1―5

 大きな爆発と共に金属製の壁面がめくり上がり、爆炎が広がる。

「……あれ? 十九なの……⁉」

 生体反応の減少は僅かに一。目を凝らすと確かに煙の中から燃える人影が。

 ジウに頼んで指令室のカメラ映像を転送してもらう。散乱する酒瓶にゴミは今までで一番酷い。戦略を練る場所で宴会でも開いていたって感じだ。普通侵入者が来たら扉の前に四人くらい銃を持って構えてしかるべきなのに、だれも彼もが無力化されたコンソールデスクの周りでぷかぷかと――この人たち本当に略奪のプロなの?

「まあいいや」

 相手が戦闘レベルにおいてプロかどうかは関係ない。私はやる事をやるだけだ。

「お前は……一体――」

 煙で減殺された状態ならレイガンでも手加減が出来る。私はそれをクイックドローで引き抜いて引き金を引く。

「――‼」

 光線は狙い通り相手の頭を串刺しにするようにして止まった。貫通して他の計器にあたったら大変だ。本当はど派手に大暴れしたいけど、ここはジウがハッキングをかけている船の司令部。あの子ったら作業の邪魔をしたら怒るからなぁ~。

「十八」

「な、何者なんだ⁉」

「?」

 さっき撃った男の隣のおじさんが叫ぶ。豪華に飾り立てた軍服崩れに、まるまると太ったお腹、幸せそうな体型と対照的に神経質そうな目元。戦闘よりもそろばんをはじく方が似合っている感じだけど、格好から多分このおじさんが海賊船のキャプテンだ。

 宇宙船の維持コストは大気圏内の船の比じゃない。推進剤に電気にワープ用のエネルギーに攻撃のための兵器。それに宇宙空間に存在する放射線や座標ごとに異なる急激な温度の変化などなど。宇宙船のトップクラスは往々にして数に悩まされる。

 私の直感を裏付けるようにジウが、バイザーに飛び込むおじさんにマーカーを表示させる。艦内のデータベースに存在するおじさんの情報が一通り流れると、おじさんのマーカーに「キャプテン」のタグが。

「なるほど……じゃあ、やっちゃいますか」

 宇宙法で宇宙海賊の現行犯逮捕が民間人にも推奨されているの同じように、各宙域では宇宙海賊に懸賞金がかけられている。これは各宙域を通過する人々に危険を知らせるのと……出来れば宇宙軍を使わずに楽して解決を図りたい惑星企業国家の二つの思惑がある。

 まあ意図はどうであれ生け捕りか、それとも身元が分かる証拠を携えて宇宙海賊を退治すればお金が手に入るってこと。弊社では懸賞金を社員がまるまる受け取っていい規定になっている。残り人数十八人。おこづかいアップまでもう少し。

「十七、十六、十五……」

 荒れた船内から考えると、多分賞金首になっているのは代表であるおじさん一人。他の海賊たちは正直いってレベルが低すぎる。私に一撃で倒される程度の実力で宇宙に名前を轟かせるような海賊に認定されるはずもない。

 逃げ出そうとあわただしく宙を掻く男、いまだに状況を理解できずに酔いで首をきょろきょろ動かす男、反撃しようと銃を向ける人の方が少数なのは襲う側としては楽だけど手ごたえが無い。とにかく私はおじさん以外の海賊を的当てのようにひたすら撃って撃って撃ちまくる。

「残り三、残り二!」

「ひええええっつ……」

 怯えながら銃を向けるおじさん、その獲物を実弾で弾いて武装解除する。そんなへっぴり腰で私を壊せると思ったら大間違いだ!

「く、来るな‼」

「残りはおじさんただ一人‼」

 マグネットシューズをオフにして床を蹴る。飛び出した私は一度おじさんを通過して艦橋の窓際に回り込むと、こんどは窓を蹴っておじさんの首元へと両腕を伸ばした。

「う……うぐぅ……」

 後ろからおじさんの首を思いっっっつきり締め上げる。酸欠で気絶してくれれば良し、仮に殺してしまっても最悪首から上が残っていればいい。この海賊がやって来た数々の悪行はジウが艦橋のデータベースからバックアップデータを回収している。つきだしたおじさんに対して請求先の惑星企業国家がしらを切ろうとしてもこうやって自分たちでも証拠を取っておけば強請ることが出来るのだ。あーあ、宇宙時代の弱肉強食な生活の知恵ってなんでこう野蛮なんだろう。

「…………」

「0。状況終了、ふう……」

 おじさんは白目を向いて泡を吹いている。うまく気絶してくれたみたいだ。

「やった! ジウこれで私お金持ちだよ! 今度は何買おうかな。新型のビームライフルに、宇宙服の耐熱装甲……あ! シャトルのペンキとかどう? 航路開拓班のおじさまたちみたいにさ、私達のシャトルを専用カラーにデコるの♪」

〈ウェンズデイ、ひとまずお疲れ様です。あぶく銭の使い道を皮算用するのは結構ですが、妄想はほどほどに。作業はまだまだ残っています。まずはキャプテンの拘束に、船内の人質の解放。立つ鳥跡を濁さず、です〉

「分かっていますよ。アンドロイド的には壊す事よりも人命救助が最優先なんでしょ。全くジウは夢とかないの?」

〈何を当たり前なことを。仮に我々が電気羊の夢を見た所でそれはあらかじめ埋め込まれたプログラムに過ぎません。機械は自発的な夢を持たないんです〉

「はいはい、ジウはそういう子でしたね」

 敵を殲滅した事で気が緩んで、軽口をたたき始めたその時――

「――⁉」

 足を着けていないのに揺れが、船体全体が軋むような音に体が再び戦闘モードに入った。

「ジウ! 海賊は全員やったんだよね⁉ どういうこと――残党の反撃⁉」

〈状況を解析中……これは――〉

 次の瞬間シャッター越しに背後から青い光が艦橋を覆った。反射的にバイザーをスモークにして振り返る。どんなに高級なシャッターを使っても現行の科学技術では遮断しきれない強烈なライトブルーの光り。これは――

「ひょっとして……ワープしている⁉」

 この色、手元が見えにくい視界は間違いない。慣れ親しんだワープ航法の、移動中の感覚!

「でも何で……システムは全部ジウが掌握してこの船動いていないはずじゃ……」

〈ウェンズデイ! あなた一体何をやらかしやがったんですか‼〉

 ジウは艦橋の中央モニターの大画面に船の状況を映し出した。船体の各部は予定通りに仕掛けから爆発炎上を起こしている……はずだったのだけれど――

「げぇ……」

 船体ダメージの簡易表示にはありえない事に機関部のダメージランプが。

「まさか――」

 機関部であの酔っ払いが放った熱線。私達の破壊工作にイレギュラーがあるとしたらそれしかない。

「ジウも見ていたでしょ。あの酔っ払い、出会い頭に機関部の入り口から侵入してきた、アイツのヒートガンが何かに当たってシステムに誤作動を……」

〈誤作動を起こしたシステムは解析済みです。名称は「ダイバー」高性能のワープ装置。確かにそれの誤作動ウェンズデイ、あなたの責任ではありませんが……〉

「でしょう。私は悪くな――」

 続いてジウは新たな画像をモニターに表示し始めた。

「――い……‼」

 それは私の口を塞ぐのに十分な、いやこんなもの見せられたら誰だって驚いて黙るしかない。

 画面いっぱいに表示されるのは一面の白。よく見るとそれは丸みを帯びていて一定方向に動いている。巨大な帯や壁に見えるそれは間違いない、惑星メルボの軌道エレベーター、私達が目標にしていた宇宙港だ!

「嘘でしょ。三時間かかる距離だったのにもう目の前……」

〈しかも推進装置まで誤作動を起こして、この戦艦は真っ直ぐ宇宙港に向かっています。このままではあと三十五分で激突します〉

「逆噴射! もしくはエンジンを切って……ジウ何で止めないの⁉」

〈ウェンズデイ、怒りませんから一つだけ質問に答えて下さい。武器庫に行ったとき、重火器以外に爆弾まで確保したのはなぜですか〉

「なぜって……」

 ジウが考案した破壊工作、そこで使用される爆弾の量は確かに効果的だったけど……私の本能はその程度の爆発では戦艦を落とすのに足りないと訴えていた。だから爆薬の量をおまけしておいた。

 当然そんな事をすれば手持ちの爆弾は足りなくなる。だから私は武器庫を爆発させる前に各種武器をパチるついでに、必要な分の爆弾や、それに代わる兵器を持ち去ったのだ。

〈ウェンズデイ‼〉

 その事を説明するとジウはヘルメットが割れるんじゃないかってくらい大きな声でどやしつけて来た。

「怒らないって言ったじゃん!」

〈これが怒らないでいられますか! あなたがやりすぎたせいでどの命令系統から指示を飛ばしても船体のコントロールを奪えないんです。スタンドアローンじゃ手の打ちようがありませんこのままでは……〉

「……ぶつかる」

 戦艦と宇宙港との間の距離はすでにかなり近い。宇宙港にはスペースデブリや宇宙海賊の襲撃から身を守るための防衛装置が存在する。けれどそれが起動していないって事は……宇宙戦艦は核融合炉をエンジンに利用している。宇宙港の防衛プログラムは近場で狙撃した場合の宇宙港の被害を算出して攻撃しない事に決めたんだろう。あるいはこんな巨大な質量がいきなりワープしてきた、想定外の事態にシステムが麻痺を起こしたのかも。

 私達がすぐに殺される事態にはならないみたいだ。私の本能も切迫した脅威を感じていない。それでも――このままここにいたら大変な目に遭う事は間違いない!

「ジウ! メルボの宇宙港に警告とSOS。それと人質が収容されているルートの最短経路とシャトルの格納庫の情報も」

 幸いな事に破壊工作は私の通行に支障を出さなかった。無重力状態で壁面を蹴り、時折壁が現れれば――今度こそはジウの指示通りの出力で――ヒートガンの熱線で溶かしてあっという間に人質たちが収容された部屋にたどり着く。

 海賊たちの慰み者にされていたのか、生気の無い表情で辺りに転がっている。服装だって粗末だ。シーツで体を覆っていたり、中には裸同然の状態の人も。あの海賊たちは人質の扱いまで……。

 戦闘用宇宙服が海賊を連想させるのか、彼女たちは私を見るなり怯えたけど、そんな反応に一々傷ついている場合じゃない。私は手早く今の状況を説明して彼女たちの避難誘導を開始した。

 奴隷生活から解放される喜びと、目前に降りかかる非常事態への恐怖とが入り混じった叫び声をあげながらも私達は船尾近くの格納庫へと急ぐ。成り行きとは言え後部三分の一を破壊しないで良かった……。これだけ無防備な格好、酒瓶の破片やコミとかを踏んづけるかもしれないけど、さすがに裸じゃ爆炎とかからは身を守ることが出来ない。

 残り時間十分。なんとか格納庫に到着した私は彼女たちをシャトルタイプの宇宙船へと誘導した。私達が乗って来たのと同じようなタイプの輸送船。多分海賊が鹵獲した奴で状態は完璧に近い。戦闘はともかく、回収の腕だけは褒めてもあげて良いな。

 ラッキーな事に貨物スペースは空っぽ。そこに彼女たちを落ち着けると私はコックピットの方へと急ぐ。

「残り五分!」

 私だって宇宙船の免許を持っているんだ。今ここで技術の有効活用をしないで何になる! 刺しっぱなしになっているキーを押し込み、暖気もそこそこに一気にブースターを点火させるとシャトルは勢いよく前進を始める。ハッチはすでにジウが遠隔操作で開いている。

「あと一分!」

 元の持ち主には悪いけど無理やりな発進で船体がキシキシ音を立てた。一難去ったらまた一難、貨物スペースから彼女たちの悲鳴が聞こえるけど今は我慢して! 少なくともこのシャトルが爆発する事は無いから!

〈ゼロです〉

 戦艦から十分な距離を取ると、いつの間にか分離を果たした私達のシャトル・ジウと合流した。私は彼女と並ぶようにシャトルを止めて背後の様子が分かるように船体を回転させる。

「うわぁ……」

〈……〉

 宇宙空間だから音こそ響かないけど、戦艦は弾丸のように宇宙港に突っ込むと周囲の施設を爆発、炎上させた。

 私が破壊工作をしたのはあくまで船体のコントロールのための回路で、あの程度の衝突で戦自体が核爆発を起こす事は無いと思う。とりわけ旧型の戦艦は最新型に比べると機能性に乏しいけど――装甲だけはかなり頑丈な造りで今でも現役。私達が内側から攻略に出たのもその防御力が原因で……恐ろしい事に戦艦はその持ち味を生かしたまま宇宙港にめり込み続けている……。

「これ……どうなっちゃうんだろう……」

〈どうって……知りませんよ。被害状況が分かり次第処分は追って出てくるでしょうね〉

「さすがに懸賞金は貰えるよね。ほら、人質だって無事だし、おじさんも多分船の中で生きているだろうし、私、宇宙の平和に、人道主義に貢献したじゃない」

――〉

「うっ……!」

 ジウはため息交じりにその異名を口にする。

 仕事に出ると高確率で何かしらの事件に巻き込まれ、その度に事件そのものを破壊しつくしてしまう二人組。私達に付けられた不名誉な二つ名。

 どれだけ名誉なことをやっても、人間と言う生き物は不思議な事に失敗の方に注目してしまう。海賊を退治しても、人質を無傷で救出しても、その過程がダーティなもので飾られているのであれば――今回もまた、その二つ名に恥じない結果を残してしまった……。

「私のおこづかいアップがぁ……」

 多分今回の被害の賠償で懸賞金は良くて相殺、最悪の場合弁償で私のお金から搾り取られる羽目になる。

 確かに壊すのは得意分野だけど……今回はきちんと人助けも出来たのに……いつもどうしてこうなるのさぁ……。

 どれだけわめいてもしでかした結果が変わる事は無い。物資は予定時間よりも早くに届けられたけど、宇宙港は暴れ続ける戦艦の対処で大わらわ。結局推進剤が切れるまで八時間たっぷり暴れてようやく収まったのだった。


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