村長、不意打ちを食らう。

「若井くんありがとうね」



「いえいえ、俺これでも村長のことを尊敬しているんですよ。だから例え村長が役所を辞めたとしてもお手伝い出来ることがあるのならどこへでも行きますよ」



 若井くんには感謝してもしたりないだろう。

 彼は私が役所を辞める時、最初こそは考え直してほしいと言ってくれていたが、私の決意が固いと知るやすぐに味方になってくれた。



 そもそも、この村のことをすべて引き受けることを条件に提案したのは若井くんで、私はそんなこと思いもつかなかった。

 しかしそれなら。と、区役所も承諾してくれ、現状に至るのだが、そこまで面倒をかけてしまったのにそれ以降も度々力を貸してくれ、今やこの村になくてはならない存在になっているのは明白だろう。

 もう少しベリルさんと仲が良ければいいが、どうにもお互い一歩も譲らない様子で先は長そうだ。



「あ、村長今度一緒に飲みに行きましょうよ」



「そうだね。あ、そうだ今日服も買ったし、数子ちゃんたちも連れていけば喜ぶかも」



「ああいいっすね、あでも、俺愚痴っちゃいそうで」



「それだと数子ちゃんたちが退屈しちゃうかもね。それなら2人で行こうか」



「はいっす! まあチビたちとはまた別の機会にもっと子ども向けな場所に連れていきましょうよ。俺、リサーチしておきますんで」



「本当かい? 助かるよ」



 任せてくださいと頼もしい言葉を受けたが、彼の車が見えてくる。

 若井くんは夕食を一緒にとった後、数子ちゃんたちが眠るまで遊んでくれ、夜遅いにもかかわらず嫌な顔一つしない。

 ベリルさんもそんな彼をある程度は認めているのか、村から車が置ける箇所までの道のり、街灯などの明かりがないにもかかわらず道が明るく、彼女の力によって安全が確保されていることがわかる。



「明日も早いでしょう? 何だったら明日役所に顔を見せがてらお弁当でも持っていこうか? 体力がつくものを作っていくよ」



「本当ですか? 俺村長の料理好きなんすよ」



 喜んでもらえて何より。私は明日の昼食を約束すると彼が車に乗り込もうとするのを見届ける。

 しかしふと、彼の視線が私の首元に向いており首を傾げる。



「本当、あの狐のこと大好きっすよね。ここまであからさまだと戻ってきてほしいなんて言えないっすよ」



 私は困惑する。一体若井くんは何を言っているのだろう。

 すると彼は私のネックレスを指差し、小さく笑い声を上げた。



「イエローベリル、ゴールデンベリルって言うんでしたっけその石? まさか身に着けるとは」



「……」



 私は唖然としてしまう。

 顔が火照って赤くなるのがわかる。ベリルさんはこのことを言っていたのかと緩みそうになる口元を手で覆い、視線を伏せてしまう。



「……あ〜もしかして無意識っすか?」



「うん……」



 若井くんが頭を掻き、どこか照れたように視線をあちこちに投げた。



「言わないほうが良かった感じっすね。ま〜たお狐様にどやされそうだ」



「ご、ごめんね」



「いやいや、村長の珍しい顔が見られたんで良かったですよ。そんな顔もするんすね」



「か、からかわないでよもう。あ、あとこのことは――」



「ええ、狐さんには黙っておきますよ。そんな顔、見せたこともないでしょうからね」



 私は若井くんに礼を言うと今度こそ車に乗り込むのを見届けた。



「それじゃあまた、次はゴコちゃんに頼まれた最新のゲーム機でも持ってきます」



「う、うん、でもあんまり甘やかさないようにね。ゴコちゃんはその辺り際限なさそうだし」



「ういっす」



 そう言って若井くんが車を走らせて行ってしまった。

 私はまだ熱くなった頬を撫でると少し散歩しようと思い、道を外れて歩みを進める。



「ああ、やられちゃったなぁ。このことをあの時ベリルさんに問い詰めなくて良かったよ」



 私は安堵の息を吐き、空を見上げる。

 星空がよく見え、夜の帳が熱暴走を起こしたような頭を包んでくれる。

 あとは外の空気がその熱を冷やしてくれるのを待つだけだが。しかしふと視線を感じ、私はその気配を追った。



「あれは?」



 視線を移すとそこには狸がおり、私はつい手を伸ばしてしまう。

 だが、ガサガサと藪が鳴ったために手を引っ込め、身構えてしまう。



「ウチの包囲網からは逃れられないのです〜」



 すると藪から顔を出したのはゴコちゃんで、私は胸を撫で下ろす。



「ああゴコちゃんか。熊でも出たのかと思ったよ」



「べ、お母様が村長さんが道を外したから様子を見てこいって〜、だから来ました〜。まあ嘘ですが〜。本当はずっといました〜。甘やかしてくれる人は大歓迎です〜」



 先ほどの会話を聞いていたのかと苦笑いを浮かべるのだけれど、私は1つ気が付いてしまう。先ほどの会話を聞かれていたということは、それすなわちベリルさんに知られたくないことも知られているということで。

 チラりとゴコちゃんに目を向けるとにんまりと子どもらしい可愛い笑顔を浮かべており、私は乾いた笑い声を返す。



「あ〜ウチ、最新のゲーム機がほしいな〜、もし許されるのならウチ自らゲーム屋に赴いて選びたいな〜」



「……明日、若井くんにお弁当を届けるんだけれど、時間が余っているんだ。よかったら一緒に行くかい?」



「わ〜本当ですか〜。言ってみるものです〜」



 喜ぶゴコちゃんを前に私は諦め気味にため息をつく。屈してしまったことを明日なんとベリルさんに言い訳をするべきか。そんなことを考え、ゴコちゃんと手を繋ぐ。



「それじゃあ戻ろうか」



「はい〜……ゴールデンベリルですか〜」



 私は吹き出してしまい、うらめしげな目をゴコちゃんに向けるのだが、彼女はそんな視線をなんでもないように躱し、手を引っ張っていくのだった。



 私は頭を抱え、しばらくは彼女の言いなりになるしかないだろうと明日からの生活に覚悟するのだった。



 そしてゴコちゃんに手を引かれ、私は先ほどの狸がいた箇所に目を向けるのだが、そこには何もおらず、逃げてしまったのだと結論付けた。



 明日からも変わらないだろう生活に、否、少し贔屓をしなければならない生活に対応していこうと決意を持って最早自分の家となっている村へと戻るのだった。

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