第16話 14番ホール:新しい風


翌朝、新たな気分で出社した。昨日のことが夢だったような気がするが、

予選で敗退した事実は変わらない。部長の言う通り一からスタートだ。

いつもと変わらない刺激的な1日が始まった。


企業対抗戦も終わり、一色食品と天地会長案件に専念だ。

継続して進めていた新人チームによる検討もだいぶ進み、その成果を今日の定例会で発表することになっている。

榊原さんのお陰で、俺たち新人の勝手気ままな意見を纏めてくれている。

“お客さんや社員が楽しめる環境”をどう実現するか、その一点に集中して

議論してきた。


一方天地会長の案件は、会長の夢を中心に地域住民の皆さんへの貢献だ。

来週、設計の担当者を連れて仙台へ行き打ち合わせをする予定だ。

計画の内容を詰めることと、建設予定地を設計担当者にも実際に見てもらい、

建築物のイメージを膨らませて貰うためだ。


午前中は、一色食品案件の最終確認をして終わった。

午後3時から、一色食品九州支店建設プロジェクトの打ち合わせが始まった。


今日は、設計を管掌する平井専務に出席頂くことになっている。

末木課長の進行で会議は始まった。設計部署から建物の外観イメージが

プロジェクターに映し出された。ガラス張りの高級感あふれる仕様になっていたが、どこかありふれていて一色食品の社風、と言うか一色さんのイメージとはちょっと違うような気がした。


外観イメージに対して、全体的に肯定的な意見が多かった。

俺は自分の感じたことを言わないと後悔すると思い挙手をした。


「何かね。沢田くん。」末木課長が俺を見を睨んだ。

「私が感じたことを言ってよろしいでしょうか?」

「ああ、構わないよ」明らかに、余計なことを言うなという態度だ。

「有難うございます」俺は思いをぶつけた。


「ご提案いただいた外観イメージは、とても洗練されて格好いいと思います。

ただ、一色食品さんの社風や歴史、行っているビジネス、提供している商品、

そして一色さんの人柄を考えると、合っていないように思います」

全員の視線が俺に集まるのを感じた。


「お客様が一色食品のビルを見るたびに、親しみや優しさ、楽しさを感じることができるようなイメージが良いのではないかと思います」

会議室はシーンとなった。末木課長は睨みつけてるし、なぜそうなったのかは後で知った。


「それで?」平井常務が口を開いた。

「それで、君がいうイメージとはどんな建物だね?」明らかに敵意に満ちている。

「はい、親しみや優しさは白川郷の合掌造りや数寄屋造り、楽しさはアトラクションといったイメージでしょうか。それを一つのイメージとして完成することができればと思います」

「そんなの作れるわけ無いだろう。合掌造りとアトラクションをどう組み合わせろと言うのかね。どうだね、巽くん。営業の責任者として」


「沢田の発言に失礼があった事はお詫びします」え、俺が悪いのか?

私の意見ですが、沢田の言っている事も分かるような気がします。


今回、一色さんが当社に引き合いを出してくださったのは、競合他社ができない

提案を期待くださっての事と認識しています。この外観は私も先進的なものと思います。

昨今の流行とも言えるでしょう。いかがでしょう。沢田の言った、親しみ、優しさ、楽しさをどう表現できるか、検討してみるのも一つかと思いますが、常務如何でしょうか?」


平井常務はつまらなさそうに、

「どうだ、検討できそうか?」隣にいた西尾設計部長に話を振った。

「分かりました。いくつか案を検討してみます」西尾部長は答えた。


続いて、新チームにより検討してきた“お客様、社員が楽しめる環境作り”に関する

議題に移った。


末木課長から、新人諸君による検討内容について、説明するよう指示があった。

説明は榊原さんが行った。


1階は広々したロビーと展示室、展示室ではお菓子を作ることができるキッチンや簡易図書館を設置、2階には3つの応接室と8つの大小会議室そして3つのテレビ会議室、3階から6階はオフィスで基本フリーアドレス、7階は食堂とリラクゼーションルーム、早朝は時差出勤者向けの軽食コーナーを併設、8階はトレーニングジムとカフェテリア、接待向けバー。夜のカフェテリアとバーの天井にはプラネタリウムを投影する。

またプロジェクションマッピングを楽しめるよう、社屋全体を活用するなど紹介した。


「お客様からの計画書では、確か地下1階地上7階だったよね」西尾部長が質問した。

「はい、今回お客様の計画書にとらわれない事を前提に提案内容を検討しました」

榊原さんがサラッと答えた。


「予算はどう考えているのかね?うちから提案する以上は費用も必要だろう。

顧客は用意できるのか。それに競合他社に勝てる見込みはあるのかね?

まさか、勝てないのを承知で我々に仕事をさせてる訳ではないだろう」

「西尾部長のおっしゃる通りです。お客様の予算確保につては今後の交渉になります。そのためにも満足頂く、あるいはそれ以上の提案をすることによって費用を引き出せればと考えております」


俺もひとこと言いたかったが、先程の事もあったので、榊原さんに任せた。

「トレーニングジムとかリラクゼーションルームなんていらんのじゃないかね。

トレーニングとかプレネタリウムは、その辺の民間のジムとか天文台に行けばいいだろう」平井常務の言葉に何人かが失笑した。


「今までにない新しい取り組みが全て正しいと限らない事は存じています。

お客様の要望はまだ100%掴み切れてはいませんが、ぶつけてみる価値があると思いますが・・」


俺は我慢できずにまたしても発言しようとしたその時、

「私も同意見です。私たちの提案をお客様に聞いていただき、なんと言って頂けるのか伺ってみたいです!」渡瀬さんがビシッと言い切った。

「私もそこで仕事や生活をする一人の社員として考えました。100点ではないかもしれませんが、自信を持って提案できると考えています」

今度は田之倉の発言だ。みんなが今まで以上に頼もしく思えたことが嬉しかった。


平井専務はやれやれという表情で、

「これは会社の仕事なんだよ。そんな事は新人の君たちに言われんでも分かってるよ。君らの提案を全部入れたら、顧客の予算では到底足らない事は目に見えている。今会社は厳しい状況に置かれているんだ。もう一度検討し直したまえ」


そう言って取りつく島もなく平井部長は退席してしまった。

こうなると、この件に関して議論を進める事はできないのは俺にも容易に分かった。

会議も次回の予定を確認してすぐに終わり出席者は会議室を出て行った。

いつものように残った新人5人で後片付けをしながら、今日の会議の話をした。


「俺、まずいこと言ったかな?」俺は聞いた。

田之倉や由佳ちゃん、渡瀬さん、増田くんも、そんなことはないと言ってくれた。

「でもさあ、専務怒ってなかったか?そもそもなんであんなことを言われるのか

理解できないな」だんだん俺は腹が立って来た。


設計の渡瀬さんが堰を切ったように言い出した。

「会社じゃ大きい声で言えないんだけど、平井専務は今回の新人チームの件は反対

だったらしいわ。入社して数ヶ月の社員に何が分かるんだって」


俺たちは一ヶ所に集まって話し始めた。

「それからね、あの専務3年前に大都銀行から転属してきて、次の社長と言われてるのよ。児玉社長も65歳過ぎてるでしょ。株主からそろそろ交代してもいいんじゃないかって話もあるそうなのよ。だから、専務としては業績を少しでも上げてみたいな感じ」

渡瀬さんはなかなかの情報通だ。


「正直そんなことはどうでもいいから、お客さんのことをもっと考えて欲しいな」

田之倉がみんなの気持ちを代表して言った。


「こういうときは榊原さんに相談してみよう。そう言えば榊原さんすぐに出て

行ったね」

「部長に呼ばれて末木課長と先に行ったみたいだよ」増田くんは見ていたようだ。

「取り敢えず、俺が席に戻って話してみるよ。後でL I N Eするから待ってて」


「いえ、沢田くんだけに任せるわけにはいかないわ。これはチームの問題よ、

みんなで行かなくちゃダメよ」渡瀬さんが力強く行った。みんなも頷いた。

「そうだった、ごめん。これはみんなの問題だよな。よし、行こう!」

俺たち7人が事務所に行くと、榊原さんが待っていた。


「みんな揃って来たのね。まあいいわ。一緒に来て」榊原さんは営業の会議室に

連れて行った。中に入ると部長と末木課長が座っていた。

「ほう、全員集合だな。みんな掛けたまえ」今の部長の表情は柔らかい。

「まず、今日の提案は良かったよ。みんながお客様の立場や気持ちに立って、

想いを込めたいい内容だった。そして会議での態度も堂々としていて嬉しかった。君らを誇らしげに思うよ。このチームを立ち上げて本当に良かったと」

みんなの顔を一人づつ見渡した。


そして、「みんなも知っている通り会社は組織で動いている。君らの案は私と

末木課長に任せてくれないか。少し待っていて欲しい。以上だ」

そう言って立ち上がったので、俺たちも部屋を出た。


営業のオフィスにみんながいる訳にもいかないので、取り敢えずそれぞれの部署に戻った。


そう言えば、部長たち出てこないなあと思いながら、俺は榊原さんを待った。

20分ほどして榊原さんが戻って来た。


「ちょっといい?」そう言ってカフェに連れて行かれた。

「沢田くん、さっき営業会議室に入ったとき、あいつ怖い顔してたって部長が

言っていたわよ」


榊原さんは笑いながら言った。別に部長に腹が立ってた訳ではないので、

そんなことはないと思うが・・・。

「そうですか。まあ、少しは腹が立ってましたけど」

「みんな若いっていいわよね。沢田くんだけじゃなかったけどね」

そう言って、俺たちが出て行った後のことを話してくれた。


「部長はね、ああなることを予想してたのよ。この意味わかる?」

「よく分かりません。」

「あのね、まず第一にプロジェクトに新人が入る事も珍しいし、ましてや発言するなんて今まで一度もなかったのよ。それをあなた達が幹部の方々にガツンと言ったものだから、当然結果はそうなる。

二つ目は、社長も気にしてる事だけど、会社として少し硬直化が見られる事。

それは、新しいことにチャレンジするという雰囲気も少ないし、事実そういう

案件もほぼ無い状態。これまでの先輩方が残してくれた財産の上で仕事をしてるのよ。それでいいと考えている人たちがたくさんいる訳。これで分かった?」


「はい、大体分かりましたが、要は僕らは会社に新しい風を吹かせるための特攻役というか撒き餌みたいなもんですか?」

「まあ表現の仕方は別として、そういう事ね」

「本心を言っていいですか?」榊原さんは頷いた。


「僕、僕らは、お客さんに本心から喜んでもらいたいだけなんです。

一色さんや天地さんにお前に、お前の会社に頼んで良かった、そう言って

もらえるような仕事をしたいんです」

「沢田くん、会社は生きているのよ。健康な会社もあるし、病気や怪我をしている会社もある。重傷もあれば軽傷もある。そういう会社は健康にならなくちゃいけない。

そのための治療が必要なのよ。今のうちの会社は重症ではないものの治療が

必要、そういう段階なのよ。治療も仕事のうちよ」


なるほど、榊原さんのいう通りだ。この話をすればみんなも少しは納得できるだろう。

「但し、あなたはもう少し大人になりなさい。感情が表情に出過ぎ。

相手の気持ちも理解する事は大事よ。洞察力を養いなさい。人も十人十色でいろいろな考え方があるわ。ゴルフも人それぞれスイングは違うでしょ。

ゴルフでは表情ほとんど変えないのに、不思議ね」


「ゴルフですかあ?ゴルフの場合、相手は自然なので怒っても仕方ないですし、

全ての責任は自分にありますから」

「一緒よ、一緒!じゃあ、戻りましょう」よく分からなかったが席を立った。


「そうだ忘れてたわ。部長からご褒美で今日はみんなで飲みに行って来いって。

部長が伝票処理するって言ってたわ」

「それはよく理解できました。ありがたく頂戴します!!」

みんなもさぞ喜ぶだろう。速攻でみんなにL I N Eをした。


榊原さんの話をみんなに説明すると妙な使命感を共有することができた。

会社に入って一番盛り上がった飲み会を、このメンバーで過ごすことができて俺は心の底から嬉しかった。

家に着く頃には11時を回っていたが、千夏に電話をした。不思議と声が聞きたかった。


「電話待ってたよ」俺の行動は見透かされているようだ。

「会議大変だったみたいね。」

「ああ、腹も立ったし、正直疲れたよ。あんな会議は出たくないな。

お客さんと話してるほうが楽しいよ」

「大樹ならそうかもね。いいんじゃない、大樹はそれで。後は部長が骨を拾ってくれるわよ」

「おいおい、頼むから殺さないでくれよ。まだゴルフも道半ばというか、

スタートしたばっかりなんだから」


「そうね、大樹はゴルフからいろいろスタートしてるからね。大事にしなさいよ!」

「アドバイス有難うございます!」

「どう致しまして。ところで今度の土曜日どっか行かない?」

そう言えば、最近二人でどこにも行ってなかった。


「そうだな。練習場に行こう!ラウンドの反省もしたいし。どう?」

「いいわよ。その代わりお昼ご馳走してよね」

「オッケー。じゃあ朝迎えに行くよ」

「私も練習しないとね。大樹と早くゴルフで張り合えるようにならないとね!」

「まあ、千夏の声が聞けて良かったよ」


冗談ではなく、本当によく寝れそうだ。

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