第16話 黄昏の笑顔

 その帰り道。

 家の方向が同じということで、途中まで水無月と一緒に帰ることに。

 別れ際、なぜか神白はにやにやしており、早見はぷくっと頬を膨らませていた。


 もう少し歩いた先にある交差点で、俺は右に、水無月は左に、それぞれ曲がらなければならない。

 家の場所を聞いてみると、それほど遠くないことが分かった。


「そう遠くないみたいだし、家まで送ってく」

「ううん。まだ明るいし、大丈夫だよ」


 水無月は首を横に振りながら、そう言う。


「それもそうか。でも、気をつけて帰れよ?」

「うん、ありがとう」


 俺は水無月の言葉を聞き入れることにした。

 確かにまだ日は沈んでおらず、一人で帰ってもさほど心配することはないだろう。それに、男が家に来ることに、抵抗もあるかもしれない。


「……そういえば今日って、数学の課題あったかな?」

「ん、確か練習問題がいくつかあったはずだ」

「そ、そうだったね」

「おう」

「「……」」

「……明日の三限、自習らしいな」

「うん、先生が出張に行くからいないんだって」

「そうか」

「「……」」


 相変わらずコミュニケーションが下手な俺たち。

 そのまま数分沈黙が続く。

 とぼとぼと歩みを進め、やがて交差点にたどり着くと、水無月が渡る横断歩道の信号が青に変わるのを待つことに。


「冷くんは優しいね」


 すると、水無月は唐突にそんなことを言った。

 しかし、発言の意図がさっぱり分からない。


「そんなことないと思うぞ」

「そんなことあるよ。冷くんは困っている人を助けてあげられる、優しい人だよ。少なくとも、姫雪ちゃんはバスの中で冷くんに救われたわけだし、それに私だって……」


 私だって、の続きはおそらく放課後の教室で仕事を手伝ったことだろう。

 確かに早見や水無月を俺が助けたことは事実。

 だが、俺は困っている人を進んで救う正義の味方でも何でもない。


「それは買いかぶりすぎだ。早見や水無月を助けたのは、たまたまだ。偶然、俺がそこに居合わせただけで、もし他の人がそこにいたら同じようにしてたと思うぞ」


 そう。全ては偶然に過ぎない。

 ただ俺だったってだけで、俺じゃなくても構わなかったこと。


「……それでも、あの時私を助けてくれたのは、他の誰でもなくて、冷くんだよ」


 水無月は俺の目をその真摯な眼差しで見つめる。

 

「そうか……」

「うん、そうだよ」


 そんな風にストレートに言われれば、俺だって照れが生じてしまうもの。

 よって、それを隠すためにそっけない態度をとってしまうのも仕方ないこと。

 しかし水無月は、そんなことはお見通し、といった様子でほほ笑んでいる。

 まったく。どうも調子がくるってしまう。


 やがて、信号は青に。


「ほら、信号変わったぞ」

「あ、ほんとだ。それじゃ、また明日ね」

「おう」


 水無月は、俺に軽く手を振ると、信号を渡ろうと歩き出した。

 が、その寸前で一度立ち止まると、こちらを振り返り。


「冷くん!」

「? どうした?」

「これからも、よろしくね!」


 華やかな笑顔を浮かべ、そう言った。

 それに対し、俺は。


「こちらこそ、よろしく」

 

 驚くほど、すんなりとその言葉が出た。

 そして、言ってから気づく。俺は、彼女とこれからよろしくやっていこうと思っているのだ、と。


 少し前の自分なら考えられないな。

 どうやら自分でも気づかないうちに、少しずつ変わっているらしい。


 水無月は満足そうな表情をし、足早に歩き出す。

 俺はその後ろ姿が見えなくなるまで、見送っていた。


 黄昏色の空を背景に、笑顔でこちらに振り返る彼女の姿は、それはそれは絵になった。

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