違憲立法審査権が用いられて違憲とされた例

1.違憲立法審査権とは


 違憲立法審査権とは、国家の最高規範である憲法に法律、政令、条例などが違反していないか、裁判所が調べることのできる権限である。具体的には、最高裁判所が終審裁判所としてその権限を有する。

 そもそも、違憲立法制とは、我が国が西欧から取り入れた考え方である。違憲立法制は、西欧型の立憲主義憲法において憲法保障制度として重要な役割を果たしている。第二次世界大戦における独裁制に対する反省から、人権というのは法律から保障されるべきだという考えかたが広まり、戦後の新しい憲法によって広く違憲立法制が導入されることになった。日本国憲法は、それを八十一条において「最高裁判所は、一切の法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する最高裁判所である」として認めている。



2. 尊属殺法定刑違憲事件


 ところで、尊属殺法定刑違憲事件という事件があった。これは1968年10月5日、栃木県矢板市において、被告人の女(当時29歳)Aが実父Bを殺害した事件である。被告人Aは実父Bに、14歳のときから長年に渡って性的虐待を受けていた。親娘のあいだに5人の子をもうけ、さらに6人の子を中絶しており、医師からこれ以上妊娠しては危ないということで、不妊手術を受けていた。

 この事件は、最高裁判所が違憲立法審査権を発動し、既存の法律を違憲と判断した最初の判例である。

 刑法旧第200条は、被害者が被疑者の父母、祖母祖父などの直系尊属である場合における、普通殺人罪の加重罪であった。普通殺人罪に比べて、「死刑又ハ無期懲役」ときわめて重い法定刑が定められていた。

 この事件においては、被告人を実刑に処する必要がないと捉えられていたという背景がある。



3. 各審級の裁判所における判断


 1審の宇都宮地裁は、刑法旧200条を違憲とし、被告人に対しては現状を考慮して「被告人に対しては形を免除するのが相当である」とした。

 2審の東京高裁は、刑法旧200条は合憲であるとし、被告人の過剰防衛も認められないとして原判決を破棄した。その上で最大限の減刑を行い、懲役3年6ヶ月を言い渡した。

 そして最高裁判所は、尊属殺重罰規定を違憲とし、被告人に対して通常の殺人罪を適用して懲役2年6月、執行猶予3年を言い渡した。以下の理由である。

「尊属に対する尊重や報恩という自然的情愛ないし普遍的倫理の維持尊重の観点からは尊属殺人を普通殺人より重く罰することは不合理ではないが、刑法200条が尊属殺の法定を死刑・無期に限定している点において著しく不合理である。憲法十四条に反する」



4. 尊属殺法定刑違憲事件の判決の理由


 裁判所は、刑法に定められた法定刑の範囲の刑を元にして、二回加重軽減を言い渡すことによって処断刑を言い渡す。本件について述べるなら、尊属殺人罪の法定刑のうち軽い無期懲役を基礎として考え、被告人の心身衰弱について減刑し、旧刑法第68条第2号「無期ノ懲役又ハ禁錮ヲ減軽ス可キトキハ七年以上ノ有期ノ懲役又ハ禁錮トス」によって7年の懲役となる。次に酌量減軽(刑法第66条)を加えても、懲役3年6月となり、これが処断刑の下限である。執行猶予をおこなうには処断刑が懲役三年以下でなければならないという規定が刑法第25条第1項にあるので、そのままでは、被告人に執行猶予を付すことはできなかったのである。

 尊属殺法定刑違憲事件が違憲とされた理由は、判決に対するこのような事情もあると思われる。

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