踏切のおじさん

makura

第1話 履歴書

私は交通事故を引き起こして、中学生くらいの少年を轢き、その後、私もこの世を離れた。


ものすごい衝撃で詳しくは覚えていないのだけど、少年とは別々になったようだった。


私は特別宗教に熱心だったわけじゃないけど、閻魔様のところに行くことになった。


閻魔様というのは、死んだ人が天国に行くか地獄に行くか判断する人で、毎日のように亡くなった人が来るから結構忙しいらしい。


私はすぐに閻魔様のところに行くものだと思っていたけど、閻魔様の館の入り口入ってすぐのところで部下のような人物に言われた「履歴書はお持ちですか?」と。


私は持っていなかった。


「では、履歴書をご記入の上、またお越しください」


そう言われて、履歴書とペンを渡された。



履歴書の中には名前、学歴のほか、善行、悪行、希望する行先などの項目があった。



善行、私がやってきた善行とは、なんだろうか。


人を轢いたばかりの私には思い起こすのが難しかった。


悪行から書くことにした。


「私は、車を運転中、線路に沿った道から左折して踏切を渡ろうとしたところ、不注意から車の左側にいた少年を轢いてしまいました。全てを察した私はそのまま車で逃げだしてしまいました。落ち着いて運転しようとしましたが、心臓の動悸と冷や汗と焦りとで、狭い道で対向車を避けようとしてアクセルをふかしてしまい電柱にぶつかり、そのまま車は大破、私も死亡しました」


書くだけで動悸がしてくる。


「小学生のころ、友達のおもちゃを盗んで、知らぬ顔をして友達を困らせていました」


「親戚のお家で出された料理に抵抗感を感じ、どうしても食べられませんでした」


「自分もいじめに加わっていたのに、知らん顔をしていました」


「友人との約束をすっぽかしました」


「上司からの食事の誘いを嘘をついて断っていました」


「奥さんにイライラをぶつけてしまった」




なんだかどんどん出てくる。


善行などとても書ける気がしなかった。



もう、希望の行先も地獄と書くことにした。


暗い気持ちで、履歴書を閻魔様の館にもっていった。


「それでは、こちらへどうぞ」


待合室のようだった。


待合室にも軽く10人はいるだろうか。


かなり長い間待った。



私の番になった。


扉をノックして入った「どうぞ」という声が聞こえる。


中に入ると、和服の男性らしき人が、机の向こう側に座っていた。


閻魔様というと厳めしい顔つきで威厳と風格に圧倒されるのかと思ったが、意外と普通の中肉中背といった人間でいえば50代くらいの風貌だった。


「お座りください」


男性は「初めまして閻魔と申します」とあいさつした。


閻魔様は二枚の紙に目を通しながら、話しかけてきた。


「では、自己紹介をお願いします」


私は、はるか昔の就職の面接を思い出しながら自己紹介をした。


「それで…、地獄をご希望と。志望動機をお聞かせください」


「私は、現世で交通事故を起こし、未来ある少年の命を奪ったばかりでなく、電柱を器物破損。息子と嫁の生活の糧を無くさせ、数々の迷惑を人にかけてきました。従って、とても天国に希望など持てません。地獄がふさわしいと考えております」



「うーん。地獄でやりたいことはありますか?」


え、地獄でやりたいこと?


私が咄嗟に出てきたのは「罪を償いたいと思います」ということだった。



「それじゃあ、地獄には行かせてあげられないな」


閻魔様はうーんと少し唸ったあと、さっきとは打って変わって砕けた口調になった。


しかも、どういうことだ?地獄っていうのは、現世で悪を働いた人が罰を受けるところではないのか?


私は戸惑った。


「多いんだよね。現世で人を殺しちゃう人って。日本史、知ってるよね?日本が歴史を残せるようになってからだけでも人を殺しちゃう人って結構いるんだよね。刀で切ったり、毒を盛ったり、鉄砲で撃ったり。理由は、権力争いとか、後継者争いとか、自国の利益のためとか、決闘のためとか、最近では諸外国との戦争とか、よくわからん思想、理念の追求のためとか、誰でもよかったとか。色々あるけど、あなたのは人を殺めた理由として弱い。だって、その気はなかったんでしょ?」



「え…。そうですが…」


「まあ、ひき逃げはよくないよね。っていってもそれ以上のことをした人って大勢いるよ。それでも、地獄を希望するんだから、罪の意識があるってことだと思うし」


「希望の行先に現世と書く人もいるくらいだから、あなたはまだまだよね」


まだまだなのか…。悪人としてまだまだだということだろうか。



「あなた、善行が空欄だけど、私が持ってる資料によれば結構いいこともしてるじゃない。友人のために車を出してあげたとか、奥さんにプレゼントしたとか、人の悩みをちゃんと聞いてあげたとか。学生のころは社会のため人のためになるよう頑張って一応の勉強もしたんでしょ?」



「はあ、ええ、そうですが…。じゃあ私はどうなるのでしょうか」



「あなた、善行、空欄だし、また来てください。じゃあ今日はこれで終了となります」


「はあ…」



部屋を出ると、先ほどの部下らしき人物から今後の予定を聞かされた。


「えー、履歴書を埋めてから後日、またお越しください。二次面接を行います」


私は閻魔様の館を後にした。

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