神を殺す方法


 実の所、問い掛けるより前に見当はついていた。

 日和の扱う異能の一つに〝感知〟がある。これを用いて魔王の全身を調べたところ、周囲に侍るオーブと同質の気配を胸部から感じ取った。

 先の攻撃で一度殺した感覚、そして一つ消えたオーブ。

 命の代替はアレが担っていると考えていいだろう。

(あと七つ。…胸部のあれが本体の生命と直結している、んじゃなければ八つ)

 面倒な相手だ、と思う。

 蘇生の際にそれまで受けた傷の全ても回復するらしい。憤怒に呼応してか、魔王の周辺を回るオーブはその勢いをより一層増していた。

「解った」

 幾百もの罵詈雑言を用意していたであろう、魔王の口はその一言に留められた。

 魔王には魔王の矜持があり、美学がある。命一つを散らされ、口汚く敵を罵るのはその全てに反する行為。

 …敵。

 そう、敵だ。

 魔王ムルルガイは、ことここに至ってようやく陽向日和なる娘を決闘という土俵の上で相対するべき敵として認識する。

 だから、もう、何一つ。

 手は抜かない。

「全力で殺そう。陽向日和」

「だから遅い。何もかもが」

 オーブが射出されるのと日和が飛び出るのはほぼ同時。

 きゅっと握った童女の小さな拳が、まず目先のオーブを一つ殴り落とした。巨大なクレーターが発生し凍土が砕け散る。

 人間の眼で追える速度でも、ましてや迎撃できる硬度でも威力でもなかった。だというのに日和は次いで迫るオーブの悉くを弾き叩き返す。

 『陽向日和』の真名効果は領域として敷くことも可能だが、今現在は自身の身体に循環させる形で発動させていた。

 その名は和みの象徴。過分を不足に、滾るものを諌め、猛るものを鎮める。

 即ちが加速する栄枯と盛衰。その名に触れた対象の力を削ぎ落とし、引き下げ、衰えさせる。

 日和の真名は神ですらも人の手で斃すことを可能とする。

 それ以前に彼女の素質自体が神格に匹敵する退魔の神子であるという要素が何よりも大きかったが。

(蘇生と同時に全箇所治癒。後に引く傷も呪術も意味を成さないなら)

 徐々に生命力を削ぐ毒や呪いを付与する術式は命をストックするこの魔王には通じない。足を折って殺したところで次の生命で完全回復されるなら同じこと。

(逆に好都合。手間が省ける)

 黒色のオーブに素手で応戦しつつ、即座に方針を固める。

 頭を回すのは面倒だ。単純明快を日和は好む。

(渾身の八撃)

 練り上げられた神葬の矛を以て、

「〝火産霊ほむすびよ、神退かむすされ。火神よ、神和げ〟」

 決まったのならあとは簡単だ。神童の身に秘めし無数の秘術、秘奥より選りすぐればいい。

 神を殺すに足る術を。

「〝創生を燃し、黄泉を渡り、完全を非し。祖は神より出でて神を焼くもの〟」

 日和の髪がひとりでに揺らめく。周囲の景色が歪む。

 旧くより退魔を担う『陽向』の一族はあらゆる人外に対する特効を模索してきた。時には神々すらも人の敵に回り、そういった際に対神の術法は大いに役立てられた。

 欠点があるとするならば、単体で扱うにはあまりにも負担が大きすぎることと、その規模の大きさから地図が変わってしまうこと。

 後者は問題ない。本来ならば退魔師はこの手の大術式を展開する前段階として人の世を転写した〝具現界域・模界〟という専用の決戦場を設けるが、今は異世界の何処か。破壊されて困るような場所ではないことだけは確かだ。少なくとも日和にとっては。

 そして前者も問題ない。こちらも本来数人から十数人で協同連携して発動するものだが、日和ならば一人で事足りる。真名効果によって発動負荷そのものを減衰させているからだ。

 故に今この場における術式の制約・制限は皆無。

 二つ目を取りに行く。

 魔王ムルルガイが剣に変えたオーブを片手に突撃してくる。もはや自身も不動で見ている状況ではないと判断したらしい。

 一振りで地面を斬断し底の見えぬ深い裂け目を生み出すほどの膂力。まともに受ければ童女の身体などひとたまりもない。

 そんな極大の脅威を前にして尚も徒手。剣の腹を弾き確実に刃を肌身に触れさせない位置取りを確保する。一手損なえば必死の攻防を気の抜けた瞳が追っていた。

 日和にとっては恐れるに足りない。受けなければいいのだから、受けないように立ち回ればいいだけのこと。

「―――!」

 魔王は一言も発さず、ただ胸中でのみ驚愕を露わにしていた。

 初手の打ち合いからこっち、この小娘は片腕しか使っていない。

 器用に小さな左手で黒色の大剣を払い、空いた右手の内には小さな灯火が瞬いている。

 それがなんなのかを理解するより前に少女は動いた。

 手刀で大剣が真上に弾かれる。意味が分からない。一体どんな細工を弄すれば魔王の力に片手で勝れるのか。

 考えても答えには至らず、持ち上げられた両腕は胴体への隙を晒した。即座に捻じ込まれる肘撃を間一髪のところでオーブの一つが割り込み防ぐ。

 安堵には早い。むしろここからが本命。

 ガードに回した間際、魔王の眼前に手が伸びる。

「神を燃やす原初の火。耐えられる?」

 ピストルの形を模した右手が魔王の眉間を狙う。人差し指の先には、あの灯火。

 ぱーん、と。子供らしい動作で右手のピストルを撃った。

 



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 陽向家は人界に存在する古今東西あらゆる神話・伝承・逸話、果ては空想から幻想までのあらゆる『人が信じた情報』と『在ったとされる現象』を抽出し構築し再現し改竄する力を持つ一族だ。

 だから神を殺したとされる情報があれば、それが例えお伽噺だろうと現実のものとして術式化することを可能とする。

 どんな場所にも大陸にも、必ず神話体系の中にそれは組み込まれている。それは人であり動物であり、また違う別種のものでもあった。

 神は様々なものに殺される出自を持つ。人と同じく、神は同じ神に殺される話も珍しくはない。

 神殺しの神は極東にも存在する。

 親殺しにして神殺し。

 燃え盛る『火』そのものであったとされる火神の再現。〝極式迦遇突智カグツチ〟と呼ばれる対神術式。

 威力は抑えたにせよ、日和はどの道後悔する。

「……暑い」

 空は茶褐色に焼かれ、大地は凍土から再び赤熱する溶岩の地へ変貌していた。

 ―――やりすぎた。次はもう少し簡単な神殺しでいい。

 どうにも彼女はブレーキ役となる兄姉がいないと加減の仕方がわからない。低いよりは高い方がいいに決まっているという理屈に間違いはなかろうが、それにも限度と言うものがある。

 炭化したボロ屑が、オーブの破砕音と共に人型に集束する。残りは七つ。

 律儀に蘇生を待ってやる義理は無かった。

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