第3話

 犬に関してもそうだ。最初にうちの家で犬を飼い始めたのも僕が捨て犬を拾ってきたのが最初だった。僕はただ自分の最初に持った感情だけでその捨て犬が可愛いと思い、自分のものにしたいと考えて家に連れて帰り、父や母にその犬を捨ててあったところに戻してきなさいと言われ(父は理由を言わずただただいつもの仏頂面で何を言っていたかは覚えていないが面倒くさそうに怒りを表し、母は生き物を飼うことの難しさや面倒を見ることの大変さや生き物を飼うといずれ「死」を迎えることなどを)、それでも幼い僕は何も考えず、面倒も全て自分が責任を持ってみるからと言い張り、兄も僕に加勢してくれたこともあり、犬を飼うことになった。結論から先に言うと僕が飼いたくて拾ってきた犬は三か月も経たないうちに父が面倒を見るようになった。最初は拾ってきて汚いままのその犬をこっそり自分の部屋に連れ込んだり、一緒に寝ようと布団の中に入れ、父や母に怒られるほど溺愛していたのに毎日の散歩も自分の遊ぶ時間の方が大事になってきて面倒くさく思うようになり、当然餌も収入などない幼い僕が買える訳もなく、家の冷蔵庫に入っているハムやウインナーや、その日の晩御飯の為に用意されていた肉を勝手にあげて怒られたり、父や母が用意してくれたドッグフードを自分が面倒を見るからと言ってその犬に対して「僕がお前に餌を食べさせてやってるんだぞ」という気持ちを持ちながら、たまに意地悪で夢中にそれを食べている犬からそれを取り上げ、僕に哀願の表情を見せる犬に対して優越感で得意になったりもしたり、犬なら手を差し出せば「お手」をするものだと思っていたので何度もそれを要求しても全くそれをしない犬に結局僕はすぐに飽きてしまった。結局その犬の散歩も父がするようになり、僕が学校から帰ってきてもその犬は何の反応もしないくせに、父が通勤用に乗っていたカブの音が聞こえるとその犬はものすごくはしゃいで繋がれている鎖が切れるんじゃないかとか首輪でクビが絞まるんじゃないかと思うぐらいはしゃぎ、カブから降りた父に嬉しそうに飛び掛かり、散歩を催促した。その犬は本当に頭がよくて、カブから降りた父が何度も飛び掛かってくる犬の頭を何度か撫でながら、いったん鞄を家の中に置き、着替えるためにその場から離れるのだが、必ず父がすぐに戻ってきて散歩に連れて行ってくれるのが分かっているようで、父が戻るまで尻尾を振り、嬉しそうに鳴き声を上げながら待ち、着替えた父が戻ってきて散歩するために犬小屋に繋いでいる鎖を外そうとするとクビが絞まるんじゃないかと思うぐらいの勢いで駆け出そうとして、その度に父の手は鎖で勢いよく絞められて痛いんじゃないかと思った。その犬は父が鎖を固定している犬小屋から外すまで繋がれたままの限られた距離のダッシュと父の許へと催促するように飛び掛かる行為を繰り返し、父が犬小屋に固定された鎖を外して自分の行動範囲が増えたことを理解した犬はものすごい勢いで父を引っ張りながら駆け出す。そして小走りで後を引っ張られるように駆ける父。いつの間にかその犬は「お手」も「おかわり」も「お座り」も「ふせ」も覚えた。父と母が教えた。もうその時には僕にはその犬に最初に持っていた感情はなくなっていた。どしゃぶりの雨の日だろうと合羽を着て、雪が積もった寒い日も長靴を履いて父は毎日犬の散歩を続けた。その犬は本当に頭がよくて、その犬の父へのなつきようを羨ましく思ったりもし、僕は気まぐれでたまに犬を散歩に連れて行ってやろうと犬を繋いでいる鎖を犬小屋から外そうとするがその犬は父に見せるテンションを僕には全く見せず、父に毎日見せる行為を僕に向かってすることは一切しなかった。ただ、ドッグフード以外の餌を見せながら「お手」や「おかわり」などを命令するとそれ目的で僕の言うことを聞いた。でもそれは僕に従っているわけではなく、その犬にとって僕はもうどうでもいい存在であることぐらいは幼い自分にも分かった。結局その犬は僕が家を出た後に死んだと知らされ、その後しばらくして父と母はまた別の犬を飼い始めたことを知らされた。その犬が兄の結婚式の当日に死んだ。その犬の散歩をしていたのも父だったと僕は知っていた。みんながその日、朝起きた時にその犬はすでに死んでいた。

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