クロスラケット

サンド

夏の大会編

service:桜織

#1 瞳



 ぽぽん、とボールを弾ませてサーブの構え。既に一球サーブを外して、セカンドサーブ。入れなきゃ、入れなきゃ、と点滅するような気持ちで、緊張感が走っていた。ボールを宙空に上げ、ラケットで軽く叩く。虚しげな音をさせて飛んでいったボールは無残にもラインを越えていく。


「フォルト。ダブルフォルト!」


 しっかり外し、ダブルフォルトで点を取られて試合が終わる。ペアのまふっちゃんに「ごめん……」と謝りながらネット前に集合。


「城・太田ペアVS真舟・宮田ペアの試合はゲームカウント3-0で城・太田ペアの勝ちです」







 コート外の日陰にどっと倒れ込んだ。部内戦とはいえ、ダブルフォルトで終わるのは情けなくて悔しい。ペアのまふっちゃんに申し訳ないし。


 まふっちゃんは日陰にいる私にトテテと素早く駆け寄り、無言でタオルを渡した。ごめん……しか言えない私に首を振って、


「城さんも、太田さんもすごいから」


 と微笑んだ。それには同意だ。頷くしかない。でも、まふっちゃんもすごいんだよ? 後衛に必要な粘りも根性もあるし、私がそれを生かせない前衛だから、勝てないだけ。


 日陰は、桜の木が作っていた。

 芽吹くピンクのじゅうたんに寝転んだら、春の匂いが鼻腔をくすぐって、一年前を思う。

 去年ここで桜を見た頃は、生き生きしてたなぁ。ちょっと周りより運動神経が良かっただけで。

 今では2年生の中では、5ペア中最下位の実力だ。今日の2年生間の部内戦はいつも通りの結果だった。


1位……城・太田

2位……尚田・須藤

3位……白石・市川

4位……町田・神楽

5位……真舟・宮田


 新しく来た雪之丞という顧問も、今日の試合で序列を決めてしまっただろうか。

 まふっちゃん、ほんとは3番手くらいの実力があってもおかしくないのにな。

 まあ他の人もみんな上手いんだけど。


「しゅーごー!!」


 キャプテンの大声がして、「はい!」とまふっちゃんと声を揃えて返事。急いでコートに駆け寄る。中心には、今日からうちの顧問をする雪之丞先生がいた。


「すげーなさすが運動部。集合も早くて草だ」


 え?先生、運動部経験者じゃないのかな?

 隣の深雪ちゃんは「いやセンセ口調きも! おもしろ!」と手を叩いて笑う。何人かがつられて笑いの渦が起こる。深雪ちゃんは中2にして耳に穴を開けたハイパーギャルで、でも明るくていい人だ。私みたいな隅っこをちょろちょろしているかたつむりにも、

「ね、あーしの新開発サーブ受けてくれん?」

 なんて言って、レシーブを頼まれることも珍しくない。そんな彼女は部内では3番手で、市川一夏ちゃん(あだ名はイッチー)とペアを組んでいる。この2人は、コート外でもペアって感じだけれど、私とまふっちゃんも似たようなものだ。


「いやぁ、ごめんね先生オタクなもんで。で、今部内戦ある程度見せてもらいましたけど、よくわかりませんでした」


 2年に関しては今日の部内戦の結果がそのまま実力なんだけどなぁ、と思う。


「まあというのも、ぼくソフトテニスどころか運動部すら経験ないんでね。さっぱりわかりませんでした」


 え、まじ……? 落胆に近い声を出す3年生一同。

 私たち2年は「センセ、やば!」と腹を抱えて笑い出した深雪ちゃん、「そうだったんですねー!」とニッコリする須藤絵里ちゃんを筆頭に、各々のリアクション。

 ラケットのガットを整えながら、今日はまずまず綺麗な球を打てたなぁ。と呟いて、話すら聞いていない子もいる。


 ーー城歩実ちゃん。


 私は、じょほちゃんと呼んでいる。私たちの部で1番の天才にして実力者。今日も安定の一位だったし。私もああいう不思議キャラになれば強くなれるだろうか。いや、変なアニメにでもハマった?って言われるだけか。


「ごめんよ、特に3年生。本や動画を見て、ルールはもちろん、戦術面を重点的に学んでいきます。共に頑張っていきましょう」


 ーーなんとなくだけど、そう言った先生のブラウンの瞳がいいなって思った。


 スポーツのことわからないなりにやる気はあるんだなぁ、とぼんやり思う。のびのび生きていたり、輝いている人は好き。先生の瞳にも私の好きそうなオーラが宿っているような気がした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る