第8話 7番ホール:ニュークラブでラウンドレッスン!


2週間後、会社の食堂で千夏と昼飯を食べているときに、西本さんからクラブが

仕上がったと連絡があった。オレは今晩にでも取りに行きたかったが顧客との

打ち合わせがあり、明日工房に取りに行くと約束をした。


「新しいクラブができたの?」

「ああ、やっとね。早く打ちてえ〜!」

「大樹さあ、子供みたいにうれしそうにして可愛いわよね」

「あのねえ、この年になって“可愛い”は嬉しくとも何ともない!」

「まあいいじゃない、褒めてるんだから・・」オレはお前の子供か!?


そんな千夏の言葉をよそに、オレは早くニュークラブを手にしたかった。

「明日の土曜日は練習場に行くの?」

「ああ、そのつもり。朝、工房に行ってからクラブを持って練習場へ直行」

「じゃあ私も連れてって。練習にも行きたいし、その工房とやらもぜひみてみたいわ」

「いいけど平塚だぜ。運転大丈夫なのか?」

「じゃあ、迎えにきて」千夏の家は代官山の方だ。

「あのお〜反対方向なんですけど・・・」

「お願い!いいでしょ。ダ・イ・キ・く・ん!!」千夏はオレの顔を覗き込んだ。


「分かったよ。じゃあ9時に行くから待ってて」ぶりっ子する千夏のいうことを

渋々オレは連れて行くと約束した。どうも最近こいつのペースに乗せられている

気がしてならないが、悪い気はしない・・・。


翌朝、千夏を迎えに教えられた代官山の住所に向かった。

代官山には芸能人やスポーツ選手など数多くの有名人が居を構えている。

路地に入りゆっくり車を走らせていると、30mくらい先に千夏らしき女性が

立っているのが見えた。


千夏の前で車を止めて初めて、母親らしき女性が千夏の後ろに立っているのに

気付いた。


車から降りて、社会人らしく挨拶をした。

「おはようございます。如月さんと同じ部署で働いている沢田と言います」

「わざわざお迎えにいらしていただいて。千夏がいつもお世話になってありがとうございます」

千夏とそっくりで親子とすぐわかる。違うのはまさしく大人の女性ということだ。


「お出迎えご苦労さん。はい、これ」

そう言ってオレにゴルフバックを任せて勝手に助手席に乗り込んだ。

「沢田さん、わがままな娘ですが、よろしくお願いしますね」品のある言葉遣いだ。

「とんでもないです。僕の方こそお世話になってますから」

オレは心にもないことを言ってしまった。


「お母さん、余計なこと言わなくていいから。沢田くん、行きましょ!」

オレは改めて母親に挨拶をして車に乗り込んだ。

「ちなっちゃん、すげえ〜家に住んでんだな。あの立派な門は年代物か?」

「よく知らないけど、曽祖父の頃からのものみたいね」

千夏はまるで他人事のようだ。


「それにしても、お母さんによく似てるなあ」

「よく言われるわ。妹たちはお父さん似ね」

そういえば以前妹が2人いると聞いたことがある。

「妹さんは学生?」

「2人とも大学1年生よ。」

「もしかして双子なの?」

「ええ、そうよ。言ってなかったけ?」

「ああ、聞いてないよ。さぞ可愛いんだろうな?」

「なに、大樹は大学生が好みなの?」千夏がいたずらっぽく言った。

「違うよ。オレは男兄弟だから、妹がいたら可愛いかなあって思っただけだよ。」

そう言ったオレの言葉に、なぜか千夏はなにも言わなかった。その理由がわかったのはあとになってからだった。


その後、レッスンやクラブ、新しくできたレストラン、会社の話をしているうちに

工房に着いた。既に工房は開いていた。


「やあ、いらっしゃい。お待ちしてましたよ。あれ、今日は彼女と一緒ですか?」

「違いますよ!単なる召使いみたいなもんです」

「召使いですかあ〜、いいですねえ!ハハハ・・・」


「もうなに言ってんのよ!同じ会社で働いてる如月と言います。

今日は工房の勉強をしたくてついて来ちゃいました」

「そうですか。ありがとうございます。狭いところですが後でご案内しますよ」

そう言って俺たち2人を奥の試打室に連れて行った。


試打室に置いてあった13本のクラブを指差して、

「これが沢田さんのクラブです。良かったら打ってみて下さい」


オレは躊躇なく7番アイアンを手に取り、素振りを数回した。

握り具合い、振りやすさ、ヘッドの走り具合など感触はいい。

ボールをセットし、10球ほど打ってみた。

「バシ」「バシ」「バシ」

「沢田さん、いかがですか?」

「最高ッス!打感も柔らかくていいですし、ヘッドが走る感じがします」

「じゃあ、ドライバーもいってみましょう」オレはドライバーを手にして、

アイアンと同じように10球ほど打った。“振りやすい”というのが素直な感想だ。


「沢田さん、今測定しましたがヘッドスピードは52m /sですね。

距離も290ヤード出ています。左右のブレはありますが、許容範囲ですね」

「西本さん、本当にありがとうございます。作ってもらって良かったです。

早く実戦で使ってみたいです!」

「そう言っていただけると、職人冥利につきますよ」

「ラウンドでの感想もまた聞かせて下さい。多少の調整もできると思いますので」


その後、西本さんは千夏のリクエストに応じて、クラブができるまでの過程や

調整方法など親切に教えてくれた。


オレと千夏は西本さんにお礼を言って工房を後にした。早く練習場に行きたい!

「大樹、うれしそーだね?」

「そりゃー嬉しいよ。やっとマイクラブができたんだから。それがまた相性のいい彼女みたいなもんだからね、今日から一緒に寝たいくらいだぜ!」

「また大袈裟なことを!気持ちはわかるけどね」千夏はオレの顔を見て笑った。


練習場では西垣プロがまだレッスンをやっていた。

オレと千夏は、レッスンの邪魔にならないようとなりの打席を天野社長に取って

もらった。


30分もするとレッスンが終わり、西垣プロが俺たちのいる打席にきた。

「新しいクラブきたんですね」

「ええ、先ほど西本さんの工房に行って来ました」

「ちょっと打ってみて下さい」今日はレッスンではなかったが、みてくれるようだ。


5球ハーフスイングで打ったところで、西垣プロが

「いいじゃないですか。振りやすそうですね。左右のブレも少ないし弾道も安定していますね」

「おかげさまでとってもいい感じで振れます」

「そりゃあ良かった、僕も安心しました。これからもハーフショットの練習して下さい。ところで如月さんはどうですか?」

そう言って今度は千夏のスイングを見始めた。


クラブが変わっただけで、ボールに伸びが出て弾道まで変わった。部長には申し訳ないが、今までのクラブとは安定感がまるで違う。

「じゃあ僕は次の予定があるので、今日は失礼します。練習頑張ってください」

西垣プロはそう言って帰った。


練習場にある時計は既に14時近くになっていた。

「ちなっちゃん、そろそろ切り上げて飯でも行こうーか?」

「あら、もうこんな時間。どおりでお腹減るわけだ。ご飯いこ!迎えにも来て

もらったし今日は私がご馳走するわ。何でも食べていいよ」


「悪いなあ〜。お言葉に甘えてゴチになるよ。取りあえず松坂牛1kgがいいかな?」

「あのねえ、普段食べないものを食べるとお腹壊すからやめときなさい!」

まるで母親のような言いっぷりだ。


「じゃあ、ちなっちゃんの好きなラーメンライスにしとくよ」

「大樹もまだまだね。黙って私がいうとこに連れて行きなさい」

「ヘイヘイ」俺たちは車に乗り込み、千夏の言う通り車を進めた。

「そういえば、西垣プロが今度ラウンドレッスンやるって言ってたけど、どうする?」

ラウンドレッスンの翌週には、ゴルフ部のコンペがあるから、オレにとってはいい練習になる。


「行くに決まってるじゃん!何事も初めはあるんだから経験よ、ケ・イ・ケ・ン!」

いつも前向きなやつだと感心してしまう。怖いもの知らずとはこのことだ。

「田之倉とか由佳ちゃんはどうするんだろうな?」

「そうね。みんなにL I N Eして聞いてみよっと」


結局、田之倉と由佳ちゃんはもう少し練習してから参加するということで、

ラウンドレッスンにはオレと千夏2人での参加となった。


次のラウンドに向け、オレはニュークラブに慣れるためにひたすら打ち込んだ。

コンペの反省を頭に入れ、西垣プロから教わった奥のネットを9分割して、

一球一休狙いを定めてショットする練習を繰り返した。まだ2回に1回の成功率だが、失敗しても次のターゲットを狙う。この練習は、ただ打つよりも集中力を保つ訓練になる。


オレと千夏の初めてのラウンドレッスンは、千葉県にあるレイクパールカントリークラブ。レイクの名前通り“池”が各所に配置され距離よりも方向性が求められるコースだ。

ラウンドレッスンには、今回は生徒5人が参加した。いつもは10名前後が参加しているらしいが、たまたま都合の悪い人が多く、少人数での開催となった。


オレは朝5時に起き、最近では当たり前になった千夏を迎えに行った。

車に乗り込んだ千夏は朝からチョーハイテンションだ。

「ゴルフ場って綺麗なんでしょ!レストランも楽しみね。」

挙げ句の果てに。「パープレイで回っちゃったらどうしよ!?」などあり得ないことを言っていた。きっと帰りの車の中では意気消沈して静かにしていることだろう。


クラブハウス正面玄関では、制服らしきブレザーを着たスタッフの方が出迎えてくれた。

それまで元気いっぱいだった千夏は、恐縮した様子でバックを渡して車に乗り込んできた。


「駐車場に停めてくるから、ロビーで待ってればいいのに?」

「初めてきたとこだし、なんか落ち着かなくてさあ。一緒に行こうよ。」

千夏も可愛いところがあるものだ・・。

千夏と正面玄関を通りロビーに入ると、西垣プロが出迎えてくれた。

他の3人の生徒さんも既に到着していた。


オレは千夏をフロントに連れていき、受付を済ませてからロッカーに向かった。

もちろん千夏のエスコートも忘れなかった。


着替えをしてクラブハウスを出ると、正面からコースを見下ろせるレイアウトに

なっていた。ハウスの目の前には大きな池があり、色鮮やかな錦鯉が気持ちよさそうに泳いでいる。その池を囲むように桜や松が植えられている。日本庭園のような趣に、ゴルフ場だということを忘れてしまうようだ。


スタート前に集合して簡単に自己紹介した。品川で鉄工会社を経営している赤嶺さん。70歳位の落ち着いた感じの紳士で、練習場でもお会いしたことがある。

もう一人は50歳位の相川さん。大手電機メーカーの営業マンで、競技にも出ているらしい。最後の1人は、渋谷で寿司屋をやっている二本柳さん、オレも千夏も初めてお会いしたがぜひお近づきになりたいと千夏が言っていた。


組み合わせはオレと千夏で1組、そして残りの3人で1組作って、西垣プロがハーフ毎にレッスンしてくれる。


その西垣プロから、全員に今日のテーマを各人に与えられた。

オレには、“結果は考えず、一打一打に集中すること。練習をしていることを実践する。“だ。千夏には、結果に一喜一憂せずとにかくゴルフを楽しむこと、と言われていたが、これが難しいことは既に知っている。

西垣プロは最初に俺たちの組に付いてくれた。


1番ホールは、360ヤード、やや打ち下ろしで真っ直ぐなホールだ。フェアウェイの芝はまさしくミドリの絨毯。絨毯の一番奥にグリーンが見え、その上空に青い空が覆っている。“緑”と“青”の見事なコントラストだ。梅雨入り前の今だから見ることができる景色だ。


ショットの順番はオレが一番、2番目が千夏だ。

西垣プロに言われた通り、ティーグランドの後方からコースを見渡しトラブルに

なりそうなところを確認。どちらかというとスライサーのオレは、最悪のケース(この場合は右に行ってしまった時)を想定して少し左サイドを狙う。


あくまでハーフショットの延長線のドライバーショットを打つ。ボールは狙いよりも少し右に出て右フェアウェイに落ちて、ラフに入った。やっぱり練習場通りにはいかない。トップが少し浅く、左腰が早く開いてしまった。まあ朝一ショットにしてはいいだろう。


次は千夏がレディースティーから記念すべきティーショット。さすがの千夏も緊張している面持ちだ。


「カーン!」静寂の中、ドライバーの打球音が響く。

「ナイスショット!」西垣プロや他の生徒さんから声がかかった。思わずオレも拍手をした。ボールは見事フェアウェイのど真ん中へ見事なショット。


千夏は“ありがとうございまーす!”と手を振って応えている。本番に強いというか

千夏はやっぱり何かを持ってる。


それにしても最初のホールから一喜一憂していて、西垣プロに言われたことを忘れている。

「大樹、ドライバーって真っ直ぐ飛ぶもんなのね!」全く憎まれ口を叩くやつだ。練習場ではいつも曲げてるくせに!


オレのボールはラフで少し沈んでいるが、気にするほどのものではなさそうだ。

残り100ヤードをサンドウェッジで打ったボールは、芝の抵抗が思ったより強くグリーンの手前に落ちた。西垣プロから、ラフから打つときは素振りをして感触を必ず確認するよう言われた。


一方の千夏は、残り90ヤード。ゴルフが難しいのはグリーンに近づいてからだ。

千夏の「ガキ!」ボールの上の方にヘッドが当たったようで、低く勢いよく飛び出した。

いわゆる“トップ”というやつだ。ところが、このボールがコロコロ転がって

見事グリーンにオン。


「やった〜!予定通りナイスオン!」ポジティブシンキングは好きだよ千夏くん・・・。

オレの20ヤードのアプローチはうまく打てたものの距離感が合わず、ピン手前7mへ。


そこから2パットのボギー発進。千夏は6mのバーディーパットを5mオーバー、

返しのパットはショートしやすいものだがそこは千夏。ガツンと打って何と入ってしまった。


「私って天才かも!!」西垣プロも苦笑いだ。

「大樹はボギーで、私はパーって書けばいいんだね。」スコアーカードに記入するのに、

“オレのボギー”を強調しなくていいから・・・。


しかしゴルフはそう甘くはない。2番ホールから千夏のゴルフは大変な事態になった。

空振りはないものの、トップありダフリありでボギーどころかダブルボギーがやっとだ。それとグリーン上で苦労していた。

結局、千夏は57ストローク、オレは48ストロークでスコアーはまずまず。


「ゴルフってやっぱ難しいわ・・。」少しゴルフのことを分かってきたようだ。

「思い通りにいかないから、面白いんだよ。ちなっちゃんはこれからだよ!」

「大樹に言われても説得力がないんだよねえ〜。」憎まれ口を言う元気があるなら、まだまだ大丈夫だ。それにしても子憎たらしいやつだ。


昼食を挟んだ午後のラウンドは、千夏と2人でのプレイだ。嬉しくもあり不安にも感じる。

コース内の池や樹木は見ている分には気持ちが安らぐ。

だが、ゴルフとなると邪魔の何者でもない。特にショートホールのグリーン手前の池は、しっかり当たれば入ることはないと分かっていてもプレッシャーになる。

千夏は、「大きな池ねえ、なんか入りそう。」と言いながら、言葉通り池にいた鯉を驚かせていた。鯉もいい迷惑だ。


オレのインコースは46。トータル94でこの結果には満足しているが、内容にはもっと満足した。色々反省はあるが、次に活かすことができそうな気がした。

まだまだ伸び代は十分あると感じた。千夏は52で合計109ストローク。


初ラウンドにしては上出来だが、オレのデビュー戦よりスコアーが悪いと不満そうだった。

ラウンドが終わってから簡単なパーティーが行われた。そこで成績発表と西垣プロから各人のラウンドに対するアドバイスがあった。


オレには、“練習してきたことはラウンド出せていること。コースでは平らな所は少なく、傾斜地での打ち方はまだ練習していないので今後の課題。

最後に、プレイ中の思考方法の質を高めること”だった。


上級者の赤嶺さん、相川さん、二本柳さんには、いくつか技術的なことを話していたが、いまいちオレには理解できなかった。


翌日の出勤は、朝から気分が良かった。昨日のゴルフの残像が残っていて、18ホールを振り返るのが楽しかった。ナイスショットも何回かあった。考えるだけで気持ちが良い。失敗を思い出すと、なんでそうなったのか?次はこう打とうとか考えている間に、あっという間に渋谷駅についた。


後ろから肩を叩かれた。田之倉だった。

「おはよう。昨日はどうだった?」

「おはよう!楽しかったよ。スコアーより内容に満足ってやつかな」

オレは、昨日のプレイを説明したが、ハーフも終わらないうちに会社についてしまったので、昼食を一緒に取る事にして別れた。


昼食は、千夏や由佳ちゃんも一緒になった。

みんなで社員食堂のランチを食べながらゴルフ談議を楽しんだ。

昨日のラウンドのことを思い出しながら、最初から話した。

みんな嬉しそうにオレの話を聞いていた。

「それにしても大樹ってすごく上手くなってるよね。練習場は週4、5回くらい行ってるよね?」千夏が聞いてきた。


「ああ。最低週3回は行く様にしてる。後は仕事次第だけど、実は家にちょっとしたスペースがあってそこを改造して練習できる様にしたんだ。天井が低いからドライバーは振れないけど、7番アイアンまでは素振りできるし、アプローチもできる様にした。もちろんパターもね」


「すっごい!!じゃあ毎日練習してるの?」由佳ちゃんが質問した。

「ほぼ毎日かな。西垣さんがパターだけは毎日10球でも良いから打ちなさいって言ってたから」

「沢田はゴルフにはまっちゃったね。僕もはまりそうだけど、毎日となると難しいかも知れないよ」


「義務的にやると疲れるから気軽に考えればいんじゃない。オレってコースに行くのはもちろん好きだけど、練習も好きなんだよね。日課というほどのもんでもないし、パターだけならゲーム感覚でもできるし」


由佳ちゃんが興味津々に「練習をゲームにしちゃうんだ。どんなふうにしてるの?」

「至って単純。カップに10球連続して入れるまで止めないこと。6、7球までは普通に打ってるんだけど、10球に近づくにつれて気持ちの面で変化してくるんだ」


「どういう感じに?」

「そうだなあ。“入れたい”とか、“後3球”とかね。それまで考えていないことを考え始める。だんだん緊張してくるというか。これってバーディーパットとかパーパットを打つときと同じ様な感覚に近いかな」

「10球入るまでやめないんだから、しっかりできてるのよね?」

「だいたいはね」

「だいたいってできない時もあるんだ」

「途中で挫折する時もある。よく分かんないだけど、入らないことが続くときがあるんだよ。自分で考えて色々試してやるんだけど上手くいかない」

「なあーんだ。意志よわ!?」全く千夏はストレートだ。


「ほっとけ。でもね、その過程で気づきがあるんだよ。それと毎日やってるとパターグリップの感覚を忘れないんだ。西垣プロもそれが大事だと言ってた」

みんな半分納得して、半分はよくわからない様だ。やっぱりまだコースに出てないから実感が湧かないらしい。

あっという間に昼の休憩時間も終わり、みんな各オフィスに戻った。



オレは榊原さんに指示されていた改修工事の提案書をなんとか纏め上げて、定時も過ぎていたので帰り自宅をしていると、巽部長が話しかけてきた。


「どう仕事は、だいぶ慣れてきたかな?」

榊原さんには本当に色々と教えてもらって助かっていたので、素直に答えた。


「榊原くんは営業としてとても優秀だ。彼女の下で一所懸命勉強しなさい。きっと君のためにもなるから。ところでゴルフの方は順調かな?」

やっぱり巽部長もゴルフが好きで、一日一度はゴルフの話をしないと気が済まないのだろう。


「はい、西垣プロのお陰で自分でも上手くなっているのが少し実感できる様になりました。今はゴルフに行くのが楽しみです」


「そりゃ良かった。実は、今度ゴルフメーカーが主催しているダブルス戦というのがあって出ようと考えているんだが、沢田くん一緒に出ないか?」

突然の誘いにびっくりした。オレが試合に出る?


話の内容は、毎年開催されている大会で2人1組でチームを組んでスコアーを競う合うらしい。地区予選から始まって地区決勝、全国大会と本格的だ。これから、企業対抗戦の選手選出のための社内競技もあるから、如何せん不足しているオレの経験不足を補うために、少しでも競技というものを体験する必要があるとのことだった。とても有難いことだ。


「有難うございます。喜んで参加させていただきます。ところで本当に私で良いんでしょうか?足を引っ張ってしまうと思うのですが」

「ダブルス戦は文字通り2人で闘うチーム戦だ。チームは助け合うものだ。私だって完璧ではない。私が足を引っ張るかもしれない。だから助け合うことが必要だ。助け合うとは、スコアーだけではないんだよ。精神的にサポートし合うことも大事なことだ。野球だって同じだろう?」


そういうと部長はオレの肩をポンと叩き、お互い頑張ろうと言って席に戻った。

“オレが試合かあ。”まだ早いんじゃないかと思いながらも、やる気が漲ってきた。


翌日火曜日は、千夏と練習に行く予定だった。“ビギナーズラック”で連絡したが、残念ながら由佳ちゃんと田之倉は仕事で遅くなるらしい。定時後一緒に会社を出て目黒ゴルフ練習場に向かった。


「ねえ聞いてくれる!」聴かないと言っても喋るくせに・・・。

途中、千夏は“毎日家でパター練習をしている”と嬉しそうに話した。

「昨日ヨツギゴルフに行って早速パターマット買ってきたのよ。その時ね、柴田さんがいらして、パターの練習器具を教えてくれて買っちゃった。それが50cmの定規みたいなもので、真ん中に細い溝があって端っこにボールを置いて、溝の上を転がすのよ。それがすごく難しいの。途中で落ちちゃうのよね」


「へえ〜、面白そうだね。要は、ヘッドを真っ直ぐ引いて、真っ直ぐ出す練習ができるのかな?」

「そうみたい。柴田さんも言っていた。ゆっくり弾いてラインに沿ってまっすぐ振る動きをマスターできるんですって。500円で買えるしコスパはいいよ」

「今度オレも買ってこようかな」

「大樹パター上手だからいらないかもね。昨日大樹言っていた緊張するっていう意味がよく分かった気がする。まっすぐパットしようとすると、上手くいかないことが多いわ」


千夏がそんなことを感じるとは、やっぱりセンスがあるのかもしれない。そんなことを話しながら、練習場に到着。


「天野さん、こんばんは」

「いらっしゃい。今日は二人か。2階の30と31番が空いているからそこでいいかい?」

「有難うございます。それでお願いします」


預けてあった7番アイアンとサンドウェッジを受け取り、打席に向かった。

会社との社員利用契約の中で、一人3本まで預かってくれることになっているのだ。


西垣プロのレッスンはすでに始まっていて、生徒は5人いた。この間同じ組になった赤嶺さんもいらして、挨拶した。ついでに千夏を紹介した。千夏は愛想良く自己紹介して、赤嶺さんも気に入ってくれた様だ。千夏は立派な営業になるだろう。


打席に入ってシューズに履き替え、まずはウォーミングアップ。

その後は、いつものハーフスイングの反復練習。


今日は千夏も西垣プロの手前、一所懸命ハーフスイングを練習していた。

千夏のハーフスイングでボールは70ヤードくらい飛んでいた。安定性はまだまだだが、当たれば綺麗な軌跡だ。

「如月さん、いい感じで振れていますね。力みのないリズム感の良いスイングです。このまま練習すれば、100切りも相当くないですよ!」

「西垣さん、本当ですか!もう行きたくて行きたくて」

やっぱり千夏はせっかちだ。


「まあそう焦らずに。もう少し安定性が出るまで我慢です。まずは10球中6、7球イメージ通りのボールが打てる様になってください。

ちょっと目標は高いですが、如月さんならできるでしょう。それとインパクトの音を意識してください。音でショットの良し悪しを判断できます」


西垣プロが千夏のスイングを見て、いくつかアドバイスしていた。今はスイングを固める時期だから飛ばすことは重要ではないと言っていた。オレも同じことだ。


次はオレの番だ。西垣プロから一昨日のラウンドで分かった課題をこれから解決していくと言われた。まずは、平らなライではない爪先あがりや左足下がりなどなどの対応策だ。

「まずつま先上がりですが、スイングそのものはこれまで通りでいいです。

変えるのはアドレスと重心位置です。まずクラブは短く持ちます。傾斜が強いほど短く持ちます。

ボールの位置は身体の中心にセット、それからボールが左に行きやすくなるので、少し右に狙いを定めて構えます。これは、ライ角がアップライトになり、スイングもフラットになるためです。最後に足場が不安定になるので、重心は低くしてスイングはコンパクトに、大振りは厳禁です。先ほども言いましたが、傾斜が強いほど左に行く傾向は強くなります。爪先下がりは、その逆です。但しスイングをコンパクトにする点では

同じです」


オレは爪先あがりの状況を想像して、スイングをイメージした。

「打ちたい距離が変わることによって何か変わることはありますか?」オレは質問した。

「距離が短くなればクラブも短くなりますが、小さいクラブほどヘッドが返りやすくなるので左に行きやすくなります。その点を整理して狙う方向、クラブ選択など決めることになります。余談ですが、ある程度の傾斜であればまっすぐ飛ばす打ち方もありますが、これは先ほどのスイングを実践で身に付けたあとでいいでしょう」


その後、左足上がり、左足下がりの打ち方を教えてもらった。

この間のラウンドでは、兎に角まっすぐ飛ばそうとしてハーフスイングの延長でスイングしていた。爪先上りや左足上りのライも何度かあったが、確かに左にフックしたボールが出ていた。スイングが悪いのではなく、ただ打ち方を知らなかっただけと知って、少し安心した。


この日も西垣プロはハーフスイングのビデオを撮影してくれて、いくつかアドバイスしてくれた。自分のイメージしているスイングと実際のスイングとは大違いだ。勉強になる。

それにしても、ビデオでみる自分のスイングはアダム・スコットにはほど遠い。


球数はすでに200球を超えて、気がつくと9時になっていた。千夏は黙々と打っていた。

「ちなっちゃん、まだ練習してく?」

「ふぅ〜、そろそろ終わりにしようかと思っていたところ。ちょっと腰が痛くなってきたし。ご飯食べに行く?」

「ああ、いいよ。どこ行こーか。ラーメンチャーハン?」

「あのね〜、なんでいつもラーメンチャーハンなのよ!」千夏は軽蔑した視線でオレを見て、

「もうちょっと雰囲気のあること言えないかな〜。乙女が晩ご飯付き合ってあげるんだからさ」


ちょっと待て。ご飯誘ってきたのはそっちだろ!コン畜生と思って、

「ちなっちゃんはラーメンチャーハンが似合うかなあって思って!」

「大樹と一緒にしないで!私はイタリアンの方が似合っているから、そっち系にする」


千夏の意向は絶対になりつつあるなと思いながら、腹に入ればなんでも良かったので目黒駅近くの“Pasto sano”行った。ここはパスタとピザで有名なお店だ。


オーナーはとっても明るいイタリア人で、片言の日本語で話しながら本場の

Pizzaを食べさせてくれる。

千夏はメニューを見ながら、「お腹減ったね〜。なにしよっかな?大樹はなにするの?」

「とりあえずビール」

「そうだった、忘れていた」こんな大事なことを忘れるなんて千夏もまだまだだ。


スタッフに生ビール大ジョッキを頼んでから、メニュー選びに入った。

「オレは納豆以外はなんでも大丈夫だから、ちなっちゃんの食べたいものを選んでいいよ」

「大樹優しいんだね。ところで納豆ダメなんだ。日本人なのに」

千夏がニコッとした笑顔が妙に新鮮に感じた。


「じゃあ、渡蟹のトマトソースパスタとマルゲリータと海鮮サラダね」

「オッケー」スタッフが美味しそうな泡だての良いビールを運んできたので、すぐに乾杯した。


「お疲れさん!」

「美味しい!体動かした後はビールに限るね!?」

「ほんと美味い。シ・ア・ワ・セ!」

いつも思うが、最初の一口は本当に上手い。


「先週マスターズの総集編っていうのやっていて観たけど、あのゴルフ場すっごい綺麗だったよ。大樹みた?」

「観た観た!あんなゴルフ場があるなんて驚いたよ。アメリカにあるオーガスタナショナルってコースだろ。あんなところでやってみたいよな」

「解説者が言っていたけど、芝を保護するために6月から9月の暑い時期は閉鎖しているんだって。マスターズの開催前は全世界から専門の人が100人くらい来て芝の整備をするって言っていた」

「やることが半端じゃないよな。そう考えるとゴルフ場の整備って大変だよ。敷地もすごく広いしね」

日本は四季があるからそれも関係するだろう。


「グリーン上は13フィート以上とか言っていたけど、どのくらい早いんだろうね?」

「やったことないからわかんないね。この間ラウンドしたレイクパールカントリークラブは、確か9.5フィートとマスター室に掲示してあった。それでも結構速かったし、特に下りになると余計にそう思った」


「芝にも色々種類があるみたいね。確かベントとかコウライ、バミューダ芝とか」

「アメリカのゴルフ場は、東海岸と西海岸で使われる芝も違うから、打ち方も変わるって言っていた。全く想像もつかないね。この間も、フェアウェイはいいんだけどラフに入ったボールはすごく打ちづらかった。芝に食われて飛んだり飛ばなかったり。そうだ、西垣さんに聞くの忘れた・・・。」


「本に書いてあったけど、ボールが全部沈んだ場合と半分だけ沈んだ場合とか、打ち方があるって書いてあった。」千夏もレッスン書を一応読んでいるようだ。


「やっぱりゴルフは、ゴルフ場に行っていろんな事を経験しないと上達しないかもね。それには基本ができてないと上達の妨げになるって西垣さんも今日言っていたよ」

「大樹は野球やっていたからわかると思うけど、私も剣道で基本の大事さは嫌っていうほど理解しているつもり。ゴルフも同じね。今やっているハーフスイングは、剣道でいえば素振りのことね。何千、何万回という数を振り込んでやっと身に付く。それで竹刀を振る身体が出来上がるのよね」


「それは分かる。積み重ねが大事ということだ。ラウンドレッスンで一緒に回った相川さんは素振りはもちろん、毎日腕立てやスクワットやってるって言ってた。マジ努力しているって感じだった。でもそれが楽しそうだったけどね。それに上手だから説得力がある」


「ストイックな人ね。そのくらいやらないと上達しない?」

「そうだろうね。それにゴルフのことをよく勉強してる様だった」

「取り敢えずはゴルフのルールを勉強しなきゃね」

「それとマナーもね」こういう話は全く楽しい。


ビールがなくなったので、料理を持ってきたスタッフに生ビールを注文した。

喋っていると喉も乾く。

「みんなで一緒に勉強できる様な仕組みは作れないかな?多分大樹が一番先行しているから先生役になって」

「う〜ん、仕組みかあ。そしたらL I N Eでグループ作ってそこで情報共有しよっか?」

「本だけ読んでいても個人にしか分からないから、勉強になったことを登録すればみんなで見れるね」

「“ビギナーズラックS T U D Y”っていうグループ名はどう?」

「いいよ、それで。やってみよう!」


千夏が料理を取り分けてくれた。女性らしいところも持ち合わせている。

「美味しいね」千夏の言葉に全く同意だ。

「次は由佳ちゃんと田之倉を連れてこよう。由佳ちゃんは特に喜ぶんじゃない?」

「意外と田之倉の方が喜んだりして。どっちかって言うと日本料理という気がするけど」

「田之倉くん、今頃会社でくしゃみしているんじゃない」

田之倉は仕事しているんだった。ちょっと失礼なことを言ったかも・・・。


料理を食べ終わる頃には10時を回っていた。今日はカラオケにも行かず、大人しく帰ることにした。

たまには千夏と二人で来るのもいいかもしれない。そんな心境になった。

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