43.教会に女が入れるようにする話

 教会に女を入れることを要求したディアナに、教皇は冷や汗を流す。


「か、解釈の上はそうなりますが、今までの慣例が……」


「いままで教会に女性が入れなかったのは、絹の娘を遣わしたことをないがしろにする悪い王によって曲げられた聖書の解釈ということにしよう?」


「そ、それは……」


「破門されちゃう王様だもん、それくらい、聖書をないがしろにしてるよね?」


 教皇はがくがくと首を縦に振る。


「はい! アルス王の葬儀で教会に女が入れることにしましょう」


「教会から教えてね、それ」


「じ、女性といえば、ナオミ王妃についてですが」


「マ……ナオミ?」


 ちょうどそのとき、ブレナンが部屋に入ってきた。


「皇太子様、教皇猊下げいか、お茶をお持ちしました。ナオミ様は、今現在離宮にいらっしゃられないようですが、彼女の居場所について教皇猊下げいかはご存じなのですか?」


「ナオミ様は、教会の判断によって王都追放を行いました。オーランド様を襲ったゴトフリーや、デリックの仲間の女ですから、処罰を行わない方がおかしいので、ナオミ様を処罰したくないという皇太子殿下のご意向に沿えず申し訳ありません」


 ブレナンがティーカップを落とす。飛び散った破片を拾うことも無く、ブレナンは立ち尽くした。


「そ、そんな」


 ブレナンがそう言ったきり動きを止めたのを見て、教皇は、震えたまま口を開け閉めしている。


「こ、皇太子殿下の御気分を害してしまい……申し訳ありません」


「教皇さん、私は、母の受けた処罰は、自業自得だと考えている。教会の判断を受け入れる代わりに、従者の失礼をお許しください。ブレナン、掃除を。レミーに紅茶をいれなおすように」


 受け入れるも何も、ディアナはナオミが王都追放になって、せいせいしていた


「承知しました」


 ブレナンが挙動不審になりこそしたが、打ち合わせはディアナの希望がほぼ通る形になった。

 アルスの葬式の日。


「あたし、初めて見るよ、教会なんて。こんなにきれいだったんだ」


「アルス王はひどい王様だったけど。最後にいいことをしたじゃないか。平民の女でも教会に入って祈っていいだなんて」


 一般人の弔問もディアナが許可したので、平民の女性が教会の中をにぎやかに見物している。


「アルス王の手柄にされてるけど、いいのか? ディアナ」


「いいのよ。私がディアナとしてここにいられるのだから」


 黒いドレスに身を包み、顔をベールで覆ったディアナがレミーに答える。


「まあいいけどさ、教皇は【皇太子関係者の女性】が皇太子としてふるまうことをいいって言ったのか?」


「言わせるためにレミーに紅茶を持ってきてもらったんじゃない」


 アルスが侍らせていた女性は、葬儀には来ていなかった。心からアルスが好きというより、お金で囲われていたんだろう。一般人以外の女性は、アルスの取り巻きの上級貴族が奥さんを連れてきた程度だった。

 喪章こそつけているが、甲冑を着たままのサイファーが来ているのに気づき、ディアナは小さく笑った。


「ディアナ、そろそろ出番だぞ」


 レミーがディアナの肩をたたく。


「続きまして、喪主の方から追悼のお言葉をいただきます。それでは、お願いします」


 教皇に演壇を譲られ、ディアナは参列客と向かい合う。


「本日は、わたくしの父の死を悼むためにお集まりいただき、ありがとうございます」


 緊張する。でも、絹が作れた時のスピーチより、人数は少ないくらいだ。セリカにもできたんだ。私だって、きっと大丈夫。ディアナはできる限り余裕があるようにふるまいながら、スピーチの言葉を並べていく。


「あの女、誰だ」


「皇太子殿下はいったいどこだ」


 皇太子が王の葬儀に出ないという異常事態と、壇上の女性の振る舞いが明らかに皇太子が果たすべき役割であるため場がざわつく。


「わたくしが誰なのか、あなた方が疑問にお思いのままなのは残念ですが、ここでのわたくしの役割は、アルス王を追悼するだけでございます。それでは」


 そう言ってディアナは演壇を降り、サイファーに声をかける。


「サイファーさん、母の話を聞きたいです。一緒にきてもらえますか?」


 レミーは聖職者の見張りとして教会に残すから、護衛が欲しい。サイファーは大きくうなずく。


「構わない。一緒に行こうか」


 サイファーを付き従えてざわめく教会をディアナは去る。

 その後ろから、あわてた様子でブレナンがついてきた。


 アルスの葬儀があった大聖堂と、王城は近い。大した話をしないうちに、三人が乗った馬車は王城についてしまった。


「エスコートいたしましょう、お嬢様」


 馬車から先に下りたブリュンヒルドが、ディアナに手を差し伸べる。

 ディアナがその手を取ろうとした瞬間。


「そこの女ああああ! 死ねええええええええ!」


 中年の、召使いの服を着た男が、ナイフを持ってディアナに躍りかかった。


「なめられたものだな」


 サイファーが男の顔あたりに右腕を伸ばす。

 男は勢いを殺さないままディアナに向かってきて―—自分でサイファーのこぶしに突っ込んだ。

 男は地面に崩れ落ち、難なくサイファーに取り押さえられる。


「離せ! その女を殺せば、ナオミ様が俺と結婚してくださるんだ!」


「ナオミ様が、結婚?」


 わめく男に、ブレナンの顔色がさっと変わる。教皇にお茶を持ってきた時と同じ顔だ。


「ほう、お前、ナオミを知っているのか」


 何だかサイファーさんも物騒だ。ディアナは「ああもう!」と声を張り上げる。


「とにかく! 曲者を牢に放り込んで!」

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