4―2
小火器取り扱いのマニュアルデータのインストール率二〇……四五……八七……一〇〇。プログラムを展開。頭部カメラ、ターゲットを認識。碗部、銃を構えて……
〈――ッ⁉〉
引き金を引くと同時にレイガンの光条がシューティングターゲットに向かって伸びてゆきます。屋内の酸素等の影響で減衰があるとはいえ威力は充分。人型をしたターゲットはそれに焼かれて円形の穴を広げます。
しかし――
「う~ん……見事に外してるね」
〈……申し訳ございません〉
私は確かに人型の右肩に向けて光線を放ったつもりでした。MaiDreamシリーズのアンドロイドである私は本来であればプログラム通りの行動をとる――右肩を撃ち抜こうとすればそれ通りの結果を産む――はずなのですが。
〈やはり今以上にプログラムを追加する事は難しいかと。私のメモリの中にはすでに秘書としての機能に緊急事態のためのコードA、そしてお世話のためのプログラムが占めており、それらが複雑に交差しています。このままでは機能の相互干渉で使い物にならないかと。仮に銃撃戦を優先するのであれば私の中のいずれかのプログラムを消去する事をお勧めします〉
マスターはそれを聞いて顔から表情を消します。普段の悪戯っぽいネコ目が愛らしさから一転、獲物を狙いすますような獣めいた静けさを浮かべるのがマスターの思考中の癖です。こうして間近でその表情を見ると、マスターの秘書として運用されていた時代を思い出します。
「……いや、機能は削除しない。ジウはあくまで今まで通りウェンズデイのお目付け役として運用する。そのためには今のプログラムセッティングがゴールデンバランスだ。銃撃のプログラムは他のプログラムに干渉を起こすかい?」
〈いいえ。他のプログラムは今までどおりです〉
「だったらそれでいいや。ジウの場合威嚇射撃が出来ればそれでいいから」
〈はぁ……〉
威嚇射撃とはいえ、それは「意図的に狙いを外せる能力」が求められるのでは? マスターがそう判断されるのであればアンドロイドである私に文句はありませんが。
疑問といえばもう一つ。普段であればウェンズデイと私に任務を伝える際にマスターは必ず社長室やタブレット、私の通信領域にアクセスして命令を伝えるのですが――今回は朝食のあといきなりコロニー内の射撃場に連れ込んでのプログラムインストール。この不可解な行動に一体どのような狙いがあるのでしょうか。
「それに攻撃のメインはあの子が担当だからね」
マスターはそう言うと隣の射撃スペースに目を向けます。
「~♪」
そこには私がお世話係を担当しているサブマスター・ウェンズデイの姿が。彼女は食後の胃が重い状態であるにも関わらず、人差し指をレイガンのトリガーガードに入れてくるくると回転させ、ゲームセンターにでも来た気軽さで軽く構えて「ばきゅん!」と一言。同時に三つの光条を放ちます。ターゲットの頭部、首筋、心臓の三点が同時に焼け焦げては微細な穴が。
「~~♪♪」
続いてウェンズデイは実弾入りの拳銃と、ヒートガンと銃を取り換えては三発ずつ発砲を繰り返します。レイガンが空けた微細な穴は四四口径に広がり、続いて熱線に焼かれてドロドロに歪んだ円形に広がっていきます。
「寸分たがわずか、相変わらず凄い技術だ」
「えへへ。凄いでしょ」
「でもウェンズデイ、今回の任務はその腕が命取りになるかもしれない」
「……?」〈……?〉
ウェンズデイと私は同時に首を傾げます。普段のマスターであれば愛娘の長所をこれでもかと褒めるはずなのですが……これも私の不完全な射撃制動と何か関係があるのでしょうか。
「今回の任務は極秘のものでね、騒がしいんだけど話し合うのにここ以外に情報が漏れにくい環境が無くてすまない。先方はレッキングシスターズをご指名。軽く概要を説明するけど、これから言うことには意図的に伏せてある情報もある。それを承知でウェンズデイ、この仕事を受けてくれないか」
「……」〈……〉
マスターの言葉にウェンズデイの射撃の腕が止まります。マスターの、社長と言う立場をフルに活用すればどのような任務も社員に就かせることが可能なはずですが……今のマスターはまなじりに憂いを浮かべて「親」の顔になっています。ウェンズデイはそれを見てこれが今までにない事態だと悟り――
「受けます」
エメラルドグリーンの瞳でマスターを見つめると一言、そう断言しました。
「いや……かなり危険な任務だって言わんとしていたんだけど……ウェンズデイ、私の意図は伝わっていたのかい……?」
「いやママ、私だって抜けているかもしれないけどそこまでおバカじゃないよ! ちょっと心外!
でも、先方の指名とはいえママは私達ならできるって信じているんでしょ。だったら私は社員として、何よりママの娘としてその仕事を受けたいな、って」
相変わらず幼さが残る言動ですが、それでもウェンズデイなりに事態の重みを理解している様子。彼女の瞳にはマスターへの信頼と、これから待ち受ける骨のある仕事への期待で輝いています。
「……ふう、ママじゃ無くて今は社長ね。あーあ、悩んで損した。そうだよなぁ、うん。ウェンズデイってそういう子だったわ。変に心配しなくていいというか、うん。私もアンタのサッパリとした所を見習わないとな」
そう言うとマスターは大声で笑い始めます。瞳には笑みと涙を浮かべて「吹っ切れた」と強い意志がうかがえます。
「今回の仕事はとある要人の娘さんを護送する。彼女はとある事情で冬眠ポッドに入っていてね。簡単に言うと遺産相続などの問題を抱えていて親族が持つ宇宙軍や、刺客としての宇宙海賊、一般人に化けた暗殺者が襲い掛かって来る可能性がある。すっぴんだと嗅ぎつかれる可能性があるから物に偽装している訳だ。
すでに積荷はシャトルに積んである。開始時刻は午前九時、それまで十分に準備する事。後は頼んだ。私も出来る限りのバックアップをやるつもりだから、まあ、できる範囲でがんばれ」
「もちろん。いつも通り完璧に任務をこなしてみせるよ」
母娘二人は見つめ合うと互いに反転、それぞれの職場に向けて射撃場を後にします。私も任務のためにウェンズデイの後を追いかけますが……。
〈……〉
この胸騒ぎは何なのでしょうか。
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