13.セリカがオーランドに手紙を書く話

 セリカが問いかけた瞬間、ジタバタと少年は暴れだした。


「ロザリオは盗みに関係ないだろうが!」


 確かにそうかも、とディアナは思った。


「本当か? ロザリオって聞いた瞬間、突然元気になったじゃねえか」


 だが、レミーは少年の顔色が変わったのを見逃さない。


「くそっ! はずせ! 足かせまであるのかよ!」


 少年は無理やり縄から抜け出そうと暴れだす。

 足かせと、足かせにつながったくさりが耳ざわりな音を立てる。


「縄はきっちり結んであるわよー? 暴れたら余計に痛いだけよ? 早く話してくれたらほどいてあげてもいいんだけど」


 不敵な笑顔でセリカは少年にたたみかける。

 その様子は、ディアナにはなんだか。


「なんだかセリカ、悪役っぽい……」


「ディアナ、何かいった?」


「なんにもいってないよ?!」


 いい笑顔でセリカに振り向かれ、ディアナは全身に鳥肌がたった。

 怖いのは少年も同じようで、彼は勢いよく頭を左右に振っている。


「言えない! 話せない! 話したら地獄に落ちちゃう!」


「私が今聞きたいのはひとつだけよ」


「ロザリオのことで、話せることなんてなにもない!」


「あっ、話せないってことは意味はあるのか」


 ぽつりとレミー。少年はやらかしたことに気づいたらしく、ぴたりと動きが止まる。


「ロザリオの意味じゃないわ。素直に答えてくれたら、鉱山こうざんで働かなくてもいいようにしてあげる」


「なんだって?」


「はいかいいえで答えて。あなたは、神父に聖書で禁じられていることをするよう求められた。それは、盗みの罪を犯すことより、男として嫌なことだった。これは合ってる」


「はい」


 少年は、力なくうなずいた。


「そう。じゃあレミー、縄をほどいてあげて」


 ふっ、とセリカのまとう空気がやわらぐ。


「セリカさん、いいのか?」


「足かせはそのままにしておいて。彼を教会に帰す気は、ないから」


「わかった」


 レミーは素早くナイフで縄を切った。

 解放された少年は、不満げである。


「なんだよ。ぐるぐる巻きの方がよかったのか?」


「足かせがついたままじゃん! 捕まったままじゃん! 鉱山に行かなくても済むんじゃなかったのかよ!」


「でも、教会に帰すとも言ってないでしょう?」


「そうだけどさ……」


「それに、教会に絹を持って帰ったところで、神父様は『盗みをしたのか。悪い子だ。悪い子にはお仕置きをしなくてはな』と、あなたにさらに罪を犯させようとするだけなんじゃないかしら?」


「うう……」


 少年はうなだれる。


「これはね、教会の力からあなたを守るための提案なのだけれど、あなた、ノーデンに行かない?」


「なんで?」


「ノーデンの領主様のところに行ってすべてを打ち明けるなら、あなたがここに来たことを、秘密にしておいてあげる」


「信用できないよ!」


「ねえ君。金髪でつり目の、君と同じ十字架を持った子が、いなくなったこと、なかった?」


 少年は少し考えていた。


「まだ小さかったからよく覚えてないけど、特別な十字架を持った子が逃げて、必死になって神父さんたちが探してたのは、覚えてる」


「彼はね、ノーデンに逃げたの。だから、ノーデンの領主様は君の受けていることについて、わかってくれるはず」


「そうなんですか? じゃあ、行きます!」


 少年の目がきらめいた。


「そうよ。手紙ができるまで、待っていてちょうだい。ブレナン先生、ノーデン行きの馬車を頼めますか? 領主に面会できる段取りも」


「皇太子様からの特使としてなら簡単ですが、そうなると事が荒立ちます」


「密使なら?」


 考え込んだブレナンに対して、「それなら」とレミー。


「俺の方が得意だ。教会から逃げるんだろ? 絹の一統の息がかかっている馬車の方が安全だ」


「レミー、ありがとう。本当にレミーが味方でよかったわ……」


 アルスのパーティーから助け出してくれたり、レミーにはお世話になりっぱなしだ。


「じゃあ、ブレナン先生、彼のために部屋を用意して。レミーは、彼を着替えさせて、部屋まで連れてって。部屋には見張りを立てること。逃げ出すことを警戒する以上に、教会が彼の口を封じてもおかしくないから。ブレナン先生、あとはお願いできますか?」


「承知しました」


 ブレナンとセリカが、牢屋から出ていく。


「本当に助けてくれるんですか?」


「セリカが言うことなら、信じられるよ」


「皇太子様をだました女なのに?」


「わたしたちも、セリカの発案で娼婦をやめて、絹を作る仕事ができるようになったの。嘘をついているなら、おそらくは教会よ。私は女だから、教会に入ったことがないからわからないけどね」


 ミルキーの言葉に、少年はうつむく。


「神父様のいうことは、全部正しいと思っていたけど、盗みとか、それ以上の罪を犯せって俺に言ってるのは、やっぱりおかしいよな?」


「うん。そう思うよ」


 ディアナの言葉に少年は「そういえば皇太子様って、天使の子孫だったよな」と言った。


「じゃあ、今のところは皇太子様と、むかつくけどセリカって女を信じる。鉱山こうざん送りになったり、しばり首になったら、このこと全部人前でぶちまけてやる」


「まあ……信じてくれるなら、いいよ」


 捕まって縛り上げられたのだ。すぐ信じる方がむずかしい。

 ブレナンが少年の部屋の用意ができた。と伝えてきたのでディアナは牢屋から出る。


 数日後、少年の見送りにディアナとセリカは立っていた。

 王都からノーデンに行く飛脚の馬車に、少年を乗せてもらうことになったのだ。

 絹の服もロザリオも外し、レミーが渡した服を着た少年は、よく飛脚の馬車になじんていた。


「これが、ノーデン領主オーランド様あての手紙。あと、君に魔法の呪文を教えてあげる!」


「呪文、ですか? 悪魔に魂、とられたりしませんか?」


「しないわよ。オーランド様にだけ効く呪文だから」

「じゃあ、教えてください!」


「悪夢の内容を知られたくないでしょう?」


 セリカは小声でささやく。


「そう、手紙を書いた人から伝えられた、って言えばいいの。そして、その人は皇太子殿下に心からおつかえしている、と言うの。忘れちゃダメよ」


「絶対、忘れない!」


「いい子ね」


「じゃあ、行ってきます!」


 少年に手を振り返す。


 馬車が見えなくなってから、ディアナはセリカに向き直る。

 絹の娘を食った女がセリカだったこと。

 セリカとノーデン領主につながりがあること。

 セリカが、異様に輝くロザリオの意味と、その罪を知っていること。

 全部、謎のままにしておくわけにはいかない。


「セリカ、なにを知ってるの」


「なにって……」


「全部話してもらうよ」

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