#10 才能のカケラ








 今日の練習はサーブレシーブ練習。

 サーブ側とレシーブ側にわかれて、サーブを打つ→レシーブをコースに返すの繰り返し。この前の部内戦で思い切りアウトにしたレシーブのいくつかを思い出して、迷わずレシーブ側に回った。


 同じくレシーブ側に太田さんがいたので話しかけようか迷ったけど、普段からそこまで話す方ではないし、昨日あんな恥ずかしいことを聞いて走って帰っちゃった気まずさから躊躇せざるを得なかった。というか私、まず最初に謝罪するなのでは……?

「ねえ太田っち、マジで転校すんの?」

 深雪ちゃんが早速聞いていた。この積極性を見習いたい。テニスにおいても……と思ったけど、深雪ちゃんは超堅実派の後衛だった。案外、性格とプレースタイルは一致しない。

「もう広まってたんだ」

 あ、違うからね、とぶんぶん両手を振る深雪ちゃん。

「あーしは広めてないからね!でも、テニス部以外の人も知ってるっぽいよー?よかったの?」

「……まあ、私、送別会的なものが苦手なだけだから。我慢すればいいだけかな」

「そ。んじゃ、テニス部には送別会されてもいいってことじゃん!」

 まあね、と微笑む太田さんに私まで嬉しくなる。太田さんもテニス部のこと大好きなんだなぁ……嬉しいな。盗み聞きして、そんな思考を巡らせているからレシーブなんてまともに返せていない。

「でもそれならもっと早くに言ってもよかったのに」

「夏の大会が終わってから言いたかった」

「なんで?」

「遠慮されたくない。団体のメンバー決めにしても、本番の個人戦にしても、みんなと勝負するなら全力でやりたい」

「どこまでも武士だ!」とケタケタ笑う深雪ちゃん。うん、どこまでも武士だ。

「ま、あーしらのペアは手加減なんかしないよー。イッチーもそう言ってる」

 にぱっと笑顔になる深雪ちゃん。応えるように口角を上げる太田さん。うんうん、2人は良きライバルだ……こんな2人を引き裂くなんて、神様はなんてイタズラ好きなんだろう。じょほちゃん太田さんがエースとして引っ張る、それに負けないように頑張る深雪ちゃんイッチー尚田ちゃん須藤ちゃん……レギュラー陣だけでもいいチームなのに、じょほちゃんリスペクトでどんどん上手くなる弥生ちゃん、そのペアのテニスオタクのたま子ちゃん、そして私のペアまふっちゃんが競争に割って入る……私はベンチで声出すかたつむり……。

 この10人で、もう一年やれたはずなのにな。

「宮田さん?」

 ひゃいっ!と変な声が出て、舌を噛んだ。太田さんが不思議そうな顔をして「レシーブ返さないの?」とまじまじと見つめてくる。

「あ、あの、太田さん昨日はごめん私あの」

「ちょ、ちょっと」

 ぐいんと腕を掴まれてコート外へずるずる引きずられる。殴られるのかと思って目を瞑ったら「……これ以上変な噂が広まるのは嫌だから、昨日の話はしないで」とぼそっと呟いた。

「も、もう広まってるみたいだけど」

「えっ!」

「なんなら転校の噂と相まって、先生との関係を隠すためにとか変な憶測まで……」

「な、なんという……」

 片手を頭に当てがってため息をつく太田さん。太田さんってすぐ顔赤くなるんだ、「ちょっとかわいい」

「いや声に出てるから!あと可愛くないし!」

 はっ……と口を塞いだときには太田さんはサーブ側へと駆けていった。照れたのか、怒ったのか……。とりあえず練習サボりすぎると先輩にぐちぐち言われそうなのでラケットを構える。

 サーバーに太田さんが入る。トントン、とボールをついてサーブ体勢に入った太田さんから、速い球いくよ!とでも言いたげな、並々ならぬオーラを感じた。


 お、怒ってるー……。


 思わず構え直す。太田さんは空を掴むように伸ばした左手から綺麗にボールを投げる。そして、ボール目がけて頭の後ろからぐわんっと振り回したラケットを叩きつける。衝撃音と共に、ボールが飛んでくる。瞬間に返球体勢を作る。きた!と反応した時には私の右を通過しそうな速球に、右の足を軸足にして踏ん張り、食らいつくように振り抜いた!


 高速サーブを打ち返すと、レシーブも速球になる。瞬間的にじょほちゃんになれるなぁ、なんてぼんやりする暇も与えず、なぜか太田さんはレシーブをさらに返してきた!


 パゴッ


 まさか返球が来るとも思わず中途半端なポジションにいる私は、足元に向かってくるボールをボレーする。パゴッと気持ちの良い音が響いて、ボールは太田さんのバックハンド側へ。太田さんは微妙に反応が遅れて焦ったのか、返球をネットにかけた。


「……うま」


 太田さんは直立不動で目を丸くしていた。それから、「……やっぱ、結構うまいよね宮田さん」呟きながら、背を向けてサーブ位置に戻っていく。その背中からは哀愁も悔しさも怒りも何も読み取れない。大きな背中だなぁと思った。太田さんどころか、ここのコートで練習する同級生みんなの背中が大きくて遠く感じる。

 私の背中には深雪ちゃんの「さおー!?うまいじゃーん!」という黄色い声が届いている。まぐれだけどちょっと嬉しかったりする。


「もう一回」


 またサーブの構えをし始める太田さん。いやいや、そもそも順番が……くるりと振り返ったら深雪ちゃんがにぱっと笑って、

「気にせんでいいよ順番とか。そもそもあーし後衛だからこっちサイドのレシーブやらんし。てか今の足元に来たときのボレーほんとうまかった!あーしにもやり方教えて」

 ボレーの動作をしながら、きゃはっと笑う深雪ちゃんは今日も愉快だ。……というか太田さんと話すためだけにこっちのレシーブ練習に入ってたのかな。


 しぶしぶラケットを構える。


 次はどんな豪速球で来るのかと思って、少し下がったら、太田さんはゆるい動作からポンとセカンドサーブ以下の速度でサーブする。かなり浅めに落ちてくるサーブを丁寧にポンと打ち上げたら太田さんがすごい形相でラケットを構えていた。スマッシュくる……!と思う前に、スマッシュの衝撃音と、遅れて深雪ちゃんの「はやっ」が聞こえた時に、スマッシュを綺麗に決められたことを理解した。


「さ、さすが太田さん……」


 でも多分怒らせた結果なのでラケットをぎゅうと握って言葉を待っていると、


「打ち上げるならもうちょっと深く返したほうがいいよ。宮田さんなら深めから打たれたスマッシュなら多分とれるよ」


 にぱっと、深雪ちゃんみたいに満面の笑みをしていた。


「でも今の勝負は勝ちだからね」


 もはや何で怒って何で喜ぶのかわからないけれど、嬉しそうだからいいや。うん、負けたよ、と私も笑った。


「ねえ、放課後空いてる?」


「え?まあ、空いてるけど」


「ちょっと寄ってこ。話したいことあるから」




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