第13話 「それな」と「あーね」って便利だよな

「それでは、行きましょうか」

「おい、ちょっと待て」


 放課後になり教室から出るやいなや、待ち伏せをしていたであろう早見に手を握られ、彼女はそのまま俺を連行するように歩き出した。


「はい、どうしましたか?何か問題でも?」


 真顔で首を傾げながら、そんなことをのたまう早見。


「どうしましたか、じゃねーよ。問題だらけだ。状況を全く理解できない」

「約束したじゃないですか。また話を聞いてくれる、と。」


 確かに先日のチャットの件で、話くらいなら聞く、と約束をしていた。


「したけど……。今日するとは聞いてないぞ?」

「今、言いました」

「おい。俺の予定は無視かよ」

「でも、どうせ何もないですよね?」

「いや、あるかもしれないだろ。俺にだって、予定の一つや二つくらい」

「ある『かも』と言ってる時点で、ないということです」


 早見は、「何を言ってるんですか?」とでも言いたげな顔をして、俺に予定がないことを決めつけてくる。

 まあ、本当にないんだが。帰宅部かつバイトもしていない俺のスケジュール表は、真冬の北海道の雪原の如く年中真っ白。


 それにしても、俺に対して遠慮がなさすぎるというか容赦がなさすぎるというか。もはや気を使う間柄でもない、ということだろうか。

 ……いや、それにしても使わなすぎだろ。


 そして、気になる点がもう一つ。


「それで、どうして手を握る必要がある?」

「そんなの決まってるじゃないですか。紫吹さんが平気で私のことを無視するような人だからです」

「お前さてはけっこう根に持つタイプだな……?」


 思い当たる節が多すぎた。

 そもそも、早見が俺を探しに教室にきたほぼ初対面の時ですら、スルーしてそのまま帰ろうとしていたくらいだ。弁明の余地もない。


 それで俺が逃げられないように、手を握ってきたというわけか。早見も、俺の扱い方が上手くなったものだ。史上二人目の『紫吹冷検定』の一級保持者になることもそう遠くなさそうだ。ちなみに、一人目は妹の琴葉ことは


「さあ、行きましょう」

「……そうだな」


 俺はしぶしぶ了承した。

 約束したのは事実だからな。それを破るつもりはない。それに、今俺たちが会話をしているのは教室前の廊下。これ以上ここに留まることはリスクでしかない、と判断。

 早見は俺と繋いだ手を離すことなく、歩き出す。


「もう手を離してくれ。逃げるつもりはないぞ」

「嫌です」

「お前なぁ……」


 はぁ、と小さくため息をつく。

 まだ俺が逃げると思っているのだろうか。


 俺の一歩分前を歩く早見の口元を綻ばせた顔を見てしまえば、これ以上とやかく言う気は起きず。しばらく手を握られたままでいることに。

 しかし、恥ずかしいものは恥ずかしい。女の子と手を繋いで歩くことなんて幼稚園以来。その小さな手の柔らかさや温かさを直に感じ、羞恥心が起こらないはずもない。


 俺はポーカーフェイスを駆使してそれを悟られないようにし、辺りに軽く視線を向ける。

 やはり、ただ廊下を歩いているだけで注目を集めてしまっていた。「白雪姫が男と手を繋いでる!?」だの「なんであんな死んだ魚のような目をしている奴と!?」と言った声が聞こえてくる。

 目は生まれつきだ。ほっとけ。


 俺は周囲からの目を気にしないよう努めることに。

 そのせいだろうか。この時、学級委員長の女の子が後ろから俺たちを見つめていることに気づかなかった。





 やってきたのは毎度お馴染み、学校から徒歩15分ほどの距離にあるスノバ。手早くドリンクを注文し、テーブルに着き、雑談を開始する。


 主に俺は聞き手に回っており、早見が言ったことに対して「それな」とか「あーね」とか適当に相槌を打っている。そんな俺の雑な対応に嫌な顔一つせず、早見はさらに会話を続ける。


「──それで、猫ちゃんを飼いたいなと思ってお母さんにお願いしてみたんですけど、世話が大変だからと断られてしまって……。紫吹さんは犬と猫ならどっち派ですか?」

「それな」

「……。」


 早見は無言で俺にジト目を向けてくる。


「質問した時くらいちゃんと答えてくださいよ……!」

「すまん。この抹茶ラテうめーってことしか頭になかった」

「そうですか、私は抹茶ラテ以下ですか……。」


 そんなことは言ってないが、仕方ないじゃない。本当に美味かったんだもの。

 げんなり落ち込む早見をよそに、抹茶ラテをさらに一口ごくり。はぁ、幸せだ……。このほのかな抹茶の香りと絶妙な甘さが癖になりそう……。


「本当に美味しそうに飲みますね……。なんだか私も飲みたくなってきました」

「ん?それなら、飲んでいいぞ。あ、全部はダメだからな」


 そう言ってカップを前に差し出す。

 しかし、早見はすぐにそれを受け取ることはせず。


「……これは、間接キスになってしまうのでは……?」


 と、カップと俺を交互に見ながら、もじもじしている。

 しかし、それなら何も問題はない。


「あ、そっち側は口つけてないから気にしなくていいぞ。もちろん、俺もこっちしか使わないから」

「……少しは意識してくれてもいいんじゃないですか?私では、そんな気すら起きないということですか?」

「そうは言ってないだろ……」


 理不尽だ。女心って難しい……。

 

 意識することすらバカバカしいと思ったのか、早見はカップを手に取り、その小さな口をつける。


「……ん、美味しいです。お礼に、私のコーヒーも飲みますか?」

「いや、俺苦いの飲めないから。お構いなく」

「紫吹さんは、まだまだお子様ですね」


 そう言って、ふふっと小さな笑みをこぼしている。楽しそうで何より。

 するとその時、二人の女子の声が耳朶を打った。


「あれ、紫吹くんと早見さんじゃん」

「わ、わー。ぐ、偶然だねー」


 声の主は水無月ひよりとその友人の女子だった。ちなみに、大根役者さながらの棒読みをしていた水無月に視線を合わせると、目がきょろきょろと泳ぎまくっていた。

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