第15話 ケイトとの休日

 そんな出来事があった週末は、ケイトと出かけることになっていた。


 ケイトと初めて会ってから程なくして、俺と彼女は付き合うことになった。彼女は変わらずカフェテリアでアルバイトをしながら、女優を目指していた。そんな日々を続ける中、とうとう彼女は小さな劇団で端役を手にしたのだ。


 まだ、演技のみで日々のお金を稼ぐことはできないが、彼女はカフェテリアで会ったとき、そのことをとてもうれしそうに俺に話した。


 それで、今日はお祝いを兼ねて、一日彼女と一緒に外に出かけた。「どこに行きたい?」と彼女に聞くと、「映画館に行きたい!」と彼女は答えた。


 彼女のチョイスは復刻上映されていた『風と共に去りぬ』だった。映画の上映時間を見ると、思わず目をパチクリさせた。なんとこの映画は4時間近くもあるのだ。今まで見たことのある映画は長くても2時間半ほどだった。そもそも、80年代以降のアクション映画しか見てこなかったのだ。


 とても長い映画だったせいか、途中から寝てしまい記憶が曖昧だった。例の出来事があってから、夜にあまり眠れていないのもその遠因の一つだった。


 彼女は映画が終わると、出演していた役者たちの演技について、感動の言葉を次々と漏らしていた。そして、一通り話し終えると、次は映画の小話を話し始めた。それに対して、後半寝てしまった俺は「ああ!」とか「うん」とか「そうだな」と相槌のバーゲンセールを開催していた。


 その後、彼女とショッピングに行き、予約していたレストランで食事していた。食事中はこれからのことなどのまじめな話題もしたが、後半はまた映画の話を彼女が始めたのでそれに付き合うことにした。


 食事が終わると、そのまま別れず二人でスーパーマーケットに行って、朝ごはんなどを買い込み、そのまま俺のアパートに向かった。


 アパートに到着すると、彼女が先ほどスーパーマーケットで買ったリンゴを剝いてくれると言うので、それをリビングで待つことにした。リビングのテレビを点け、一人用のソファに座ると、この前の出来事が頭に浮かんでくる。


 なぜ俺はあんなことをしてしまったのか! 考えるだけで腹立たしくなった。タバコを吸おうとすると、背後から撃たれた肩の傷が痛む気がしてあれ以来、吸わなくなっていた。


 これから、ブライアンとどう関係を修復すればいいのか皆目見当がつかなかった。あの、仕事に哲学を持っているブライアンの前で、大きな失敗をしてしまった。そのうえ、彼に助けられたのだ。もう許してはもらえないだろう。


 そんなことばかりしばらく考えていると、ケイトが剝いたリンゴをお皿に乗せて持ってきた。それをリビングの小さなテーブルの上に置くと、リンゴを一つつまんでこちらに話しかけてきた。


「どうして、そんな辛気臭い顔をしているの? 今日は楽しくなかった?」


 とからかい気味に聞いてきた。


「いやそうじゃなくて……実はこの前仕事でミスをしてね。肩の怪我のこと言ったろ。実はこれは俺のミスのせいなんだ……」


 と言うと、


「何があったの?」


 と今度は真剣な顔で聞いてくる。


「先輩の言いつけを守らなかったのさ。それで、機材の扱いを間違えてこのざまなんだ……しかも、その先輩に助けてもらって……そのあと、めちゃくちゃ怒られた」


 と水道管工事のベンを登場させつつ、話をした。俺はまだ彼女に本当の仕事を話せていなかった。


「それで、そのとき許してもらえなくて……それから話せてないんだ……」


 と言った。すると、彼女はキョトンとした顔をしてこう言った。


「そんなのやることは決まっているわ! わかるでしょ?」


 と彼女が言うので、首を横に振ると


「謝るしかないじゃない! 許してもらえなくても、何度も何度も謝って謝意を見せないと! 黙っていても何も解決しないわ!」


 と言うのだ。「でも……」と言ったが、彼女は


「今すぐ電話しなさい。今から謝りに行くって。それからたくさん謝るの! それで解決よ! 電話するまで私も口きかないから!」


 と言うと、リンゴの皿を持って、ダイニングの方に行ってしまった。


 仕方なく携帯を取り出し、ブライアンの番号にかけようとする。だが、なかなか発信のボタンが押せなかった。決心がつかず、点けっぱなしになっているテレビをチラチラと見てしまうが、生憎心を落ち着かせるような内容は放送されていなかった。


 彼女が部屋を出て行ってから10分ほど経っただろうか、とうとう意を決して発信ボタンを押す。ブライアンはもう寝ているのではないかと時計を見ると、時刻は23時を過ぎていた。電話の発信音が鳴り続ける。その一瞬の時間がとても長く感じられた。そして、その時間が終幕を迎える。


「なんだ?」


 とブライアンが電話に出た。しばらく、何を言っていいのか頭が真っ白になる。だが、何とか言葉を絞り出す。


「今から家に行ってもいいですか?」


 しばらく沈黙が続く。その沈黙のせいか、テレビがうるさく感じてリモコンで画面を消す。


 そんなことをしていると、ブライアンが答えた。


「ああ、わかった」


 とそれで、ブツリと電話が切れる。


 急いでリビングに放りっぱなしになっていたコートを拾い上げると、ダイニングを抜けて玄関に向かおうとする。すると、ダイニングではケイトがリンゴを食べていた。


「ちょっと……行ってくる」


「待ってるわ」


 とだけ彼女は言った。


 靴を履いて、扉を開けると、冬の夜の寒さを体に感じた。そのままアパートの階段を下り、通りに出るとちょうどタクシーが通りかかった。手を挙げて呼び止める。そして、タクシーで彼の家に向かった。





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