34.セリカがオーランドの看病に行く話

 オーランド側との調整もあって、オーランドが倒れてから数日後、セリカが彼の看病に行くことになった。


「セリカはオーランドのこと、どう思ってるの?」


 セリカの見送りで、ディアナはたずねてみた。


「自分に負い目があるから協力させることができる人間だと思ってるわよ?」


「あのおっさん、全然伝わってねえ……女嫌い過ぎて女心がわかってねえ」


 真顔で言い切ったセリカに、レミーが天を仰ぐ。


「レミー。どういうこと?」


 ディアナがきくと、レミーは耳まで真っ赤になった。


「そ、そういうのは、女の方が鋭いんじゃないかな……」


「関係ないよ、女とか男とか。実際、私、レミーが言いたいこと全然わかんないし。詳しく説明してよ?」


「……かんべんしてくれ」


「若いわね……ところで、もう出発していいかしら?」


 セリカは生暖かい視線で二人を見ている。


「いってらっしゃい。セリカ!」


 セリカの乗った馬車は、特に妨害もなくオーランドが泊まっている屋敷についた。


「お待ちしていました、カーラ……い、いえ、セリカ様!」


 巻き毛の少年が、セリカを出迎える。


「ニール……大きくなったわね」


 セリカがそう言うと、ニールは照れた様子で笑った。


「初めて会う方なのに、初めて会うわけじゃないっていうの、何だかくすぐったいです。ご案内しますね」


 セリカはニールについて、オーランドの部屋に入った。

 部屋の中には、意外な人物がいた。


「ミルキー?」


「ニール君、頼まれていた汚れものの処理とか、体をふくのとか、全部終わったよ……ってセリカ様? 何でここに?」


「むしろミルキーこそ何でここにいるの?」


「あー、皇太子様の使者としてお見舞いする必要があるし、ノーデン領主様は女嫌いだろう? だから、ルーシ様は最小限しかメイドを屋敷に置いてらっしゃらなかったから、手伝いを」


「でも、やる必要はなかったんじゃ?」


「あー、フォーサイスさんから、読み書きができる助手が欲しいって言われて」


「騎士団に医者とか、いなかったの?」


「騎士たちはならず者と戦って怪我人が出て、騎士団の医者の方はオーランド様の看護に手が回らなかったんだって。それに、オーランド様、熱出して寝込んでる妹そっくりでさ。見てらんなかったんだ」


「妹さんですか……もしかして、目元が似てたりとか、しますか?」


 突然ニールにきかれ、ミルキーはびっくりしたようだった。


「そうだけど……何で知ってるんだい? 確かにあの子は、元気ならニール君と同じくらいの年……もしかして、あの子が今どこにいるか、知ってるのかい? それならどこにいるか教えて……いや、旅は大変だから、ミルキー姉は皇太子様のもとで働いてる、って伝言を頼まれてくれるかい?」


 ミルキーが身を乗り出してくる。

 セリカは目を伏せる。ごめんなさい。あの子はもう。

 ニールも事情は同じらしく、悲しそうな表情で両手を握り締めていた。


「なんでも、ないです。忘れてください」


「ごめんね。盛り上がりすぎたよ。家族がバラバラになってしまったから、再会できるかもしれないと思って、つい、はしゃいでしまったよ」


「それは、当たり前のことだと思うから、べつに、気にしません」


「ニール君はやさしいねえ。あの子の旦那にはニール君みたいな、優しい子がなってくれるといいんだけど。女を自分で振ったのに、未練たらたらの領主様じゃなく」


「どういうこと? レミーも何か言っていたけど」


「見たらわかるわよ」


 そう言って、ミルキーは部屋から出ていった。

 部屋には、ベッドで眠るオーランドと、セリカとニールだけが残された。


「見たらって……寝てるんだけど」


 セリカはオーランドを見下ろす。

 白いシーツにとけてしまいそうなほど、オーランドの肌は青白い。


「こうなると、大きな男の人のはずなのに小さく見えるわね」


「そうですよね。オーランド様って、いつも活動的な方ですから……」


 二人が話していると、オーランドが瞬きした。


「はは、うえ……やめてください……」


「何言ってるの?」


「静かにしてください、セリカ様」


 オーランドは寝返りをうつ。

 それは、単にねぼけているのではなく、何かから逃げようとしているように、セリカには見えた。


「いやだ! やめてください! ちちうえの言う通りいい子にしていました! だから、やめてください! 悪夢なのか? カーラ……すまない、約束を破って……だから」


 オーランドの声が、急に幼くなる。


「いなくならないで」


 そう言ったのを最後に、オーランドは意味のわからないうわごとをつぶやきながらもがき始めた。


「ずっと、こうなんです。意味が分かるときのうわごとは、母上におびえているか、カーラって人に謝っているかのどっちかで……ってセリカさん! あぶないですよ! 抑えようとした人はみんな、振り払われて!」


 ニールの制止を聞かず、セリカはオーランドの手を握る。


「私はここに居るから、あなたを助けてくれる人は、たくさんいるから、何も怖いことないから」


 セリカがそう言った瞬間。


「そう、か……カーラがいるなら、ははうえは、もう、いないんだな」

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