そのセンスは金色か?

 服を買いに駅前まで来たのは良いが、正直私自身服に頓着がない。役所勤めだったこともあり、普段からスーツを着ていればそれなりに気を遣わなくてもよかった。

 ましてや子どものお洒落などどう選べばいいのか考えもつかない。



 念の為助っ人になりえる人物に相談のメッセージを送ったが、返事はなく仕事に忙しいだろう彼の助力は期待できない。

 ここはベリルさんに頑張ってもらうかとファッションビルのブティックが多く並ぶ階層に足を留め、彼女に期待を込めた視線を送る。



「なんだ?」



「いえ、正直女の子の服はわからないので、ベリルさんに任せてもいいですか? 一応ニコちゃんに連絡をとりますが」



「まあ期待しておくといい。私のせんす? に脱帽するがいいぞ」



 楽しみにしていると近くのブティックに入って行ったベリルさんの背中に告げ、私は辺りを見渡す。

 こういうところに来たのはいつぶりだろうか? 一応男性用の服が売っている階層もあるが、村にいてもスーツしか着ていないので縁がないといえばない。

 強いて言うなら寝間着くらいだろうか? しかしそんなものネット通販で手に入り、ここで買うこともない。



 しかしふと、ブティックが並ぶ中で目を引く店があった。

 アクセサリーショップだろうか? 私はブティックに入ったベリルさんをチラりと見ると彼女は楽しげな顔をして服を選んでおり、邪魔をするのも悪いと思い、1人でアクセサリーショップへ足を進ませる。



 店内には所謂パワーストーンを加工したアクセサリーが売っており、ショーケースに飾ってある石に私は目を奪われた。



「何かお探しですか?」



「ああいえ、このネックレスなんですが……」



「ああへリオドールですね、気持ちを前向きにしてくれるなんかの効果がありますよ。贈り物ですか?」



 この石は何故か自分で持っていたいと思えた。この金色にも見える石に特別な意味を見出したわけではないが、そばに置いておきたいと思ってしまった。

 私はそのへリオドールのネックレスと目に付いた別のパワーストーンを購入すると、それを手にベリルさんの下へ行こうとする。



 ところが、どこからか私を呼ぶ声が聞こえ、首を傾げて辺りを見渡す。すると突然腕を掴まれ、私はつんのめってしまう。



「すいません村長、ここにいるかなって急いできたんですけれど、見つけられてついテンション上がっちゃって」



「おや、こんにちは若井くん、わざわざ来てくれたんですか」



 私の腕を掴んだのは若井くんだった。

 彼は私が村へ住み始めてからも度々協力してくれ、私もつい彼に頼ってしまうことが多くなった。

 そんな彼だが、両手に紙袋を持ち、その袋がぱんぱんになっていた。



「買い物かい?」



「いえいえ、必要かと思って。服っていうと多分ニコちゃんですよね? それならこういうのでもいいかなって」



 この手のことに詳しいのは若い人、そういう理由もあり若井くんに今回のことを相談したのだけれど、年齢的なこと以外に彼には小学生の姪っ子が二人もおり、私よりも数子ちゃんたち、特にニコちゃんに関しては頼りになる。



「それじゃあさっそく行きましょう。あの人数に服を買うとなるとものっすごいお金かかっちゃいますから」



 そう言って若井くんが私の手を引っ張り、ファッションビルから出ると言うのだが、私は手を引かれながらちょっと待ってほしいと声をかけ、ベリルさんのいるブティックを指差す。



 すると彼は露骨に嫌そうな顔をし、置いていきませんかと無茶を言う。

 そんな彼に店内にいたベリルさんが気が付き、したり顔で若井くんに近づいていく。

 この2人、どうにもウマが合わないらしく、度々口喧嘩をしておりここひと月で最も関係性が変化した2人と言えるだろう。

 若井くん、最初の時はあれほど怖がっていたのにどういう心境の変化でベリルさんに喧嘩を売るようになったのだろうか。



「なんだ若いの、来てたのか? 生憎ながらこのタイミングではお前はお邪魔虫でしかないぞ。どうせ役に立てると先走って連絡もせずにここに来たんだろう?」



「この化け狐め……その尻尾でもここに売りに来たんすか? 加工前のものは買い取ってくれないと思いますよ」



「お前の皮膚をかっさいて売りつけたほうが高値で売れると思うぞ。人間は同族に随分と金を落とすからな」



 子どものように頬の膨らませる若井くんに、勝ち誇った顔で胸を張るベリルさん、なんとも平和的な光景につい顔を綻ばせてしまう。



 しかし私はベリルさんの持っている服について聞かなければならず、いつまでも見ていたいこんな光景を心に留めながら彼女に近寄る。



「ベリルさん」



「なんだ、私は今機嫌がいいからなんでも聞き入れてやるぞ」



「そうですか? では1つ、その服はちょっと私でもわかるほどにダサいので返してきてください。ニコちゃんが泣いちゃいます」



「……」



 無地のTシャツにデカデカと狐っ娘と書かれているものとオシャレ! と書かれているもの、三角座りの少年がプリントされたもの、麻神と書かれてマスクをかぶった男が包丁を2本持ち口に1本咥えている絵が描かれたもの、シエスタと布団に包まる男が描かれているものなど、どこで選んできたのかと問い詰めたいレベルのTシャツをベリルさんは持っていた。



「は? あんたそんなものをあの子たちに着せるつもりだったんすか? ないわ〜」



「よ、要望通りだろうが! まったく、このセンスがわからないとかやはり人間は駄目だな」



「ベリルさん一体どうやって自分の服選んだんですか?」



「これは元からこういう服だっただけだぞ、正直暑苦しくて敵わん。許されるのならそのくらい簡単なもので済ませたい」



「駄目ですからね? ヨンコちゃんも許してくれないと思いますよ」



「そのヨンコに止められているんだ。まったくただでさえ蒸れて気持ち悪いのに、こんな暑苦しい服を着ていろとは随分だとは思わないか?」



 私は次の機会にベリルさんの服を買うことを決めた。今服を買うと言っても絶対に拒絶されるためにそっと事をなし、彼女が諦めてくれるように誘導した方が確実だ。

 とにかく今は数子ちゃんたちへの服。



 若井くんの紙袋を見るに、中にはたくさんの古着? が入っている。しかし買うと約束した以上、上下揃えて一着は買っておいたほうがいいだろう。

 私はそう考え、若井くんに一言告げると携帯端末を鳴らす。



 やはり本人に聞くのが一番だ、私はまた口喧嘩を始めたベリルさんと若井くんを横目に電話に出てくれたイチコちゃんに要件を話すのだった。

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