永遠

第36話 ウロボロス

 




【水鳥 冬眞・水鳥 麗 半年後】


 教会だ。

 ステンドグラスから色鮮やかな日の光が差し込んでいる少し暗い教会。まるで本物のような六翼の天使の像が飾られている。その天使に寄り添うように、一人の男が翼に抱かれている。

 ペガサスの像や、吸血鬼のような像もおいてある。

 少し普通の教会とは違う教会だ。


「健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」


 白い髪の妙齢の女性が白い法衣をまとって、二人にそう問いかける。青い目が見透かすように二人を見つめる。

 冬眞と麗は向かい合って見つめ合っていた。白い燕尾服を着て肩まである髪を整えた冬眞と、純白のウェディングドレスを着た麗。

 親族だけの小さな結婚式。

 若干19歳の麗と、18歳の冬眞。しかし二人はそれ以上の時間を生きてきた。見た目のあどけなさはあるが、大人びた雰囲気の二人だ。

 何年もの間、どれほど時間をかけても麗も冬眞も問われた『それ』を実行してきた。命ある限り真心を尽くし、ずっと愛し続ける。

 それは生半可な気持ちじゃない。命を賭けて貫いた時空を超えた誓い。


「ここで『誓います』なんて言っても、面白くないよね」


 麗は悪戯っぽく冬眞を見つめた。冬眞は困ったような顔をして麗を見つめ返す。


「誓いの言葉も、指輪交換もなくて『指切り』しない?」

「もう『指切り』はいいですよ……」


 互いの左手の小指には、深い傷痕が残っている。深い愛情の証。

 誓いますか? と尋ねた白衣の女性が返事がなくて困っているのを、冬眞は気づいていた。しかし、麗が普通の言葉で満足してくれるはずもない。

 そこで、とある言葉を思い出した。


「月が……綺麗ですね」


 冬眞がそう言うと、麗は一瞬驚いた顔をした。そして冬眞を暫く見つめると目を潤ませ、苦笑いをする。それと同時に涙が流れる。


「……死んでもいいわ」


 泣きながら、しかし笑いながらそう言う麗を冬眞は抱きしめる。

 冬眞から初めて抱きしめられた麗は、驚きと嬉しさで胸がつまる想いで冬眞を抱き返した。初めて抱きしめたときより、少し頼もしくなった背中を麗は確認する。


「死なないでください。あの時、言ってくれたじゃないですか」


 過去に戻って、襲われる前の日の最後に麗が言った言葉。


 ――私はやっぱりどんなことがあっても……君を見捨てられない。君が嫌がっても、私は何度でも君の為に命を捨てる決断をしてきた……でも、そうじゃない。君の為に死ぬんじゃなくて、君の為に生きることを選ぼうと思う。


 もう二度と、お互いを失わないように冬眞は麗に念を押す。

 冬眞も麗に同じことを、同じ日に言っていた。


 ――『生まれて初めて生きていてよかった』って、僕に言ってくれたなら、僕のために死ぬ道ではなくて、僕のために生きる道を選んでください。


「君がそう、望んでくれるなら」


 麗はできるだけ笑顔を崩さないように、笑顔を冬眞に向ける。麗は冬眞の為に生きようと誓う。

 司会者も言葉の意味が分かったのか、そのまま司会を続けた。


「では指輪交換を」


 麗と冬眞は、左手の薬指につける指輪ではなく小指につける指輪を婚姻指輪とした。二人の罪を永遠に互いが戒めるように。

 蛇が自身の尾を噛んでいる、ウロボロスのデザインの小さな指輪だ。指輪を互いに交換すると、傷のついた小指を貴金属が美しく飾り輝いた。


「それでは、誓いのキスを」


 二人は気恥ずかしそうに見つめ合う。

 心は互いに大人なのに、妙な気恥ずかしさが両者を躊躇わせる。冬眞が麗の顔にかかっている白いヴェールをめくり、そして目をまっすぐ見つめる。


「……なんか……ちょっと、恥ずかしい」

「僕も……恥ずかしいです」

「じゃあ、小指だして」


 冬眞が小指を差し出すと、麗は冬眞の小指に自分の小指を絡めた。指切りをするときにする行為。そして麗は目を閉じた。目を閉じて、今までのことを回想し始める。

 初めて冬眞を見た法廷の風景。拘置所で会った冬眞への憐憫。魔の者との出会い。その後の裁判での挫折。命がけで冬眞を助けに行ったこと。冬眞も命がけで助けにきてくれたこと。そして過去を上手く変えられて出逢ったこと。

 麗は生まれてきたことを、初めて心からよかったと感じていた。

 冬眞も口づけをする刹那、過去を思い出していた。

 学生時代に挫折し苦しみ、統合失調症になってしまったこと。殺人罪で裁判にかけられたこと。それから麗が会いに来てくれたこと。命を懸けて助けたくれたこと。自分が手に入れた幸せはこれじゃないと気づいたこと。僕の幸せは、命をかけてくれた麗の隣にいることだと感じたこと。

 世界に二人しかいなくなって時間が静止したかのように静寂の中、冬眞はそっと麗の唇に口づけをした。

 その瞬間、二人の世界は二つから一つになった。

 罪に濡れた指切りをした小指。

 ウロボロスの指輪が二つ煌めき永遠を告げる。

 望んだ未来を勝ち取った永遠の愛。

 指輪に刻まれた文字がその誓いを強固なものにする。


『eternal integration(永遠の統合)』と。





 END





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