陽向日和(自主企画用)

ソルト

で、誰が行く?


あきらぃ」

「ん、なんだい?」


 季節は夏。此処は特異家系『陽向』の集落。

 その中央にて威容を誇る大屋敷の屋根に寝転ぶは歳若き今代当主、陽向旭。

 彼の隣で同じく仰向けに寝侍るは歳幼き和装の童女。今代当主の才覚と能力を次代に繋げる為の至宝を授かるべき器。

 陽向旭の伴侶が片割れ、陽向日和は世間話の一摘みが如き呑気さと気怠さを伴ってこう呟いた。


「女神が、なんかしろって。頭の中でうるさいから、殺していい?」

「───えっちょっと待って?」





      ─────


「女神様の啓示がねぇ…」

 屋根から降り、縁側へと場所を移して旭は事の詳細を日和の口から聞いた。

 曰く、何某かとの殺し合いに身を投じろ、という神のお告げを受けたのだとか。

「じゃあ、天神種の一角が君に接触してきたってことか」

「自称女神だし、もしかしたら魔神種かもしれないけど」

 天魔の区別は人に対する善悪好悪の違いにある。人間種を惑わす意図を持つのなら、確かに同じ神格でもその性質は魔により近いか。

 ともあれ直接御言葉を授かったと思しき日和は一切興味も示さず、縁側に腰を落ち着けたまま。両手で包み込むように持つ湯呑み茶碗を傾け、優雅な一時を手放すつもりは毛頭無いと言外に語る。

「でも、放置しておくのもそれはそれで恐ろしいですよね。相手が神種なら尚のこと」

 奥の座敷より人の気配。次いで凛と鳴り渡る群青の鈴鳴。

 日和と同じく、当主旭の許嫁として屋敷に同棲しているそらの表情には懸念と不安が如実に表れていた。

「そうなんだよねえ。神に関わっても一文の得にだってならないけど、放っておけば損すら呼び込む」

 やはり無視は出来ないか。黙考しつつ縁側から中庭へ歩み出る。

(誰かしらを派遣するしかない。別に僕が行ってもいいんだけど、うーん…)

「で、誰が行く?」

 不意に掛けられた声音は二人の少女のそれでなく、落ち着き払った青年のもの。旭の驚愕が身体をびくりと震わせた。

 中天に昇る太陽が生み出す足元の影から、声は姿となって現れ立ち上がる。

「命ずれば俺が出るが」

「何事も無かったように話を継がないでくれるかな。それほんとびっくりするからやめてって言ったよね?」

 陽光の一族にして陰陽道の陰をも名に秘めた者が同期組にはいる。旭の影から出現した日昏ひぐれこそがそうだ。

「あ、日昏様。今お茶をお持ちしますね」

「茶より火をくれるか、昊。ライターが切れた」

 涼を求めるように先程まで旭が腰掛けていた縁側へ移動しつつ、ズボンのポケットから引っ張り出した煙草の箱を、日和が鋭く睨め上げた。

「昏兄ぃ。昊姉ぇのいるとこで吸うのやめて、とも言ったけど。前に」

「ああ、言ったか?そうかもな」

「もし姉ぇの肺にその小汚い煙が入るようなことになれば、利き腕を捥ぐ。そうとも言った」

「相変わらず旭と昊に関してだけは情け容赦が無くなるな。わかった、俺もまだ五体不満足にはなりたくない」

 まだ中身の数本入った箱を握り潰すと、ぽいと真下に落とす。ポイ捨てを非難しかけた旭だが、そのゴミが軒下の影に吸い込まれ沈んでいくのを見てやめた。

 この調子だともう一人くらいは来るかもしれない。一番来て欲しくない男が。

「オイ自称神様のクソカスを殺しに行くらしいじゃねェか。オレに行かせろよオレに」

 来た。思わず顔を伏せる。

「……あの、晶納しょうな?どこから聞いてた?」

「女神様の啓示んとこから」

「全部かぁー」

 思わず両手で顔を覆う。おそらくは自前の〝 鋭化〟の異能によって鋭敏化させた聴覚を用いた盗聴だったのだろう。不覚だったと後悔するがそれも全て遅く。

 日昏と違い玄関から中庭に入ってきたらしき晶納は、しかし日昏と違って分別を付けられない男だった。

 それも、こと人外に関しては特に。

「んなこたどうでもいい。その神モドキはどこだ、どこにいる。さっさと殺して来るからとっとと教えろ」

「待て旭。晶納を外に出すな、また碌でもないことになりかねん」

「あ?」

 秒で怒髪天を衝いた晶納の矛先が日昏へ向かう。

「てめ今なんつった日昏ェ」

「人外滅殺にばかり意識が向く愚か者は人選に含むべきではないと言った。旭が」

「いや一文字たりとも発言してなかったよね僕」

「上等だテメェ今すぐ死んで地獄でオレに詫び続けろオラァァァ!!」

「今の鵜呑みにするとか頭空っぽかな君は!?」


「晶納様っ。あの、えと、頭空っぽの方が夢詰め込みますから!だからどうか落ち着いて……あ、あれ日和ちゃん?」

 わあわあぎゃあぎゃあと男三人で騒ぎ立てるのを必死に止めようとわたわたしていた昊が、ふと気付く。

 これまで興味無さげに茶を啜っていた日和が、おもむろに縁側から降りて中空を見据えている。

 心底からつまらなそうに、ぽつり。

「正直予想はしてた。私にしか聞こえなかったなら私が行くことが決まってる。神域に至ると因果律すら捻じ曲げる奴もいるし、おそらくこの展開は必定」

 同じく因果、万象に干渉する特異家系『神門』の当主に動きが見られない以上、諦めて受け入れるが賢明。

 絶対的な未来でも確定された一択でも覆せるのが陽向日和という規格外の真骨頂ではあるが、なんだか無理に抗うにはこの一件、あまりに馬鹿馬鹿しく思えていた。

 感ずるに、そう大事にはならない。神童の直感はそう捉えている。

「旭兄ぃは当主としてやることいっぱい。昏兄ぃも本当は人外退治の仕事で手一杯。晶兄ぃは論外」

 男衆は揃って役に立たない。よもや防御と支援に特化した、旭の次に敬愛する義姉を送り出すわけにもいかず。

 結果、やはり貧乏くじは必然と最年少に回る。

「行ってくるね、昊姉ぇ。あの三人の仲裁よろしく」

 言うが早いか、眼前の空間が不自然に歪み開く。

「あっ。…えっと、えーっと!?ひ、日和ちゃん!」

 片や大喧嘩、片や空間移動と板挟みになった昊の動転ぶりもむべなるかな。

 それでもと、何か言葉をと全力で思考した末に、

「気をつけて、怪我しないでくださいね!無理だと思ったらすぐ戻ってきて、そしたら皆で戦いますからっ」

 出てくる言葉は心配と決意。『陽向』の若き精鋭達は個で闘い群で支え合う。


「…ん、平気。がんばるね、昊姉ちゃん」


 捩くれる空間の先に消え行く間際、控えめに片手を振ったその瞬間だけは、珍しくも歳相応の少女らしい可愛げがあった。





     ─────


 陽向 日和


 特異家系が一つ、退魔を担う陰陽の一族に属する最強戦力。

 肩に届くかどうかといった辺りで揃えられた黒髪、山吹色の和装は服に頓着しない日和に昊が選んで着せたもの。

 〝 陽向日和〟の真名を以て衰退、衰弱、減衰を操る。

 所有する異能は〝 模倣〟、〝 感知〟、〝 反転〟の三つ。真名と併せ展開された場合には攻防両面において無双の強さを発揮する。

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