#8 前衛と後衛






 私たち女子ソフトテニス部の3面のコートは、グラウンドの隅にひっそりとあるせいで、部室からの距離が遠い。練習着に着替えた私は、息を切らせながら野球部とサッカー部が汗を流すグラウンドの脇を抜けていく。理科の先生に用事があって話し込んでいたら練習に遅れてしまった。

 特段テニスが好きなわけじゃないけれど、私は魔具中ソフテニ部の同級生たちが大好きだから、部活はなるべく休みたくないのだ。

 コートに行くともう先生は来ていて、前衛はスマッシュ練習、後衛は乱打の練習をしていた。軽くストレッチをして、コートに入る。

 スマッシュ練習は、球出しをする人がポーンと高く上げたボールを、コース端に設置された目印に向けて思い切り打つもので、とにかく爽快感があって楽しい。まあ試合だと、決めなきゃいけないプレッシャーで、決めた後は爽快感より安心感が勝つけれど。

 今は球出しが太田さんだった。まだフェニックスの2人は来ておらず、とにかく何も考えずに打ちまくった。そしてスマッシュを打つ爽快感だけが脳を支配して、何もかも忘れかけた頃に、須藤ちゃんが「ごめーん」とやってきた。イッチーが遅かったね、と声をかける。

「ちょっと奈々と、作戦、練ってて、」

「作戦?」

 パチリ、と私に向かってウインクする須藤ちゃん。……嫌な予感しかしない。一方のイッチーは夏の個人戦の作戦と解釈したらしく「気合入ってんねー」と嬉しそうだった。私と違ってイッチーは根っからのソフトテニス好きだ。勝ちたいって気持ちもきっと人一倍強いし、情熱量がみんなよりもありそう。そういえば先生が『市川一夏 炎属性』なんてメモを書いていたっけ。確かに炎属性感ある。

 キャプテンの「15分休憩ー!」の合図で散らばったボールを拾ってまとめてコート外の木陰に腰掛ける。首を傾けて水をぐびりと飲む際、大きな木と目があって季節を想う。散った桜の花びらも消えて、なんなら5月も終わりかけている。

「宮田さん、ちょっといいですか?」

 不意に話しかけられたのでびくんと飛び跳ねて、「はっ、はい、いいですけど」が若干裏返る。いや、先生に話しかけられたからびびったのだ。いつ聞こうかなって今少し考えかけたから。というかもしかして私が聞こうとしてることバレた?フェニックスの2人、やらかした?ぐるぐる思考が巡る私を先生が遮る。

「今日一年生の前衛・後衛の振り分けをやるんですけど、それぞれのポジションの説明と振り分けをやってあげてよ」

「ああ、もうそんな時期ですか……。え、でもなんで私?」

「宮田さん誰にでも優しそうだから。1年生も話しやすいかなって」

 とんだ誤解である。私は特定の人にしか優しくしないタイプだ。でも断るわけにもいかず、休憩後に8人の1年生の前に立たされた。

「1年生も練習にもそろそろ慣れてきたということで、前衛・後衛の振り分けをやるねー」

 8人分の視線が痛い。私は人前に立つのとか、目立つのとか、かなり苦手な方なのでシンプルに辛い。そういえば私たちの代のキャプテンは誰になるんだろう。イッチーかな。イッチーだろうな。副キャプテンは……尚田ちゃんとかいいかも。しっかりしてそう。


「知っている人はいるかもしれないけど、ポジションの説明をするね。前衛は、基本ポジションはコートの前の方……ネットに近いところ。ネットプレイヤーなんて呼ばれたりすることもあって、比較的華があるポジションかな。ソフトテニスの基本戦術は、後衛がつないで前衛が決めることだから。ノーバウンドでボールを返す「ボレー」や角度を付けて思い切り打ち込む「スマッシュ」で、得点を決めにいくのが前衛の仕事。積極的な人とか、背が高い人とかは向いてるかな」


 私は後衛希望のまふっちゃんとペアを組みたくて前衛にしたっていう不純な動機だけど。


「後衛は、基本ポジションは後ろ。ラリーを繋げたり、相手前衛の頭を越すロブを打って、相手の陣形を乱してチャンスボールを打たせたり、時には自分で決めにいくこともあるかな。後衛は一つでも多くのボールを取れた方がいいから、足が速い人とか、粘り強い人は向いてるかな」


「じゃあ前衛と後衛どっち希望するか、わかれてみて。前衛希望はこっちに、後衛希望はこっちにー」


 先生や先輩からは8人なのでなるべく比率が4:4になるように、と言われているので、お願いだから2:6とか面倒なことにならないでよーと心内で思ったのが災いしたのか、残念ながら3:5で前衛希望の方が多かった。こういう時は1人後衛にいってもらうしかない。優しい人にこの仕分けを担当させるのはいかがなものだろうか、雪之丞先生。いや、私優しくないから適性あるのか。

 ちなみに1年生の名前が1人も分からない。深雪ちゃんやイッチーなんかは気さくに話しかけているけれど、私は誰一人として喋っていないから性格もわからない。仕方ないので一番ちっこい子を後衛にさせるしかないか。

「えーと……一番右の子、悪いんだけど後衛どうかな?」

「えー!絶対いやですー!」

 うわー、わがままな子引いちゃったー。面倒すぎる。

「だって私、ボレー得意だし、積極性も間違いなくありますもん」

 プイ、と横を向くちびっ子。別に私も身長が高い方ではないけど、この子は130半ばくらいしかない。

「……でも身長低いよね」

「これから伸びるかもしれないじゃないですか!」

「あの〜……」

 のっぽの女の子が手を挙げる。「私、全然後衛でもいいですよ。積極性とか全くないので」

 こんな状況で真っ先に名乗れる子は積極性の塊だろう……というツッコミは眠らせて、とにかく面倒ごとが嫌なので「ごめんね、お願い!」とその子に後衛に回ってもらった。ちびっ子はまだ私をにらんでいる。多分、身長低いって言われたのを気にしているのだろう。私は無視して、「じゃあ明日から前衛と後衛それぞれで練習メニュー変わるので、注意しといてねー」と言って、自分の練習に急いで戻った。先輩とか後輩とかぶっちゃけどうでもいいな。私は同級生たちとテニスが出来たらそれでいいのだから。



 練習終わり、「おつかれー。どう?1年とあんまり喋ってなかったでしょ」と雪之丞先生が声をかけてきた。

 最初から私と1年を交流させるのが目的だったか、先生。すごい無害そうなのに何考えてるか分かんない時あるんだよなぁ、話しやすくていい先生だけど。と思いながら、太田さんの顔がちらつく。

 ちなみにフェニックスの2人には練習中に情報共有された。最近は先生と太田さんはよく話し込んだり、一緒に帰っていたりするとかしないとか……。だから作戦としては先生に相談がある、と1人ずつ押しかける。そこで太田さんが未だに帰らずに残っていたら黒なので問い詰める。……ほぼパワープレイである。話しかける順番は私が最初らしい。まあ、ちょうどいい。生意気な1年生について文句の一つでも言おうと思っていたところだ。


「先生、ちょっとこの後話したいことあるんですけどいいですか?」


「あー……まあいいけど」


 あー……の間は、太田さんのことを考えた間なのだろうか。というか本当に先生、太田さんと……?特に嫉妬とかはないけれど、すごいムズムズする。めっちゃ聞きたい、先生は太田さんのどこが好きなのかとか、どういう経緯で……とか。恋愛したいなんて全く思わないけど、禁断の恋ってドキドキするっていうか、なんていうか。


 

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