僕は罪人の腕を切る

ヒラメキカガヤ

第1話 少年・正念場倫理

 僕は、斧を持っている。


 今、見えている景色は、本当に現実なのか、それとも夢なのか、判別がつかなかっ

た。


 身体が小刻みに震えた。


 僕が、白昼堂々、公衆の面前で彼女の腕に斧を振り下ろす光景。


 「ああっ!! どうして…」


 彼女の腕は、簡単に取れてくれなかった。


 痛みにあえぐ彼女。


 その気持ちに応える気のない、刃こぼれしたギザギザの斧と、僕の技量。


 何度も、何度も、振り下ろし、振り下ろして、骨を断とうとするが、その腕はなか

なか離れなかった。


 聞こえるのは、肉にぶつかる斧の鈍い音と、空気を切り裂く断末魔。


 聴衆は、あまりの惨状に僕たちを直視できない。


 「あいつが悪い」


 「そうだ、元はといえば罪を犯したあの女が…」


 彼女に同情を持ち掛けた彼らは、しかし、彼女が罪人であることを思い出し、正気

を取り戻す。


 「うっ…」


 嗚咽が漏れた。


 彼女ではなく僕の喉から、微かにしたうめき声。


 苦しいのは、彼女の方だろうに、僕は自分の方が重い罰を受けているように苦しん

でいる。


 何度も叩きつけた右腕は、切るというよりは肉を挽いてミンチにするような感じ

で、彼女の身体から離れた。








 「私語は慎めよ!」


 うるさい教室。


 今が授業中であることが信じられないくらい騒然としている。


 北地区立・憲兵養成学校。


 第三棟・処刑科の教室。


 『処刑人』になるための教室で、処刑人を目指そうとしている人間はほとんどいな

い。


 正念場倫理(しょうねんばりんり)は、ただ一人、『処刑人』を目指す学生だっ

た。


 そして、バカがつくほど、真面目だった。


 「ぎゃはは、真面目くんがまたなんか言ってら」


 十五の少年少女たちは、彼の真面目でつまらない発言を嘲笑う。


 「優等生もどきのリンリくんがまたなんか言ってら~」


 「だっせえ」


 「中途半端な成績だからここに来て俺らを見下したいだけだろ」


 「なっ、なんだと!? 僕はそんな理由でここに来たんじゃない!」


 リンリは反論する。


 「じゃあなんだよ?」


 「それは…」


 リンリは喉が詰まったように黙り込んだ。


 「へっ、やっぱそうじゃねえか」


 リンリには、言えなかった。


 憲兵を目指している理由。それも、最前線で犯罪者と対峙する憲兵第一科ではな

く、第一科が捕らえた罪人を処刑する第三科にどうしても入りたい理由。


 誰にも、少なくとも親元を離れて訪れたこの都市の人間には話せなかった。


 彼らはすっかりリンリに興味を失い、仲のいい友人同士で談笑に興じた。


 気の弱そうな教師は、目の前の現実が見えていないように、淡々と黒板に文字を書

き綴りながら授業の内容を業務的に解説するだけだった。


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