追加エピソード ベンの過去① 最後の冬 第7話後

 それはケイトと食事をする約束をした日だった。少し早めに待ち合わせの駅の広場に向かい、近くにある時計塔の下で彼女を待った。本当なら楽しい食事に気分が高揚するはずなのだが、今日の気分は最悪だった。


 原因は前回のフィッシャーの件だった。あれから昔のことを夢で見るようになった。俺が故郷を飛び出すきっかけになったあの事件を。気分が落ち込んで俯いたちょうどその時、時計塔が時刻を知らせる鐘を鳴らした。その音に誘われるように、俺は過去の記憶に吸い込まれていった。



 ・・・



 俺は小さな田舎町に住んでいた。そして、不良グループのリーダーみたいことをして、仲間たちと何にも縛られず楽しく過ごしていた。喧嘩をしたり、万引きをしたり、未来のことなんてこれっぽっちも興味がなく、ずっとこの日常が続くと思っていた。


 今日も俺は不良仲間の三人を連れて、近くにある個人営業の小さなコンビニにバイクで向かっていた。目的地に着くと、バイクを店先に止めて中に入った。中に入り周りを見回すと、小太りした男がレジで座りながら新聞を読んでいるだけで、他に店員や客はいなかった。それを確認すると、四人でスナックコーナーに向かう。そして、俺は何も持たずに一人でレジに向かった。パーカーのフードを深くかぶり、マフラーで口元を覆いながらレジの台を軽くたたく。その音でレジの男はこちらに気づき、新聞から顔を出した。その男の胸の名札を見ると、どうやら店主のようだった。店主の男は


「なんだね?」


 と少しこちらを怪しげに睨んだ。それに対して俺はニヤリと笑いながら、こう言う。


「おじさん。チョコバーがたくさん欲しいんだけど、裏にまだ在庫は無い?」


 それを聞くと店主は、


「まだ、あるがどれくらい欲しいんだ?」


と言った。


「二箱くらいあればいい」


 そう俺が答えると、店主は「ちょっと待ってろ」と言って奥の扉に消えていった。店主の姿が見えなくなると、俺は急いで仲間の下に走っていった。


「今だ! 貰えるだけ取っていけ」


 そう言うと、仲間三人は棚にあったお菓子を次々とポケットの中に入れ始めた。俺も一緒にスナックやチョコをポケットに入れる。ポケットに隠しきれなくなるほど詰め込むと、急いで店を飛び出しバイクを走らせた。後ろから、「このクソガキが!」と聞こえた気がするが、そんなことにお構いなく走り去った。


 これが俺のハイスクール時代の日常だった。こんな毎日がこれからもずっと続くと当時の俺は思っていた。



 ・・・



 次の日学校に行くと、校長に呼び出された。校長室に到着すると、扉を三回ノックし「ベン・タイラーです」と言った。もう何度も来ているので特に緊張はしない。「入れ」という校長の声が中から聞こえたので、「失礼します」と言って中に入る。校長は部屋の奥側に置かれたデスクで書類に目を通していた。


「今回は何のようで呼ばれたのでしょうか?」


 と軽く挑発するように話しかけると、校長は書類から目を離してこちらをにらみつけた。


「ベン、賢い君になら今日ここに呼ばれた理由が分かったと思ったのだがね」


「いえ、皆目見当がつきません」


 そう返答すると、校長は呆れた顔をして深いため息をついた。


「昨日、近くのコンビニで万引きがあった。犯人は4人組でバイクに乗り、若い男だったらしい」


「それが僕だって言いたいんですか」


「ああ、そうだ」


 と言い、校長は首を縦に振って頷いた。


「けど、そんな特徴の奴は他にもたくさんいますよ。俺たちのバイクは安もんだからどこでも手に入るし、4人組っていう特徴もよくあるものです。アンタッチャブルやビートルズだって4人組じゃないですか」


 と冗談の言うと校長は頭にきたらしく、デスクを拳で叩くとこちらを怒鳴りつけてきた。


「今まで学校がどれだけお前らのために尽くしてきたと思っている。お前が起こしたトラブルを解決するのがどれほど大変だったかお前に分かるか!」


 言い終えると、校長は椅子から立ち上がり、こちらに近づいてきた。そして俺に指をさしてこういった。


「次に問題を起こしてみろ。もう学校はお前のことを助けはしない。もうすぐ卒業なんだ。もうちょっと自覚を持って生きることを学べ! せっかく母親が一人でここまでお前を育てたのにそれを無駄にする気か」


 急に母親を話題に出されて俺は少し機嫌が悪くなった。


「母親がどうとかはあんたに言われたくないね。黙ってくれ」


 そう言うと、俺は校長室の出口に向かって歩き始めた。扉を開けて廊下に出るとき、後ろから校長が「おいベン、待て」と言ったがそんなものお構いなしに俺は廊下を歩き続けた。


 俺の母親は昔ある男と付き合っていた。だが、ある日母親が妊娠したことを知ると、その男は行方をくらませた。どうやら既婚者だったらしい。もともと、外でしか会っていなかった母親は男の行方を追うことができなかった。母親は中絶を選ぼうとしたが、周りからの反対もあって俺を産んだ。親戚や親からも理解されなかった母親は女手一つで俺を育てた。母親の収入では毎日を食べていくのがやっとだった。そんな生活に耐えかねて、徐々に俺は学校で周りにいる不自由のない人間を妬むようになり、俺は自分の不当な行為を正当化するようになった。小銭を巻き上げ、暴力をふるい自分に足りないものを他人で紛らわせた。


 校舎から出ると、既に空は夕日で真っ赤になっていた。そして、グラウンドの隅にいつも絡んでいる仲間たちが見えた。フランキー、マイク、ゴードンだ。俺は三人の方に向かって歩く。フランキーは背が高く手足が細い男だった。俺が何か計画を立てると大体彼が最初に賛成してくれる。マイクは背が低く、いつも眼鏡をかけている。このメンバーに最近入ったばかりだ。彼は情報収集に優れていて、昨日カモにしたコンビニの情報も彼が仕入れてきた。ゴードンはガタイが良く、誰かと喧嘩するときは最大の戦力だった。マイクが最初に俺に気づいて声をかけてくる。


「大丈夫だったか? 実は俺たちも呼び出されたんだ」


「ああ、何とか適当にごまかしたよ。誰もしゃべってないんだよな」


 そう言うと、三人とも「ああ」とか「もちろん」と言って頷いた。


「これで、そろって卒業できそうだな」


 と俺が言うと、マイクが話し始めた。


「卒業についてだが、みんなプロムの相手はもう決めたか?」


「いいや」


 とフランキーとゴードンは言った。


「プロムなんて行く意味あんのかよ」


 と俺が言うと、マイクが言い返した。


「うちのプロムでは、最後に女子とカップルで踊れるんだぜ。そのまま、うまくいけば一緒にその日を過ごせるかも」


 と言うと、フランキーが


「童貞臭い発想だな」


 と言って笑った。ゴードンも


「どうせ、俺たちみたいなのと関わりたいと思うのはアバズレくらいだぜ」


 と言った。それより最後の春をどう過ごそうか考えようぜ、と俺が言おうとした時だった。俺は校舎から出てくる一人の女性に目を奪われた。太陽の明かりを受けて輝く長い金の髪に、肌も透き通った白で、宝石のような蒼い瞳をしていた。歩き去っていこうとする彼女を急いで指差し、マイクに聞いた。


「彼女がだれか知っているか?」


「ああ、彼女ね。たしかジェシカだったかな。フランキーと同じクラスのはずだけど」


 と言ったので、フランキーの方に俺は顔を向けた。するとフランキーは


「たしか、去年引っ越してきた奴だよ」


「プロムの相手は決まっていると思うか」


 と聞くと、フランキーは少し考えてから


「いや、そんな噂は流れてない。いつも一人でいるからな。それに少し悪い噂は聞くんだ。詳しいことは知らないんだけどな」


 その話を聞いて俺は決心した。


「俺は彼女とプロムに出るよ」





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