるー! 私も休みの日は出られなくて昼まで寝てる事結構あるなー」


「はっはっは! エーフィーは怠け者だなー」


「はっはっは! それは否定できないね!」


「ははははは!」


「ははははは!」


「はははじゃねーよ!? 何ナチュラルに入ってきてるのさ!? しかも勝手に石鹸使ってんじゃねー!!」


 なんと気付かない内に星が入り込んでいた様だ。しかもかなりの文化的衝撃、金属の癖に風呂入るのか。錆びて大変なんじゃないか?


「こらこらエーフィー、女の子がそんな言葉遣いをしたらいけませんよ? もっとおしとやかに、野に咲く一輪の花の様に慎ましく、謙虚で華美な佇まいを痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い‼︎ ごめん悪かったから鋭角を摘まないで!」


 生意気な口を聞くのはどの口だ? 口なんて無いから判断がつかないが、恐らく中心部分なのだろうな。


「おお、エーフィー君は……その……結構良い物をお持ちだね? これはこれは、ふむふむなるほど、大体サイズは把握したぞ上からぎゃあああああああごめんなさいごめんなさいごめんなさい‼︎」


 何だこの変態星は! 明らかに見方がおっさんくさいぞ⁉︎ 性別が分からない以上追求は出来ないが、何となく目つきが怪しい。目もどこにあるか分からないけれども。


「ねえさ、ホッシー本当に男じゃないんでしょうね⁉︎ 昨日も何となく追求し損ねたけどさ、一人称が私ってだけで実は男なんじゃないの⁉︎ ぶっ飛ばすわよ!」


「待って待ってよエーフィー、私だってそれくらいの倫理は持ち合わせているさ。もう既に女性な気分なんだ。つまり私達は同棲、恥ずかしがる事なんて何もないのさ。それに君は服を着ているが、私は裸同然なのだ! 私だけ裸を見られてるなんて不公平じゃないか! ずるいぞエーフィー! 人は公平であるべきなんだ!」


 何故至福のシャワータイム中に、自称女性の星形金属に人の平等を語られなければいけないのか。って言うか人じゃなくね? しかも裸とか知らんし。


「ああはいはい、もう勝手にしなさいな………朝から疲れるわねほんと」


「疲れるだって⁉︎ はぁ、酷いや酷いや、ちょっとでも心の距離を縮めようと必死になって考えた作戦だったのになぁ……」


 う、それを言われてしまうと罪悪感が芽生えてしまう。どんな形にしろ仲良くなろうとしてくれた事なのであれば無碍には出来ない。心の隙間に入るのが上手い奴。


「ごめんってば、そんなに悲しまないの。とにかく黙って身体洗わせて。あ、それなら友好として背中流してもらおうかしら」


 一応スポンジは摘めるだろう。昨日タオル摘んでたし。


「お、いいねぇ、任せてよ」


 ヒュロロロ〜と腰の位置にあるスポンジまで飛翔する。何とも違和感のないやり取りである。意外にも気が合うのかもしれない。


 んん? あれ? 空飛んでね?


「何でもありね貴方……。まあ喋るくらいだから空飛んでても不思議ではない……か?」


 何だかその光景はしっくり来た。感情は読むし、空も飛ぶ。やっぱり売却したら高そうである。


「最近の星は皆これくらい出来るかもよ? エーフィーが知らないだけでさ!」


「そっかー、私が知らないだけかってそんなことあるかーい! もういい! もういいよお腹一杯だよ」


「じゃ、お背中流しますねー」


 ゴッシゴッシと随分慣れた手つきで背中を洗うホッシー。

 色々と器用である。


(なんかこの場所でこう言う事するのも久しぶりだな。大叔母様が他界してから3ヶ月。それまでもあんまり背中の流しっこなんてやらなかったけどさ。不思議と安心感があるなー……)


「いいよ、気持ちよかった。ありがとね」


「どう致しまして! これから毎日してあげるからね!」


 毎日か。

 ということは、これから一人でゆっくりお風呂に入る時間が無くなるみたいだ。

 それはそれで、賑やかで良い。


「はーい、それじゃあ今度は私が流してあげるね。後ろ向いてってか後ろどこよ」

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