#4 前衛アタック





 5月23日。日曜日。夏の大会メンバーを決める部内戦の日だ。

 中学のソフトテニスではシングルスはないけれど、これがシングルスなら間違いなく私は部活を休んでいただろう。今、私が重い足取りで学校に赴いているのは、ペアのまふっちゃんにチャンスを与えられないのは申し訳ないからである。

 そもそも、じょほちゃんたちに勝ったところで私たちはいつも2年の5ペア中4位か5位の実力なわけで。

「は〜……」

 とため息をつきながら、正門をくぐる。


 コートに着くと、町田弥生ちゃんが既にアップを始めていた。……なぜかボクシングのシャドウをしている。猫がねこじゃらしで遊んでいるみたいにシュシュッと両腕を交互に繰り出す。

「弥生ちゃん、それ……」

「あ!さおりちゃんおはよう」

 これはね、じょほ姉がアップでやると気合が入るって言ってたから……と猫パンチを繰り返しながら答える。弥生ちゃんはじょほちゃんを慕っていて、テニスの考え方とかプレイについて聞きまくっているらしい。ただ、じょほちゃんはかなり電波系なのでアドバイスがまともかどうかは怪しい。

 この前も、「じょほちゃん、コースの打ち分けうますぎ。相手の動き見ながらあれだけの球打てるってすごいよ」って言ったら、「上から見たらアートな感じになるように心がけてるから」という斜め上の返事がきた。天才少女はよくわからない。

「おはよー」

「あ、まふっちゃんだ!おはよ!」

 まふっちゃんも到着早々、シャドウする弥生ちゃんを見て、「……昨日ボクシングのテレビ中継とかあったっけ」と指差しながら私に尋ねる。弥生ちゃんは「真舟さんおはよう!」なんて言いながらアッパーやらも混えながらアップ?を続ける。

「やよちゃん、やってるんだ」

 という低めの声がして振り返るとじょほちゃんで、「じょほ姉!アッパーはオリジナルだけどね!」と弥生ちゃんは得意げだ。

「もう少し下半身を使って、こう」

 と言いながらステップを踏んでストレートに伸ばす右腕が白い。じょほちゃんの体のパーツは一つ一つに積雪しているみたいで、唇だけが健康的に紅い。ちょっと魔女みたいって心の中で思ってることは私だけの秘密。


 そのうち、わらわらと先輩や1年生も来て、最後に先生がふらふらとやってきた。3年生の「集合!」が叫ばれるまで、じょほちゃんと弥生ちゃんはシャドウを続けていた。アップで疲れちゃうよ、ほんと……。


「今日は夏の大会メンバー選考の日です。2年生は残された2枠を掴み取るために頑張ってください。3年生は最後の調整のつもりで部内戦頑張って。1年生はここ1ヶ月でルールと審判のやり方について教えられたと思うから、今日は審判をお願いします。自信持ってやればいいと思います」


 それから30分程度のストローク練習、サーブ・レシーブ練習を経て、いよいよ部内戦が始まろうとしている。

 部内戦はいつもと同じ総当たりで、全4戦。私たち真舟・宮田ペアは初戦でいきなり城・太田ペアとやることになった。

 いきなりか……と思う私をよそに「やれるだけやるしかない、よね」とまふっちゃん。ほんまかっこいいわぁ、この子。というか愛おしい。

「で、では、ただいまより城・太田ペア対真舟・宮田ペアの試合をおこないます」

 という緊張した1年生審判にがんばれ!と心の中で念じつつ、サーブレシーブとコートが決まり、試合前1分程度の乱打を開始。

 ちなみにコートの後ろには城・太田ペアの調子はどんなもんかと確かめる2年生や、手が空いている1年生ギャラリーと、コーチ面した先生がいる。反対の方にも弥生ちゃんのペア含む何人かの2年がいて、本当の試合みたいに応援をし始めた。


「いっけーいけいけいけいけ魔具中!」

『いっけーいけいけいけいけまぐちゅう!」

「おっせーおせおせおせおせ魔具中!」

『おっせーおせおせおせおせまぐちゅう!」


 応援とかあんの、教えて。とでも先生が言ったのだろう。こちらの後ろでも同じ応援が始まってちょっと恥ずかしい。


「いけいけまふね!」

『いけいけまふね!』

「おせおせさおり!」

『おせおせさおり!』

「いっきゅーにゅーこん!」

『一球入魂!』


 の手拍子の後、審判の「レディ!」という声で乱打をやめて、最初にサーブを打つじょほちゃんの元に2球のボールを打って渡す。


「5ゲームマッチプレイボール!」


 の掛け声で、はーい!ともこーい!ともえーい!とも判別のつかない大声を出して、構える。最初のレシーブはまふっちゃんで、私は前衛だけど、フォローするためにあまり前に出ずに備える。


 ーーなぜならまふっちゃんはいきなり前衛をアタックするのだから。


 そして、じょほちゃんから放たれた綺麗な球筋のファーストサーブ。これを、まふっちゃんは思い切り、前衛の太田さん目がけて強振する。じょほちゃんのサーブは若干浅くなり、まふっちゃんと太田さんの距離が近い。これなら、もしかしたらーー


 パンッ!


 パチッ!


 テニスは一瞬のスポーツだ。

 打球音のあと、すぐに打球音がきて、太田さんが完璧に前衛アタックをブロックした!と反応した束の間、もうボールは私の右横を通過しようとしている。追いつこうと右腕を伸ばしたときには太田さんの「よっしゃー」が聞こえて、もうボールはツーバウンド済みだ。


 ほらー!先生ー!そんな簡単に前衛アタックなんて成功しないじゃん!


 と後ろを振り返ると、ここからでしょ。とでも言いたげにニンマリしている。先生コートに立ってみなよ。太田さんは私たちの10倍くらい上手いしやっぱ無理だって……。


「ごめーん。あんまり速い球打つの得意じゃなくて、」


「ううん、太田さんが上手すぎるだけだから気にせずいこう。それに、まだ1点だし」


 と言いながら、すぐ点を積み重ねられて終わるんだろうなぁと思う。5ゲームマッチなので、先に3ゲーム選手したほうが勝ちで、1ゲームは4点。3-3になったらデュースで、先に2点取ったら1ゲーム取れることになるが、まあ「4-0」「4-1」「4-2」とかであっという間に終わりだろう。試合が長引く気すらしない。


 私のレシーブの時も、作戦は同じだ。


 じょほちゃんのサーブを、太田さんに向けて強打!


 構えて、なるべく太田さんの方を見ず、振り上げたラケットを、ボールにぶつける!


 強振したラケットがボールに当たると、パッ!と乾いた音をさせて、大きくコート外へ返球はアウトになった。


 まあ、今の私の実力はこの程度である。


「どんまーい」とまふっちゃんや外野から声がかかる。私も先生に「どんまい」と言いたい。第一、私たちじゃなくて深雪ちゃん・イッチーペアにでも声をかけたらよかったのに。イッチーなんか、打倒じょほ太田!って燃えてるし。


 それから太田さんの強烈なファーストサーブが2球連続で私たちに襲いかかり、1ゲーム目を0-4で取られる。まさしく予定通りである。コートチェンジをしようと逆サイドに向かおうとしたら「さおー!」と深雪ちゃんから大声で呼ばれて振り返る。


「なんか、せんせーが呼んでるー!」

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