3―6

 レッキングシスターズの二人が謎の惑星に漂着して一週間が過ぎた。二人が上陸した南国のジャングルは今日もまた強烈な恒星の輝きに照らされては青々と茂っている。

 そんな森の中を悠々と進む群れが存在した。

 群れの生き物は全身が灰色の体毛に覆われ、顔と臀部のみ毛が無く代わりに赤い素肌が露出している。その特徴はかつての地球に存在したニッコー・ザルに似ている。しかし温厚そうなニッコー・ザルと異なり、彼らは鋭く発達した牙とナイフのごとく鋭い爪を持っている。何よりも体格が良く、体長はサルとゴリラを足して二で割ったようなサルにしては一二〇センチの大迫力。腕も足も筋肉が発達していて鉄パイプでさえ容易に曲げることが可能に見える。

 そんな破壊力の塊に見える彼らの手には槍や斧と言った武器が収まっていた。どれも金属の破片を木とその皮で固定した簡単なものであったが――

「ウキャーッ」

 群れの先頭の数匹が立ちふさがる巨木に向かって斧を振るう。ガッ、ガッと鋭い衝撃が大木の前後を削り、その身が十分に削れたところでサルたちは離れ、自重で倒れるに任せる。すると大木は「ギィイイイイ」と大きな音を立てて森の奥へと倒れていった。

「ウキャー!」「ギャー」「ギィー!」

 どうだい。慣れたもんだろう。すげえや。サルたちは自分たちの成果を喜ぶように叫んでは背後を振り返る。群れの背後には鉄斧で生み出した切り株や、ナイフで切り払った枝の数々が散らばっており、彼らが進行してきた跡をクッキリと残している。森は確かに太陽から身を守る日陰を提供してはくれるものの――このサルたちは木登りが得意では無い――そのため邪魔な木を切り開いて道を作ると言うのは逆転の発想だった。

 このジャングルの生態系の頂点はこのサルである。昼間はうっとおしい太陽の熱から涼んでは、熱が引き頭がしっかりとした所で発達した大脳が作り出す知性とその筋力、そして群れの数との掛け算で森の生き物であれば動物・植物問わずに蹂躙してきた。

 このサルの群れは合計八七頭と、動物の群れの中でも大規模なもの。例えサルよりも大きな動物でも、一頭に見つかれば仲間を呼ばれると分かっているのでその身をジャングルの茂みにひそめている。そのためか、近年サルたちは群れの規模が大きくなるにつれ狩りの成功率が下がっていた。獲物の隠れ方が向上したのも一因だが、何よりもサルたちが「自分たちこそ一番強い」と慢心してしまったがために次第に頭を使わなくなり、群れの誰かが良い狩場を見つけてくれるとサボるようになったのである。

 ところが――

「ギャン‼」「ギイイイイ‼」「キャンキャン!」

 サルたちは視線を奥の作業跡から群れの中心へと向けた。

 群れの中心、そこには八匹のサルが抱えるこれまた木で組まれた輿があり、そこには群れのリーダーと思しき存在が腰を据えていた。

 妻などによって引き裂かれたボロボロの化学繊維から露出する褐色の素肌。はちきれんばかりに膨らむ胸部。爛々と群れを見下すエメラルドグリーンの瞳。まるで色が抜け落ちたかのような白い白髪。そして金髪碧眼のボロボロのマネキンの上半身と思しき何かを背負った少女の姿。

 この特徴は紛れもなくサマートランスポートが誇るお騒がせコンビ・レッキングシスターズのウェンズデイとジウの成れの果てである。

「うっほ!」

 このたびの働き、大儀である。ウェンズデイはそのような意味を込めたを発すると部下をねぎらった。すると部下のサル達は平身低頭、彼女に頭を下げてはその言葉をありがたがる。ウェンズデイは輿の屋根が作る影に頭部をひそめると鷹揚にその賞賛を受け取ると「作業を続けるように」と咆え彼らの姿を眺め出した。

 その言葉にサルたちはすっかり森林の伐採作業へと駆けだした。声と仕草で凶暴な彼らを操る様はまさに群れの頂点と呼ぶにふさわしい仕草である。

 しかしながら、あれだけサルと敵対し、文明の知恵をもって殲滅を企てていたウェンズデイが何故彼らを従えるまでにその関係性を変えてしまうことが出来たのか。

 事はウェンズデイが逃亡した二匹を追いかけた時点までさかのぼる。ウェンズデイは宣言通り、二匹に群れの中に誘い込まれたにも関わらず鬼神の如く武器を振り回しては彼らに対し容赦なくその殲滅能力を振るった。

 慢心し、だらけきっていたサルたちもこれだけ具体的な脅威が近づけば寝ている場合では無い。本能で体のモードを起床から戦闘へと切り替えると、その牙と爪で仇敵を葬ろうと飛びかかる。

 数の上でサルたちは圧倒的な優勢を誇っていた。ウェンズデイによって六十頭を失ったものの、その当時はまだ二百近くの数があり、これで本気で押し切れば自分たちよりも何倍も大きな動物だった殺せる。時折空の大穴からやってくる異生物もそうやって殺して来た。だから勝てる。サルたちは叫び声を共鳴させて互いを鼓舞し、暴力の嵐となった。

 だが、今回はその数の有利が仇となった。サルたちは文明と言うのが何なのか理解できなかった。逃げて来た二匹も彼女が一体何をしたのか群れに対して具体的に説明できていない。そのため、目の前のつるつるとした人型のどこが恐ろしいのかを理解できていないのである。

 ウェンズデイは飛びかかるサルの群れを十分に引き付けると、その中へ無造作に宇宙船の推進剤で作った火炎瓶を投げ込んだ。吹き飛ぶ血潮、千切れ飛ぶ手足。爆発という未知の現象に驚いたのは言うまでもないが、サルたちにとって何よりも衝撃的だったのは、たった一瞬で二十頭近くの仲間が無残に屠られた事だった。

 中には何が起きたのか理解できずにウェンズデイに襲い掛かる者もいた。そんなサルは彼女の槍術の前に腹を割かれ、首を切られて血だまりを拡大させる。しかし群れの多くは悟った。正面切って戦う方が不利だと。あの爛々と輝く翠の眼に睨まれたら最後、自分たちがたどる末路は原形をとどめないほど無残であると。

 ジャングルの頂点である自分たちがなぜ撤退戦を展開しなければならないのか。サルたちは不本意ではあったが――目の前にいるのは単体であれば自分たちの戦闘能力を超えた何かである。幸い何かは両目が血走っており、動いたものに敏感に反応する。サルたちは勝つために、何よりも生き残るために森の中に散開し、群れに有利な場所に誘い込んではウェンズデイをじわりじわりとダメージを与える作戦に変更した。

 一頭、また一頭とウェンズデイは怒涛の勢いでサルを屠る。その執着にサルたちは半ば本気で逃げ出したが――夜になれば反撃のチャンスはある。この森の中で自分たち程夜目が利く動物はいない。彼らは鳴き声を震わせて時に苦手な木の上を飛び跳ね、時に森に身を隠し、ウェンズデイを夜襲スポットまで誘導し、時間を稼いだ。

 そして夜が来た。これにはさすがのウェンズデイも弱った。どれだけスクラップを漁っても暗視スコープは見つからなかったのである。やはり今着ている宇宙服が機能しているだけでも奇跡的なことなのか。こうなると下手に動くよりもその場でどっしりと構えた方がいい。彼女はショルダーバッグを落とすと槍を二本両手に構えていつサルが襲い掛かっても良いようにした。

 とうとうチャンスが来た。サルたちはやっと訪れた好機に歓喜の唸り声をあげると彼女に牙を突き立てようと舌なめずりを始めた。夜が来たとはいえ、まだまだ油断はできない。敵はよく分からない何かを使ってくる。復讐の機会均等と全滅のリスク分散のために群れを慎重に再編して、息をひそめる事数十秒。

「……」

「……」「……」「……!」

 飛びかかる合図に彼らは鳴き声を使わなかった。大きな音を出せば音の方向で仲間を特定されてしまう。音を出すのは飛び跳ねる一瞬だけ。合図は夜目が利く自分たちであればアイコンタクトで十分。

 それゆえに彼らはウェンズデイのエメラルドグリーンの瞳が閉じられていた事に何の注意も払っていなかった――

「‼ ギャアアアア――」

 飛び出すと同時に戦闘部隊に眩い光が飛び込んでくる。同時にウェンズデイの周囲が燃え上がり昼と変わらない視界が浮かび上がる。

 ウェンズデイとて夜が不利になる事を考えていないわけでは無かった。彼女は誘導されながらも森のあちこちに松明を配置し、ショルダーバッグに詰めた爆薬と閃光手榴弾とでそれを燃やせるように準備を整えていたのである。

 これで状況はウェンズデイに有利になったかに見えた。少なくとも、視界という点で両者に差は無い。しかし、彼女がショルダーバッグにパンパンに詰めていた武器をすっかり消費しつくしてしまった事をサルたちは見逃さなかった。ウェンズデイとしてはサル程度昼間の内に絶滅に追い込めると思ったのだが、そこはこの森の頂点。追いつめるには準備不足だったと己の甘さに歯を食いしばる。

 ウェンズデイもサルたちもこのタイミングで一度冷静になって、両者何事も無かったように分かれても良かった。ウェンズデイは個人の質を、サルたちは数の優位をそれぞれ互いに見せつけたのである。このまま戦った所で泥沼になる事は必至。多くの動物がそうするように縄張りを設けて相互不干渉を貫けばいい。幸いにこのジャングルは広く、とりわけウェンズデイに関しては最短でも一週間を凌げる衣食住さえ確保できればいいのだ。両者とも素知らぬ顔をすればジャングルはこれまで通りの秩序を保てたであろう。

 しかし、ウェンズデイは一週間人間として生き残らなければいけないという強迫観念と、生来彼女が持つ闘争本能がこの戦闘で完全に覚醒し、エメラルドグリーンの瞳は獲物から視線を外そうとしない。サルたちも群れの約五分の一を失い、それは無視できる数では無く、また森の王者として君臨していたプライドが逃走とう選択肢を見失わせていた。

 それゆえ、両者の衝突はまさに必定だった。ウェンズデイもサルたちも己の生存を賭けて戦う事を選んだのである。

 エメラルドグリーンの瞳が急所を見定めるとウェンズデイはそこに向けて穂先を振るい一頭、また一頭と彼らを屠って行く。得意の接近戦に持ち込んでもやはり、サルからすれば彼女は化け物で近づくごとに命が消えてゆく。だが彼らとて命を無駄に散らしているわけでは無い。その命を群れのためにと覚悟を決めた一頭は必ず彼女の体に張り付いては槍捌きを一手に引き受ける。その隙に他のサル達がヒットアンドアウェイ、すれ違いざまに牙と爪で着実にダメージを与える。ウェンズデイの周囲にはサルたちの死体が増えると同時に宇宙服を覆う化学繊維や、ジウの破片が舞ってゆく。

「だあああああああああ――」

「ギエエエエエエエエェ――」

 ウェンズデイの足元がぬかるみ始める。彼女の足元はすでにサルと、自身の切り傷からなる鮮血が血だまりを産んでいる。槍も一本失い、満身創痍と言っていい。

 一方のサル達も戦える戦士はその数をほとんど減らし、あとは女子供と――群れのボスが残るのみに。

「……」

「……」

 これが最後の戦いになるとその場にいた誰もが理解した。ウェンズデイの体力に、サルたちの群れの維持、双方の限界点はここにきてハッキリしたのである。生存か絶滅か、それを決めるのは彼女とボスの衝突にかかっている。

 先ほどまでの喧騒が嘘のように周囲は静まり返っていた。下手に動けばそれが命取り、ウェンズデイのエメラルドグリーンの瞳とボスのゴールドの瞳はお互いを捕えたまま微動だにしない。しかし、彼女たちはその脳内で幾度となく先の展開を読み合い、どれが相手に致命傷を与えられるのかを練っている。彼女たちは睨み合ったままもう幾度となく切り結んでいたのであった。

 そしてそのまま星は朝を迎える。深い青から紫、黄金へと変わる空の下、両者は答えを見つけ、互いに向かって飛び出したのだ。

「!――」

「――ッ」

 ピーカンの空が死闘をつまびらかにする。両者は背を向けたまま残心の構えを取っていた。勝負は一撃、お互いすれ違いざまに起こった。

「……うっ」

 最初に倒れたのはウェンズデイだった。彼女の左の脇腹から大量の血液が溢れ、失血のショックで意識が混濁を始めた。

「ギャッギャ!」

 それに喜んだのはボズザルだった。彼の左手の五指に収まる爪には、確かに彼女の内蔵を抉った感覚が鮮血と共に刻まれている。大量の犠牲を強いた事は群れの長として面目が無いことだったが、それも敵を滅ぼしたのであればボスの面目躍如である。ボスザルはこれでようやく群れに平和をもたらし、勝利を果たした事に笑いが止まらなかった。

「ギャッギャッギャ――……ゴポッ⁉」

 口から鮮血があふれ出る。いや、口内だけでは無い。首筋の左側がパックリと裂けては大量の血を噴き出していたのだ。

 ボスが一撃をお見舞いしたのと同じようにウェンズデイもまたその槍術で――彼女の方が一枚上手だった――必殺の一撃を与えていたのであった。ボスは無駄だと分かりつつ首元を押さえながらも驚愕の表情で彼女を振り返る。恐ろしい事にウェンズデイは膝立ちではあるものの身を起こし、辺りに散らばる布きれを集めて止血を始めていた。

 サルたちは最早戦う気を失っていた。ボスを失い、その上これ以上ない生命力を見せつけられたのである。エメラルドグリーンの怪物に勝てるはずがない。そう悟った群れは一丸となり――

「ギャギャー」「ギャギャー」「ギャギャー」

「……?」

 ウェンズデイを取り囲むと膝をつき、お辞儀の姿勢を取った。自分たちでは殺せない、ボスさえ仕留めた相手に対し残った彼らは服従の姿勢を示したのだ。

「……」

 先ほどまで殺し合っていた相手が一転、姿勢を低くしている姿にウェンズデイは一瞬何が起こったのか理解できなかった。だが、彼女の方も止血したとはいえ、ボスの最後の一撃が堪えていない訳では無い。野生の勘で彼らの恭順の意を悟るとあとはそのままサル達に任せる事にしたのだ。

 こうしてウェンズデイは残った八十七頭の群れのボスとして君臨する事になったのである。

 ボスになったウェンズデイが最初に彼らに求めたのは、自分が休憩できる安楽椅子が付いた輿だった。傷もそうだが彼女は戦闘の中で宇宙服をボロボロにしてしまい、その快適な気温補正機能を失った。この惑星の寒暖差は傷の回復に響く。また彼女はボスになるという経験が初めてだったのでサルたちをこき使ってみたかったのだ。ウェンズデイは柔らかそうな地面に横たわると群れの疲労が引く前にも関わらず輿の作成を指示した。

 いきなりこき使われる事にサル達もまた疲労の表情を隠さなかったが、彼らはウェンズデイの指示の中で輿を作るための道具を作り、また使う事に興味を示した。彼女がたった一人で群れと渡り合えたのは道具の力が大きいと思い知っていたからである。

 そしていざ、スクラップを利用して作ったナイフに斧手に作業すると――それらがもたらす作業効率は自分たちが生来持つ牙と爪、いやそれ以上かもしれないと感銘を受けた。彼らは道具の魅力にすっかり夢中になり、疲労を忘れてあっという間に新たなボスのためのシンボルを組み上げたのであった。

 数こそ減ってしまったものの、道具の導入により群れの勢いは何倍にも増した。狩の効率はもちろん、日よけを作ったり、水筒を作る事で日中の快適さを確保し、邪魔な木は切り開くことで開拓まで行えるようになった。道具を使う事はサルたちにとって文化の大躍進であった。これにより彼らの頭脳は刺激を受け、またボスに対する尊敬を感情が芽生えたのである。

「うほ」

 ウェンズデイも初めて人を使った経験が予想以上に成功し「この子達とならもっとすごいことができるかもしれない」と期待に鼻息を荒くした。この数日で言語はすっかり彼らに近しい独自のボス言語を発し、次々と指示を与える事に喜びを見出す。

 道具をもっと使ってみたいサル達と、もっと指示を出してみたいウェンズデイ。両者の欲望が混ざると、群れは「森の完全征服」を目標に動き始めた。

 サル達はその種としての能力から間違いなく森の生態系の頂点だったが、だからと言って森のすべてを知っているわけでは無かった。それが道具を手にし、開拓の力を手に入れた今であればこの森のすべてを知ることができる。彼らの頭脳はさらなる刺激を求めて道を切り開き始めたのである。

 そうして時は一週間後の現在に戻る。ボスとして泰然とした姿勢を覚えたウェンズデイはまどろみの中で作業が終わるのを待っていた。部下にデキる事はすべて任せる。自分は計画の立案のために体力を温存し、頭は常に群れを満足させるための案を増やしていく。安楽椅子はそれを行うための最高の座り心地を提供し、彼女は瞼の向こうで次は何をしようか思考を巡らせる。

 不意に、鼻の奥に微量ではあるが潮風の匂いを感じ取った。群れはいつの間にか森の中を突き抜けようとしていた。

「ウキャー」

「うほ」

 波の音も聞こえてくる。一週間の行程で砂浜の反対側までたどり着けると言うことはこの陸地は大陸から突き出た半島なのか、それとも島なのか。

「……」

 ウェンズデイは砂浜近くの森に良い印象が無い。今や敵なしのボスもこびりついた過去の不快感までは克服できていなかった。

「うほー」

 彼女はそう唸ると背負ったジウを胸元に掲げ意見を仰ぐ。

〈きょ……は……三十六……〉

 亜空間のダメージ、機能のショートカット、そしてサル達との連戦に巻き込まれたジウは最早位置信号を発している以外の機能を失いかけている。バッテリーも限界を迎えそろそろ電源が落ちる頃だ。それこそサルたちが利用するスクラップ同然である。

 しかしウェンズデイにとって実際の機能は問題では無かった。すっかり野生になっても彼女にとってジウは勇気が貰える存在であるし、サル達もウェンズデイと同じ人型であるジウを特別なシンボルとして認識している。正確な事を喋らなくていい。何だったら風の悪戯で首が傾くだけでもいい。群れが困った時、ジウが少しでも変化を見せれば後は勝手に解釈して行動を決める。本人が意図しない形であるものの、ジウは群れの呪術的な相談役としての機能を果たしているのであった。

 しかして、ウェンズデイはジウのを前進の合図だと解釈し、群れに進むように一咆えした。

「――」

 飛び込んできたのは突き抜けるような青い空、灼熱の太陽、青く透き通る透明度の高い海に純白の砂浜。ウェンズデイが不時着した地点と同じくリゾート地と見まがうばかりのビーチの光景と――

「あれ、ウェンズデイじゃん。アンタ何してんの?」

「うほ⁉」

 腰まで伸びるウェーブがかかった灰色のロングヘアに、紫外線対策のためのサングラス、オリーブカラーのビキニからこぼれだしそうなほどに豊満な胸部、足元も色をそろえたビーチサンダルとリゾートにきたセレブを思わせる風貌の女性。

「……うほ?(ママ)」

 女性の姿はウェンズデイの養母であるシャ・メイファンの持つ特徴と一致している。

「いや言っている事はなんとなく分かるけどその『うほ』ってなんだよ『うほ』って」

「うほ⁉ うほうほうほ!(え⁉ もしかしてママも遭難したの)」

「いや誰が遭難よ。どう見たってバカンスに来た格好でしょうが。アンタこそこんなところまでどうしたのさ。着替えた途端に変なシグナルを受信して、ここまでやって来てみれば……まさか一緒に朝ごはん食べられなかったのが寂しいからってジウと派手にケンカして仕事ほっぽり出して来た?」

「う……ほ……」

 意味が分からない。ママとの朝ごはんを食べ損ねたのはの話のはず。これは幻覚か何かなのだろうか。それにしてはしゃべり方にたたずまいに真に迫っている。ウェンズデイは野生の思考に理性からの突然の冷や水を浴びせられた事で混乱し始めた。

「キャー!」

 そんな彼女の様子から、群れは目の前の女性を脅威とみなし、サルの一頭が牙と爪を立てると飛び出した。

「甘い」

 武器も無く裸に近い恰好であるにも関わらず彼女は臆することなくサルの動きを見切ると腕を掴み、勢いを利用して熱い砂浜へと叩き付けた。そのまま腕を離すことなく体を密着させて腕を締め上げる。技を決められたサルは砂浜を叩いてはギブアップを宣言する。

「うほ……(強い)」

「てかこのサルたちは何よ。そんな輿にも乗っちゃって。サル軍団?」

「う……えっと……」

 サル相手に一歩も引かず、返り討ちにしてしまう豪傑。宇宙広しといえそんなことができる女性は限られている。ウェンズデイは目の前の彼女をメイファンであると認めることができた。

「うう……うわあああああああああああああああああ――」

「ちょっと、いきなり泣き出すなって! え⁉ 一緒に朝ごはん食べられなかったのそんなにダメだった⁉ ジウからそろそろ反抗期だって聞いていたから大丈夫だと思っていたけど……え⁉」

「違うの……これはうれし泣きで――あああああああああああああ‼――」

 ジウも船もダメで変な人に嫌なことされたしサル達と殺し合っていつの間にかボスになって島を開拓してちやほやとスリルは楽しかったけどママがいて私……わたし――ウェンズデイは大いに泣いた。その身に秘められた力を存分に振るい、心強い部下に尽くされ、充実した日々を過ごしていたことで忘れることが出来ていた不安、その感情が一気に噴き出したのだ。

「うわあああああああああああああああああ――」

「分かった! 仕事の話は一旦置いておこう。ここには好きな食べ物がいっぱいある。落ち着いて私と何か食べよう! な!」

「キャキャー!」「キー!」「ウキキー!」

 それからはメイファンとサル軍団による共同作戦が展開された。両者は一丸となってウェンズデイを慰めようとあらゆる手を尽くしたのである。

 何がともあれウェンズデイは一週間という救援が来るまでの期間を見事に生き延びたのであった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る