第31話 死体のプール

数十年前の話

バイト代の良い仕事があった。

今では都市伝説となっている死体洗浄のアルバイトだ。

医学大学の解剖用の遺体達を管理するのである。


遺体は、主に身内の引き取り手が無い無縁仏が多かった。


遺体を丁寧に洗った後4メートル四方のホルマリンの入ったプールに沈めて保管(保存)していた。

私の仕事は、プールの表面に浮いてくる遺体を棒を使って再び沈めるものだった。

二人一組で一日中監視していた。

一時間に一体は浮かんでくるので目が離せなかったと記憶している。


ホルマリンの臭いは、鼻にツンとくる酸っぱい刺激臭だ。

マスクをしての仕事だが、かなりきつかった。

家に帰った後もホルマリン臭が残ったままであった。


我々アルバイトの中で怖い噂があった。

死にきれない遺体が動くとの話が広まっていた。

それを見たアルバイトは、辞めていくらしいとも。


遺体は古くなると肌の色が紫がかってくる。

水銀灯の下で見ると、青みが一層まして不気味さが増している。


今日も何時ものように遺体を沈めていた。

棒を胸に当てて1メートルぐらい押し込むと、少し揺らぎながら底に留まる。


深夜1時を回った頃、浮かんだ遺体を沈めに行った。

棒で押し込む時に、苦しい顔をした?

気のせいか。

そして底にゆらゆらと沈んでいった時に『笑った』

目の錯覚。

ホルマリンの刺激臭が目にきているからと思う事にした。


ザバァ


っといきなり水音がした。

先程の遺体が浮かんだ。

浮かんだというより、立ちあがった。

こんなことは、初めてである。

相方も目を丸くしている。

私達二人で沈めに向かった。


立った遺体は、わずかだが動いているようにだった。

胸に棒を当て押す。

しかし遺体はよけるように、身体を反転させる。

棒で押す度に、くるっくるっとその場で回るのであった。

死んでるはずなのに、口元かゆるむ気がした。


内心恐怖でいっぱいのはずだが、仕事を投げ出す事ができない理性も働き、一生懸命に押し続けた。

らちがあかない。

仕方なくなぎ倒す事にした。

相方と左右に分かれ、水平に棒を胸元に当て、強引に押し倒した。


ザッパーン


遺体は、勢いよくプールに倒れこんだ。

嘲笑うかのように揺らぎながら静かに沈んでいった。


私達は、震えながら明け方を待った。

バイト代は良かったのだが、こんな怖い体験をするのは嫌だった。

あの噂は本当だったのだ。

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