ACT.8

 俺は肩を抑え、執念深くこっちを睨みつけている渚の顔を見下ろしながら言った。

『お前さん、ヨーロッパに料理修行に行ってたんだな?しかしなまじっかの腕じゃ、客・・・・特に女を惹きつけるのは無理だ。悩んでいるところにあんたは”これ”に目を付けた』


 ヨーロッパにはまだ今でも黒魔術ブラック・ミサが存在している。件の媚薬の類も、そんなところで手に入れたんだろう。


『お前さんは、これを携えて帰国し、店を開いた。たちまち大繁盛だ。ところが

個人で持ち込める量は限られている。何とか続けなけりゃならない。水曜日を女性客限定にしたのもその為なんだろう。しかしそれも限界が来ていた。そこに現れたのが・・・・』

 俺はパソコンの前で荒い息をしてうずくまっているカマキリ男を見た。

『あんたのことも調べさせてもらったよ。ジョージ寺本。日本と米国との間を行ったり来たりして、不法薬物の取引で荒稼ぎしてるそうじゃないか?』


 カマキリ男は目をひんむいて、俺の顔を睨みつけた。図星だという証拠だろう。


『お前さんが金と薬の入手ルートを確保することを持ちかけた。それだけじゃない。篭絡した女たちを使って、一種の売春組織を経営することを企んだんだ。クラブ・パピヨンだっけな?奴らを締めあげたら、すぐにゲロしたよ』


『あんた、何者だ?警察か?』

 俺は懐から認可証ライセンスとバッジを出して奴らに見せた。

『なあに、しがない探偵だよ。じゃ、続けようか?』


 薬を使って篭絡した女どもは、もはや二人・・・・特に渚の言うがままだった。

 彼の為ならどんなことでもするようになった。


『俺は、女が憎かったんだ。たかだか料理の腕が俺よりも上だからって、別の男に乗り換えた女、東洋人だという、ただそれだけで鼻で嗤った白人女・・・・どいつもこいつもただの売女ばいただ!だからあいつらを俺のいうままにして、徹底的に堕落させてやりたいと・・・・』


 渚の唇から、血に混じった言葉が次々とこぼれる。

 だが、俺はもうそんな言葉、聞いちゃいなかった。


 拳銃をつきつけたまま、俺は携帯を取り出し、片手で110番をプッシュする。

『俺はあんたらの恨み節には興味はない。残りは警察の調べ室で刑事でかさんを相手に聞いてもらうんだな。』


 それだけ言うと、俺はジョージ寺本を立たせ、奴に”広瀬菜穂子に関するデータをありったけ全部出せ”と命じた。


 カマキリ男は意外と素直にそれに応じ、データを収めたディスクとUSBメモリーを全部出した。


 俺はそれを手近にあったゴミ袋に一まとめにすると、足で踏んづけて木っ端みじんに踏み砕いた。


 おっつけ警察おまわりがここへ来るだろう。

 他の女のデータは洗いざらい証拠品として押収されるに決まっている。だが、俺にとって大切なのは依頼人との問題だけだ。


”それじゃ証拠隠滅じゃないか”だって?

 知ったことか。

 

 ものの10分もしないうちにパトカーが駆け付け、二人は引っ立てられて行った。

 警察おまわりたちは相変わらずの御託・・・・

”拳銃を使ったんだ。所轄に報告書を提出しろよ”

”お前は撃ちすぎなんだよ。今に認可証ライセンスを取り消してやる。”

 を繰り返していたが、

『もう、お止しなさいな』と、聞き覚えのある声に、連中も渋々ながら押し黙った。


”切れ者マリー”こと、五十嵐真理警視である。

『助かったわ。これで違法薬物のルートも解明出来るわ』

『なんてことはない。俺は金を貰った通りの仕事をしただけだ。』

『分かってるわよ。貴方が証拠隠滅をしたことも見逃してあげる』


 知ってたのか、流石に”切れ者だな。


 

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